第109話 攻撃する姫乃と受ける元カノ

「……シバ、さっきから変」

「へ、変って何が……? 俺はいつも通りだけど」

「そんなことない」

 注文は決まっているから、とメニュー表を両手で渡した姫乃は追求を始めていた。


「そわそわしてる。落ち着いてない」

「そ、それは初めての場所だからさ。姫乃も初めてこの場所に来た時は俺と一緒だったでしょ?」

「……でも、あのお姉さんもシバと一緒。おかしい」

「そうかなぁ。あっちはあっちで姫乃が男連れだったから驚いただけじゃない?」


 元カップル。その関係は姫乃に言うべきことではない。

 むしろこの喫茶店に足を運び、花音のことを『お姉さん』と呼んでいる姫乃こそ知らない方がいい事実でもある。二人と関係を持っている姫乃だからこそき気まずい思いをするだろう。


「シバのこと、りょー君って言ってた。あだ名で呼んでた。どうして?」

「一応、同じ高校なんだよ。結構話す仲でもあったし……。同級生と偶然合ったら驚くだろ?」

「ん……」

 龍馬の言っていることは誰にでも当てはまること。それでも腑に落ちていないような返事をする姫乃。


「付き合って……ない?」

「っ、そりゃそうだよ。もし付き合ってたら俺の立場ヤバイし、あの店員が殴りかかってきてもおかしくないし」

「あのお姉さんは優しいから、殴らない」

「ぶっちゃけその通りではあるけど……。どんな性格かは知ってるつもりだし」

「でも、付き合ってないなら……いい」

「違和感ある態度になってごめんな。もし俺とあの店員が付き合ってたら姫乃の立場もアレだもんな」

「ん、それある」


 複数の意味を含ませた返しであったが、そこに引っかかりは覚えない龍馬。なんとか最後まで躱し、安堵の気持ちでいっぱいだったのだ。

 話が終わったことでようやく店のメニューに目を落とす龍馬は落ち着きを取り戻しながら流し見ていく。


「へぇ、メニュー結構あるんだな……」

 お腹に溜めるならならパスタにオムライス、サンドウィッチ。軽食にはケーキやシュークリームにアップルパイ。他にも数十種類ある。

 品揃えは豊富な方だろう。


 何を頼もうか龍馬が逡巡している最中、姫乃は別のことをしていた。スマホを見るなどではなく、店のカウンターに顔を向けていたのだ。

 この間、店員である花音とバッチリ視線が重なっていた。


「……」

「っ!?」

 カウンターに背を向けて座っている龍馬とは違い、姫乃は正面側を向いている。

 客席の位置のおかげで今現在驚いている花音がこっちを見ていたことに気づいたのだ。


「シバ、ここにパーして」

 ——だからこそ、即動いた。

 童顔の姫乃だが年齢は立派な大学生。それでいて世にラブコメを出している、人の心を動かすプロの漫画家だ。

 働いた勘、、、、が合っているとのかどうかを知るために花音から見える端の位置に手を置いて指示した。


「え? いやどうしてパー?」

「理由は言えない」

「なんか怖いんだけど……。変なこと企んでない? 安全ピン刺してくるとか……」

「大丈夫。痛いことはしない」

 両手を開いて何も持っていないことを証明する姫乃。姫乃が見たいのはただ一つ、花音の反応である。


「それなら別に良いけど、一体何の意味が……」

 と、当たり前の声を漏らしながら指示された場所にパーの形をした手を置く龍馬。——そのすぐである。


「ん」

「ッ、ちょお!?」

「っ!?」

 龍馬の手の甲に自身の手を重ね合わせた姫乃。まるで付き合いたてのカップルがするように……。


「このまま。シバはメニュー選んでて」

「え? このまま!? いやなんで!?」

「いいから」

「……いや、ちょっとそれは駄目!」

「ん……っ」


 花音がいる場。手を離そうとする龍馬だがこれまでにない力で押さえつけられている、目的が何一つ理解できずに困惑している分、普段以上に力も出ない。その一方であの勘は間違っていなかったと花音の反応を見て確信した姫乃。


 む、とした(威圧感のない)顔を見せる姫乃は手を退かした。


「な、なんだったんだ本当に……」

「ごめんなさい」

「別に良いけどさ……」

 そして、龍馬が再びメニューを見た瞬間に姫乃は表情を変えた。


『べー』

「……っ!!」

 花音に向かって舌を出したその姿。

 ——込められているのは明らかな敵意。先に仕掛けたのは年下の姫乃だった。



 ****

 


 これは龍馬と姫乃が入店してから1分後のこと。


「どっ、どどどどうしましょうマスタぁー!」

 カウンターの下でうずくまっている花音は、膝を両腕で抱えて女性店主に助けを求めていた。


「珍しいねぇ、接客態度満点のカノンがそこまで取り乱すなんて。そんなに驚いたのかい?」

「だ、だってだって……!」

「ワタシも多少は驚いたがな? まさかあの可愛い子にボーイフレンドがいただなんて。しかも相手はイイ大人。パパ活的ななにかで職質されてもおかしくはないな」

「そ、そんなこと言っている場合じゃないんですってばぁ……」

「見る限りお互いにイイ関係っぽいし、男の方は生粋のロリコンだろう。性癖に合う子をよく見つけたものだ」


 ウンウン、と感心している店主は面白おかしく二人の様子を見ていた。


「き、聞いてください……」

「なんだい?」

「あの人がわたしの元彼なんですよぅ……」

「ほー、なるほ……ん゛!? ちょっと驚かせるようなウソ言ってんじゃないよ」

「本当です……。だ、だから今こんなになってるんですっ」

「……」

「……」

 カウンター内で無言が生まれる。手を止めて見つめ合う店主。花音の真剣な顔を見れば嘘だとは思えなくなる。


「マジ?」

「です……」

「カノン、あんたロリコンと付き合ってたのかい? 顔は悪くないけど、あんなあからさまな……」

「わ、わからないです……。わたしが付き合ってた頃はそんなことはなかったと思いますけど……、今は姫乃ちゃんとお付き合いしてるのかな……」


 友達を連れてくると言っていた姫乃だが龍馬との距離が近いのは見ての通り。

 聞かない限り真相はわからないこと。

 ただ、姫乃は同性の目から見ても可愛い容姿だ。そんな性癖を抜きにしても龍馬が好きになる要素はたくさん詰まっている。


「んー、二人の関係はわかったが、カノンにはしっかり接客してもらうぞ? 注文が入ったら頼むからな」

「はい……」


 今の花音に与えられている仕事は接客と注文取りだ。いつでも注文が来ていいように、声をかけられやすくするために客席を見ていた。

 だが、気になるのはあの二人。龍馬と姫乃の場所。そのあからさまな視線はすぐ姫乃にバレることになる。


「っ!?」

 姫乃が見つめ返してきたのだ。『なに?』と言うように。


 両手と首を振って『何もないです』と伝える花音。

 それでも羨ましさには変えられない。姫乃がいる位置は昔、花音の特等席だったのだから……。今はもうその資格がないと理解していてもこればかりは簡単に拭い去れるものではない。


(姫乃ちゃん……いいな。りょー君と一緒で……楽しそう)

 まだまだ未練のある花音は龍馬の後ろ姿を見る。

 何を話してるのかはこちらにまでは聞こえないが、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。


 この状況、気が気でならない。失礼なのは承知で見続けた結果、花音は報復を受けることになる。

 人の男、、、を見続けるなと訴えてくるように、姫乃が攻撃に転じたのだ。


「……!!」

 龍馬の左手の上に右手を重ねたまま、『なんで見てくる?』と訴えてきたのだ。

 姫乃がこうするのは花音がガン見していたからに過ぎない。当の本人もわかっているがこればかりはモヤっとした。ズキっと心が締め付けられる。


(わたしがずっと見てたのが悪い……悪いけど……そんなことするのズルいよ……っ)


 龍馬に想いを寄せている花音だからこそ姫乃に悔し顔をする。

 だが、これこそ姫乃狙い。見ていた理由を探っていた、、、、、ことに気づいた。


 その途端、姫乃は追撃を始めた。

「……っ!!」

『ベー』とピンクの舌を出し花音を牽制したのだ。


 出会った当時、パンケーキを張り紙を見ていた眼光よりも鋭くさせ、

『これは姫乃のもの。お姉さんでも渡さない』と言わんばかりに……。


 好意がなければ悔しくはならない。その心理を見事に突かれた結果。


 想いがバレたからこその『シバはあげない』の意味が詰まる可愛げのあっかんべーに、『うぅぅ』声にならない声をあげてしまう花音。


(な、なんなの……っ 姫乃ちゃんただの小学生じゃないよ。独占欲の化身けしんだよ……)

 小学生だと勘違いしている花音にとってこのマセた攻撃は、絶大な精神負荷を与えた。


「……」

「……」

 龍馬の知らないところで花音と姫乃は睨み合っていたのだ。



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