第60話 姫乃の質問、回答者
「上手くいったみたい……。なんだかわたしまで嬉しくなっちゃうなぁ」
その夜、ワインレッドの髪色で片目が隠れたその人物は色付きのリップを塗りながらyahoo知恵袋の回答ページを見ていた。
その人物が持つ瑠璃色の瞳は視線を引き寄せてしまうほどに幻想的で、ほんのりとしたつり目。雰囲気だけ見れば近寄りがたくはあるが、しゃべり口調と中身はどこか抜けたようなほわほわ感がある。
今日、この人物が質問に回答をしたのは一件。その一件は今、観覧数ランキングの総合1位を取っている。
その注目度1位を出したこの質問者、ユーザー名、『
『やられてしまいました。でも、アドバイスのおかげで上手くいったと思います。本当にありがとうございました』
素っ気ない文章だが、そこには確かな感謝が記されている。
「羨ましいな、羨ましいな……わたしもいちゃいちゃしたいなぁ……」
やられて。その文字をこの人物は“ヤられて”と解釈していた。
これは姫乃の書き方が悪くもあるだろうが、この人物は20歳。そういったお年頃でもある。
リップを塗り終わり、次にハンドクリームを取り出すこの人物がいる場所は個人部屋ではない。リビングである。
「
布団に包まりながらリビングでテレビを見ていた弟、一輝は迷惑そうに
「一人ぼっちで言うのは虚しくなる……から」
「なんてシンプルな理由なんだ」
姉の
「はぁ……。そんなに言うなら適当に男捕まえればいいだろ? 姉貴はまぁ……顔良い方だから簡単だろうし。それかナンパ断ってないで付いてけばいい」
「両想いじゃないといやだ……」
「どんだけ引きずってるんだよ、あのこと」
この話題でテレビを見る意識が途絶えた一輝は、花音と対面するようにその場で回転して体の向きを変える。
「だってわたしの初恋だったから……。初めて告白した男の人だったんだよ? あぁ
「もう無理無理」
普通ならフォローを入れるところだが、一輝は真顔で一刀両断する。花音はなんとも悲しそうな顔になったが気にするところではない。
「10対0で姉貴が悪いし。折角の初彼氏だったのに、しかも良い彼氏さんだったのに、別の男の買い物に付き合うのがおかしいんだよ。相手に下心あるくらい分かるだろ」
「違う……。それは違うって一輝には説明した……」
「それでも誤解されるようなことをした時点で姉貴の負け。正直、俺も引いたし。いつもふわっふわしてるからこうなるんだよ」
引いた、その言葉が真実だからこそ姉である花音を咎めるのだ。
決して嫌っているわけではない。
「まぁ、姉貴のクラスメイトがクズだったのは分かるけど。姉貴と龍馬さんを別れさせるためだけにあんな事してたんだし。正直、人間のすることじゃないわな」
一輝は、
だからこそ同情するところはしっかりとする。
「わたしがもっと早く気づいてたら……」
「まぁ、早く気付いてたら龍馬さんと仲直り
「蹴ってたよおち○ちん。本気で」
「黒帯所持者がしちゃダメだろうけどな。ってか俺から言わせてもらえば、龍馬さんに二股誤解されるようなことした時点で姉貴もクズだよ」
「ごめんなさい……」
なかなかに悪口が飛びあっているこの場。
槍になった一輝の言葉が花音の心にぶち刺さっていく。完璧なタイミングで入ったカウンターのように破壊力が生まれていた。
「もう姉貴は別の男の人見つけなって。龍馬さんはもう彼女さん作ってるだろうし」
「……そんなの分からないよ」
「いやいや、あんなに優しい人がフリーなわけないだろ。俺が風邪引いた時にお見舞い品まで買ってくれたって聞いたし。男の俺が言う。そんな男がモテてないわけない」
「そんなの嫌だっ」
髪で隠れていない左目が涙で潤んだ花音。
花音は未だ未練があるのだ。まだ元彼のことが……好きなのだ。
他の彼氏を作ろうとは思えないくらいに、男からの飲みや遊びを断るくらいに大好きでいた。
「嫌だっ、じゃなくって姉貴が悪いことしたんだからどうしようもないだろ」
「……」
「俺、龍馬さんのこと尊敬してたのになぁ。男らしくもあって」
「わたし……いい彼氏さん捕まえたよね……」
「正確に言えば捕まえて
「過去形にしないでっ!」
「過去のことだしなぁ。まぁ、姉貴は彼氏を見る目はあると思うよ。だから次の彼氏に期待してる。目標は龍馬さん以上だな」
「そんな人、なかなかいないよぉ……」
この姉弟は龍馬さんという人物にかなりの好意を持っていた。
だが、全部が全部過去の話として進めている。もう会う事なんてないと思っていたのだから。
「面倒臭いな……。話変わるけど、俺の高校で学園祭が来週あるんだが今年も姉貴も来るよな? 家族、友人なら招待していいんだってよ」
「あっ、もうそんな時期だね……」
「招待するから、そこで男でも捕まえてこいよ? 学園祭ってナンパ成功率高いらしいからよ。なんなら俺の友達紹介してもいいし」
「……りょー君に似た人いる?」
「それはいない。ってか、依存しすぎだって……」
「うん……」
もうあれから3年ほどが経つ。
それでも忘れられない理由には、花音の想いの強さにあった。
「はぁ……。もし学園祭で龍馬さん似の人いたら教えるようにするよ。もう一回写真見せてもらっていい? どうせ姉貴のことだから持ってるだろ」
「うん……。ちょっと待ってね」
諦めたいけど諦められない、そんな寂しそうな花音を見て一輝は思う。
——どんだけ好きなんだよ……と。
だが、そんなところは姉譲り。何故なら愛羅のことを未だ想っている一輝なのだから。
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