第32話 龍馬の過去とカヤの心配

「おっ、今日はシチューじゃん! お仕事頑張った甲斐があったなぁ」

 対面するようにテーブルに座る龍馬とカヤ。

 テーブルの上には具たっぷりのシチュー。冬野菜のサラダ。アスパラの豚肉巻き。豆乳入り肉団子とかなり手の込んだ料理が並べられていた。


 記念日でもないのにこんな立派な献立を選んだ理由は二つある。

 一つは最近は仕事から帰ってくるカヤに料理を作れていない日があるから。


「カヤ姉はカレーよりシチュー派だもんね」

「あっ、もしかしてそれ気にしてくれたの?」

「最近帰る日も遅くなったりで料理作れてなかったからさ。土曜日はごめん、料理作れなくて」


 ——二つ目の理由は好物で気を惹かせるためだ。


 最近の龍馬は料理だけでなく満足に家事も行えていない。その原因はもちろん恋人代行のバイトを始めたから。

 外出頻度も増え、家に帰る時間を遅くなっている今。

 赤ちゃんの頃からずっと生活を共にしている龍馬だからこそ、最近になって危機感を覚えている。


 この状況に違和感を抱かないカヤではない、と。


 違和感を拭い去るために一番なのは、掛け持ちのバイトを始めたと言うこと。

 飲食店やコンビニでバイトをしているなんて嘘をこうとしたが、無理だと気付いた。


 恋人代行のバイトは不定期であり時間もランダム。決まった曜日、時間のシフト制ではない。

 勘の良いカヤには簡単にバレてしまうのだ。


「土曜日は上司と飲みだったから大丈夫だったって。ただ、メールは入れて欲しかったけどね? 今日はまだ家に帰ってないってさ」

「ご、ごめん。忘れてた」


「カヤ姉って上司との飲みが多いよね。気を遣って大変だって聞くけど大丈夫なの?」

「上司は本当に良い人だから。家まで送ってくれたり、相談乗ってもらったりね。……今日もだけど」

「そ、相談……?」

「そう。アタシの弟が夜遊びにふけっているって」

「……っ! え、え!?」


 それは藪から棒だった。


「ねえリョウマ。先週の土曜日は何時に帰ってきたの? お酒入ってたからアタシは帰ってきてすぐ寝ちゃったけど、23時にも帰ってきてなかったでしょ」

「……」


 龍馬の予想通りと言うべきか、最近になってカヤは心配を抱えていたのだ。

 帰る時間が遅くなっていること。そして今回“初めて”23時を過ぎて龍馬が帰ってきたこと。

 成人を迎えている龍馬に対し、かなりの過保護さを見せているカヤだがそれは仕方のないこと。


 両親は天国に先立った。……唯一残っている家族、それが龍馬であるのだから。


 その言葉通り、カヤは仕事の帰り際にエリアマネージャーの葉月に相談していたことがあった。



 ****



 勤務時間の定時を過ぎ、オフィスにある自由スペースでのこと。


『弟さんは二十歳になるのよね? 遊び盛りになるのも仕方がないと思うわ……って、この話は土曜日にしたわよ』

『そ、それはそうなんですけど……』

『なにか他に気になることでもあるのかしら?』


 カヤと葉月は壁隔てなく対談をしていた。


『これは昨日思い出したことなんですけど、アタシに女性から好意を持ってもらう方法を聞いてきたことがあるんです』

『弟さんかなり攻めるわね。男気あるじゃない』


『そ、それはそうですけど……アタシの弟はそんなことを聞くような性格じゃないんです。もしかしたら何か——』

『——ふふっ、それなら弟さんに彼女さんが出来た、そう言うことじゃないかしら』

『……』

『っと、勘の良いカヤさんにならそれくらい分かっているでしょうから……弟さんがその彼女に誑かされていると考えているのかしら?』

『……後者が正解です、ね』

『えっ、正解って……』


『実は……アタシの弟、初めて出来た彼女に二股をされたことがあるんです……』


 カヤはその日初めて見せた。酷く暗い顔だった。



 ****



「——土曜日のバイトは午後1時までだし、そんな夜遅い時間まで一体どこで何をしていたのか、早く答える」

 カヤは好物のシチューに一口手をつけただけ。真剣な面持ちで龍馬に問うていた。


「そ、それは……」

「それは?」

「よ、酔っ払っていた女性の面倒を見ていたんだよ」

 龍馬は腹を括る。事実を交えながらも嘘をつくことに。


「酔っ払った女性? 詳しく話して」

「友達と遊び終わって帰っている時に偶然見つけたんだ。地べたで電柱に寄りかかってた女性を」

「……」

「それで水買ったり、タクシーを呼んで待ってたりで遅くなったんだ。その人と連絡先の交換はしてないから証明できないけど」

「……そっか」

 と、納得した様子のカヤ。これに関して何一つ虚言なく、理解を示したのは流石である。


「土曜日の事情は分かったけど最近ヤケに帰ってくるのが遅いじゃん。バイトは午後1時までだし、その酔っ払いさんと会うまでかなりの時間が空いてるし……その理由も聞かせて」

「そ、それは……友達と遊ぶ日が多くなっただけだよ」


 友達、その言い方は全く違う。

 姫乃との関係は偽の彼氏。愛羅との関係は偽の兄。

 ここからが正念場。龍馬が嘘を使用するところである。


「それ、友達じゃなくて……彼女だったり?」

「えっ!? いっ、いや!? そんなことないけど!」

「いやいや何その反応!? ホントに彼女できたの!?」

「いきなり言われてびっくりしただけだって。本当に友達と遊んでるんだよ……」


 龍馬は心苦しさを我慢して嘘を続ける。

 お金を稼ぐために大学推薦を蹴って就職したカヤ。そんなカヤに対し、何日も遊んでいるなんて言いたいはずがない。

 カヤには言えないが、実際その時間に龍馬はお金を稼いでいるのだから。


「でも、辻褄が合うんだよね。少し前にアタシに相談してきた『女性から好意を持ってもらう方法』ってのを踏まえると」

「カヤ姉は心配し過ぎだって。……もう大丈夫だからさ、あの時のことは。もう割り切ってることだしあれは俺が悪かっただけ」


「リョウマは悪いことなんてなにもしてないでしょ!? 大切な家族を傷つけられてアタシとしては今もずっと腹立たしいんだから」

「気持ちは分かるよ。もしカヤ姉がそんなことされたら俺でもイライラするし。でも、もう大丈夫なんだって。今はもう大人になったしさ」


 高校一年生の時に起きてしまったこと。それはクリスマスの一週間前。

 あの時のショックは大きかった。

 冬休みに入っていたことで学校には影響なかったが、涙で枕を濡らし引きこもった時期があったのだ。


 今となっては思い出したくない黒歴史のようなもの。


「どうしてもアレならアタシに相談してよ? オススメの女友達紹介するから」

「そこまではしなくていいって! それより早く食べよう。冷めたら美味しくなくなるし」

「そう、だね。……何かあればホント相談してよ?」

「分かったって!」


 なんとか誤魔化すことのできた龍馬はホッとさせながら料理に手をつけていくが——この件は後に大きくなる。


 とある者との恋人代行中、カヤに見つかってしまうという最悪の展開を迎えてしまうのだから……。

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