第12話 side龍馬、愛羅降臨

「ヤッホー、センパイ」

「はぁ……。また、、来たのかお前」

 俺はバイト先である書店で悩みを抱えていた。主に目の前にいる女子高生JKギャル、神宮愛羅に。


「あははっ、そのうざったそうな顔なに? ヤッホーって出迎えてくれてもいいじゃん。いちお、アーシ客だよ? 漫画買って売り上げにも貢献してんだし」

「仕事中に邪魔してこなければ歓迎してる」

「邪魔してるつもりはないって」

「嘘つけ」

「ホントホント」

 ご機嫌そうに笑顔を浮かべれば白色の尖った八重歯やえばが顔を出す。小麦色の肌をしているからだからだろうか、より一層に綺麗な歯が目立つ。


 なんで毎回俺に構ってくるんだか……。

 思っている通り、その理由が全く分からない。 


 肩まで届き毛先まで整った金髪。少しつり上がった翡翠の大きな瞳。派手めなネイルにピアス。薄化粧に短めのスカート。

 ギャルとは言えど清楚系を意識しているのだろうか、派手派手しい見た目はしていない。


 高校で絶対モテているだろう容姿に性格。そんなヤツが俺のバイト日に限ってやってくる。誇張しているわけでもなく、これは店長から教えてもらった情報だ。


 嬉しくはない。仕事の邪魔をしてくるのだから。

『早く帰ってくれ』

 なんて気持ちを漂わせながら売り場に出ている本を整理している俺に、ちょんちょんと薄黄緑きみどり色のネイルを施した爪で突かれる。


「アーシ、全国模試の成績、クラス内で1位だったんだけど」

「おー。良くやった」

「うし……っ」

 軽く流しているだけなのにニッコニコしてる。流したことに罪悪感が芽生える……。


「じゃあさ! なんか奢って」

「親御さんになにか買ってもらえ」

「じゃあいい」

 なんて簡単に諦めを見せる愛羅。なにも食いついてこないあたり少し違和感がある。


「ねー今、センパイ本整理してるっしょ?」

「見ての通りだが」

「ならさ、純文学コーナーここじゃなくて漫画コーナーあっちの整理を先にして」

「理由だけ聞く」

「だって、アーシが好きな漫画を探しながらセンパイと話せるっしょ? 一石二鳥じゃん」

「嫌」

 一石二鳥なのは愛羅だけ。

 頑固さを出して否定するが、こんなところで簡単に引くような相手じゃないことは理解している。俺は半ば諦めながら最後の抵抗をしているだけだ。


「センパイそんなこと言っちゃうんだ。口コミでこのお店に低評価つけちゃおっかな。ガッコで友だちと協力要請して」

「……脅迫か」

 しかもお店側にとって一番効く方法。


「だからさ、ね? 行こ、お願い。もしテンチョに怒られたらアーシが謝るからさ」

「……」

「うっし!」

「幻聴聞こえてるぞ」

「行こ行こ!」

「はぁ……」


 愛羅は俺の制服を強引に引っ張って、思うがままにずるずると漫画コーナーに引きずっていく。


『そっちにはいかない』なんて力の抵抗は俺にできないのだ。——愛羅がこの書店の“名物”になっていることで。

 愛羅がこの書店に通い始め、この書店に可愛いギャルがやってくるとの噂が広まったのだ。

 なんて単純なのだろうか……結果、男性客数が増加し移転前に売り上げがアップしているのである。


 店長からすれば、愛羅は招き猫のような存在。

 そんな愛羅を逃さないために……『あのお客さんの要望を断らないでやってほしい!』と店長に頭を下げられたわけである。『あのお客さんは龍馬君に懐いているから』と。

 

 上からの命令は絶対。だから従っているわけでもあるが、愛羅は愛羅で一応の気は遣ってくれている。ちょっかいをかけてくる時間を決めていたり、ずっと書店に居座らない……など。

 迷惑なことには違いないが、ほんのちょっとの配慮をしてくれている。


 ……正直、嫌っ嫌というわけじゃないけどさ……。

 もし雪也にこれを相談したなら、『役得だろ』との声をかけられるだろう。


 漫画コーナーに着き、

「おぉ、見てセンパイ。『大賢者お兄ちゃんと引きこもり妹』ってコレめっちゃ面白そーじゃない?」

 愛羅が漫画を漁るその隣で、再び本の整理を始めようする俺だが一瞬にして声をかけられる。


『邪魔してるつもりはない』そう言っていた愛羅だが、どこを取ったらその言葉が出てくるのだろうか。


「その漫画の評価は確か……2.4だったかな。少し低めだった」

「センパイも評価気にする派? それダメだし」

「え?」

 尖った爪を俺の腹部に刺し、いきなりダメ出しされる。


「最近特に思うんだけど、みんな自分で決める能力欠如けつじょしてね? レビューばっか見て買う買わない決める的な」

「言われてみれば」

「でしょ? レビューが効果覿面てきめんなのがわかってるからサクラが活発化するワケ。しょーじき、ヤじゃない? 意図的に左右されるみたいな。アーシはそうなりたくないってね」

「確かに……」


 サクラとは、商品の売れ行きが良い雰囲気を作り出したりする者を指す隠語。当て字で書くと“偽客”。

 見た目はちょっとバカっぽい愛羅だが、頭が良いことを知っている。知っているというのは、愛羅が学校の成績を自慢してくるから。



 愛羅との出会いは3ヶ月前。



『これどこっスか?」

 スマホの液晶に探し求めている漫画を映した愛羅が突然と現れたのだ。


『案内いたしますね』 

『あ、場所分かる感じ?』

『はい……そうですけど』

 最初からこんな口調で話してきた。この頃からもちろんギャルっぽかった。


『なら、指差しでいい。アーシが取りにいくから』

『それでは指を差させていただきますと……あちらですね』

『あんがと。じゃあこれは?』

 スクリーンショットをアルバムに保存しているのだろう。フリックして次の写真を見せてくる。

『それも同じ棚にあると思いますよ』

『最後、これは?』


 再び指差しする龍馬に、もう一度フリックした愛羅。


『すみません、そちらは来週に入荷されます』

『まだ来てないのかぁ。あんがと、お兄ちゃん』


 この書店でのバイト経験が長かった俺は、このギャルが探していた本を全て説明することができた。

 だが、ここで意外だったのが——スマホから見せられた漫画の題名は全部『お兄ちゃん』系統のものだった。


 異性に聞くのは恥ずかしくないのか……? なんて当時は思いながらその日を過ごしたが……それ以来、意地悪をするようにバイト日には毎日現れるようになり今では仕事中に雑談をするほどの仲? になった。



「あのさ、前から思ってたんだけどお兄ちゃんが欲しい願望でもあんの?」

 顔は正面。手を動かしながら接客という名の会話をする。

「やっぱ分かるよねー。漫画、全部そんな系統だし」

 そんな系統というのは、『お兄ちゃんモノ』である。


「……アーシ1人っ子だからさ、ちょっとは甘えられる存在がほしいっていうか、そんな感じ。ママもパパも家に帰ってくるの遅いし」

「両親に頑張ってもらったらどうだ?」

「男が生まれたとしてもアーシの弟になるっつーの。ってかそれちょっとセクハラ」

「マジか、悪い」

 そんな軽口を言い合えるのも、ある程度の距離感がわかっているから。


「別にいいけどさー。逆にセンパイはお兄ちゃんほしいとか思わないもんなの?」

「どちらかというと妹か弟がほしい」

 俺にはカヤ姉がいるから年下がほしいとは思う。もちろん、カヤ姉がいてくれて本当に良かったとも思ってる。


「ふぅん……。センパイは妹ほしいんだ」

「弟もだけどな」

「……アーシさ、センパイがお兄ちゃんになってくれたらいいなって思うんだけど」

「あ? 何が言いたいんだ?」

 膝を折り、漫画に目を通しながら意味のわからないことを発言する愛羅。


「対価交換できるって話だし。アーシはセンパイの妹役になる。センパイはアーシのお兄ちゃん役になるって感じで。お互いの願望叶えられるっしょ?」

「俺は漫画や小説を買って感情移入するほど妹がほしいとは思ってない」

「えぇ……。じゃあさ、どうすればセンパイはアーシのお兄ちゃんになってくれるワケ?」

かね

「ハ?」

 正直、それ以外に対価として釣り合うものはない。俺は欲しいものはお金だけ。姉のカヤに苦労をさせないために。


「センパイ、年下にお金せびるのは流石に引く」

「俺はそのくらい金を稼ぐのに必死なんだよ」

「なんで?」

「いろいろ」


 俺は家庭環境を教えたりはしていない。親友の雪也にさえ。

 両親が亡くなったことに対し同情されるのは好きじゃないから。

 他人から、弱くて、惨めで、情けなくて、かわいそうで哀れみの目で見られるような人と自覚されるのは嫌なのだ。


「ふぅんいろいろ……ね」

「いろいろだ」

 ここで追求してこないのは愛羅の良いところ。ってか、追求されたくないって俺の感情読み取ってるなら邪魔しないこともできるだろうに……。


「え、えっとさ? じゃあ……お金払えばしてくれるってこと? その、アーシのお兄ちゃん役……ってやつ」

「なんで本気にしてんだよ。冗談に決まってる」

「は、はぁ!?」

 俺の真顔早口がキマった。


「なにそれチョームカつくんだけど! 今の流れぜんっぜんじょーだんじゃなかったし!」

「俺の演技が上手かったってことだ」

 なんて言うものの、実際は冗談では言ってはいなかった。

 お金を払ってくれるならお兄ちゃん役になるのも了承する。ただ、高校生の立場にある愛羅にお金を貰うのは情けなさすぎる。プライドが引っかかり拒否をする。


 こんなプライドを背負っているからある程度のお金しか稼げないんだろうけど……。

 正直、複雑な気持ちだった。

 愛羅の意見に乗っかればお金をもらえたのに……なんて後悔があるから。


「もういい、ここら辺散らかす!」

「それしたら一生恨むからな……。本の整理って見た目以上に大変なんだから」

「アーシは現在進行形で恨んでるし!」

「機嫌直してくれよ……」

 ここまで拗ねるとは思っていなかった。と、今はそれどころじゃない。もし愛羅がこの書店にこなくなったら、俺の立場がなくなる。


「じゃあこれ買って」

「は?」

 そこで両手で差し出してくるのは【大賢者お兄ちゃんと引きこもり妹】だ。


「買って」

「おい。この流れ狙ったりはしてないよな……」

 頭の良い愛羅だ。奢ってもらうためにシフトチェンジした可能性がある。


「もう来なくなるかも」

「わ、分かった分かったから!」


 なんで俺が一番効くセリフを言えるんだよ……。

 もしかして店長と組んでたりしてないよな……なんて疑心暗鬼になる。


「何円だ?」

「440円」

「はぁ……お金取ってくるよ」

「やりぃ!」

 雌雄が決まった瞬間に機嫌が直った愛羅。

 やっぱり狙ってやがったよコイツ……。


 俺の貴重なお金が飛んだ……。この件は絶対に忘れない。




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