第13話 夜、愛羅とお願いと

「お疲れさまでした」

 時刻は22時過ぎ。店長に挨拶を終えた龍馬はバイト先である書店を後にした。


 あの迷惑客、神宮愛羅は漫画を奢ってもらった後、すぐに店を出ていった。というよりも漫画を早くめくりたい理由で出て行った。


「ふー、疲れた……」

 書店から南に歩いて15分のところに龍馬の自宅はある。

 少し前までならそのまま自宅方向に歩いていたが——ここから野暮用が残っている。


 龍馬は自宅とは“真逆”の北に向かって足を進めていく。


「さむ……」

 厚着をしてマフラーをしてもなお、身体が震える寒さ。今日の冷え込みはいつもより早い。一段と冷たい風に吹かれながら確認に向かう。

 最近はこれがバイト終わりの日課になりつつあった。


 その5分後、目的地に着いた龍馬の瞳に映るのは……ブランコに滑り台、砂場に木製のベンチ。周りを白のフェンスで囲んだ小さな公園。


 そこに……いた。木製のベンチにポツンと座っている金髪の少女が。


 龍馬から見て後ろ姿しか見えていないが、その人物が誰であるのかは予想するまでもない。

 龍馬はコレのために確認をしに来ているのだから。


「はぁ……」

 予想通りと言うように太息を吐く龍馬はフェンスを回って入り口から公園内に入りその少女に声をかける。


「寒くないのか? 愛羅、、

「寒い。マフラーちょうだいセンパイ」

「……はいはい」


 龍馬が来たことにも驚かず、いや、来ることが分かっていたかのようにマフラーをねだってくる愛羅。

 愛羅は書店でみた時と同じ高校の制服のまま。愛羅の場合は下が問題だ。膝上のスカートは防寒として役に立ってはいない。

 なんでわざわざオシャレのために寒い服装をするのか……男の龍馬としては意味が分からないことでもある。


 龍馬はマフラーを取り、愛羅に渡した後に隣に腰を下ろす。

「上も着るか?」

 身体が冷えている状態のまま放置するなんて残酷なことはできない。この場合は誰だって一緒だろう。


「今日はちょっと優しーじゃん?」

「いつも優しいんだけど俺は。今日だって漫画奢ったし。んで、着るか?」

「アーシの機嫌を直そうとしただけっしょ。センパイの服クサそうだからいい」

「ならマフラー返せ」

「ヤ。コレ服じゃないし」

 失礼なことを言う愛羅だが、気を遣っていってくれていること。これ以上はいらないと言う時の愛羅の決まり文句だ。


「あ、センパイ。コレ面白かった。やっぱ人の評価は当てにしない方がいい」

 黒のマフラーを巻いた後、両手で見せてきたのは龍馬が奢った【大賢者お兄ちゃんと引きこもり妹】だ。

「そっか」

「見る?」

「いや、いい」

 龍馬はのんびりとここで過ごすために、愛羅と長話をするために足を運んだわけではないのだ。


「これって2巻いつ出る?」

「2巻までなら出てたはずだぞ」

「売り場に2巻なかったけど」

「それなら別のお客さんが買っていったんだろう。店長に2巻を仕入れるように言っとくよ」

「あり」

「省略しすぎだ」


 あり、とは『ありがとう』の略、たったの5文字を2文字にまで減らすのはいかがなものだろうか。感謝の気持ちまで減っている気がする。

 そしてここまで省略されたのなら、お礼だと伝わらない人もいるだろう。話の流れ的にはありえないが、昆虫のアリだと思う人も。


「……じゃ、そろそろ俺の本題に入るぞ?」

「ヤ。絶対『帰れ』って言うじゃん。毎回言ってくるし」

「未成年じゃなかったら言ってないからな」

 龍馬はこの現場を偶然見つけたのだ。バイト終わり、雪也から連絡が入り『一緒に飯食い行こう』とのことで、道を変えた時に。


 これがお節介だということを理解しつつも、一度見つけた以上は放置するわけにはいかなかったのだ。

 迷惑客であるが、客の1人。それでいて悪友のような客なのだから。


「パパかママがいたらウチ帰ってるけど、今誰もいないし」

「両親は忙しいんだったか?」

「そ、社長シャチョーだから。特に最近は忙しいらしくてさ、アーシに構えない代わりにお金だけ置いてく。罪悪感だか知らないけど別にいらないっての」

「……」

 空に浮かぶ星々を見ながら口を尖らせる愛羅。

 両親が幼い頃に亡くなってしまったという龍馬の複雑な家庭環境もそうだが、愛羅も愛羅で複雑な家庭環境があるのだと知る。


 このような日々を過ごしているからこそ、寂しさを誤魔化すために愛羅はお兄ちゃんという存在が欲しくなったのだろう。


「……センパイだけだよ。アーシのパパが社長シャチョーだって言っても目の色変えてこないの」

「言っちゃ悪いけど、変えてないことはないんだよな」

 目の色を変える。これは龍馬にとって防ぎようのないことでもあった。

 龍馬はカヤに負担をかけさせないために、少しでも多くのお金を稼ごうとの思いが強いのだから。……バイトを掛け持ちするくらいに。


「じゃあそんなトコ。そう言えるのがみんなと違う」

「ん?」

「アーシがこれ言うのもなんだけど、ってか矛盾するけど、社長シャチョーとか知って目の色変えないヤツはいないっしょ。今は低賃金で苦労する時代だし、生きるためにお金は必要。目の色変えるってのは自己防衛のためと言ってもいいし、変えないヤツはお金持ちか人間以外だって」

「中にはいると思うけどな。俺みたいにお金が欲しくても目の色を変えない善人は」

「でもセンパイは善人っしょ。“いい方”の目の色を変えるタイプだし」

「それはどう言う意味だよ……」


 肘で軽く押してくる愛羅はどこか嬉しそうな声色になる。

 本当に寒いのだろう、マフラーで顔の半分まで隠している愛羅の表情はあまり分からない。


「だってセンパイ、アーシに態度変えてこないじゃん。メッチャ鬱陶しそうに接してくるし、ちゃんと悪いことしても注意してくれるし。……マ、そんなトコがなんか……漫画で出てくるお兄ちゃんらしくって気に入ってるわけだけど」

「い、いきなり褒めないでくれるか」

「照れてやんの」

「もういい。マフラー返せ」

「ヤーダ」

 マフラーを引っ張ろうとする龍馬だが、それよりも先に愛羅はマフラーをギュッと握り完全防御態勢を取り、翡翠の瞳を細めて小さな笑声を漏らした。


「悪い方の目の色を変えるタイプはさ、媚びてくる感じ。気に入られるためにアーシが悪いことしても笑ってるだけとか」

「じゃあ愛羅に嫌われるためには露骨に態度を変えればいいってことだな」

「センパイがそんなことしたら、アーシの見る目はないってことだし」

「……」

 どのように接しても構わないと言うように、落ちつきを払ったまま目を瞑る愛羅は口にする。

 とても高校生が出せる雰囲気じゃない……この瞬間、確かに龍馬は思った。


「……悪い。ふざけるところじゃなかったな」

「そこで謝るからアーシみたいなメンドくさいヤツに引っかかるんだしセンパイは。バカじゃん」

「なんで嬉しそうにしてるんだよ……」

「……アーシの見る目は信用していいんだって思っただけ」

「はぁ。良かったな再確認できて。……って、俺が言うのも変だけど」

 両親に構ってもらえずで今まで辛い経験をしてきた愛羅を、龍馬は茶化す気にはなれなかった。


「ん、少しスッキリした。センパイと外で話せてさ」

「じゃあ早く帰ってくれ。ここら辺は治安が良いとはいえ、絡まれないわけじゃないんだから」

用事よーじ済んだら帰るし」

「まだ済んでないのかよ……。早くしてくれ」

 ポケットからスマホを取り出し、電源を入れれば液晶に『22:31』の文字が表示される。愛羅はまだ未成年。補導時間まで残り30分を切った。


「じゃ、アーシの本題だケド……」

「ああ」

「今日の話……アーシ的にじょーだんじゃなくてしてほしいんだけど」

 チラッと視線を寄越す愛羅はすぐに顔を背けた。緊張感漂うピリッとした空気が二人を包む。


『ひゅーぅ』と冷気に満ちた風が吹き、静寂が訪れる。数秒の間を空けた愛羅はゆっくりと口に出した。


「え?」

「ア、アーシのお兄ちゃんになってくれるってヤツ……。アーシお金払うからさ、お兄ちゃんの代わり……してよ」

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