追想 荒野に降り立つ


 湖畔のウッドデッキ上。

 楕円形に水面が波立つように空間が揺らめき、その中にはいる。


 やがて、ポンッと地面にでた。

 わたしは空を見上げ、その青さにほほ笑み、大きく深呼吸をした。冷たい空気が美味い。都会とは違う草の匂いに笑みが深くなる。


「おお、いい天気だ。何時くらいかな。太陽は出ているから昼間だろうけど」


 自分の意識もあるし、思った通りに言葉も出せる。狂乱してない。

 抜けるような青空と緩やかな起伏の多い荒野。所々に草原が入り混じり、遠くにはゴツゴツした感じの岩山が連なってる。

 空には太陽は一つ。虹色の月が複数回ってるってことはないようだ。足元の草も土も地球で見るものと違いがわからない。極彩色のマーブル模様とか、異星を感じさせるものはない。


 ……すこし安心したよ。


 ルキフェによると、多くの異世界は似ているらしい。動植物や自然現象、物理現象もほぼ同じ。なんらかの行き来があるのかもしれない。魂や輪廻転生の概念も共通しているようだ。


「誰かの意図が、あるんじゃない?」



 ルキフェの力で魔王国内ではなく、国から離れた荒野に出現したはずだ。ルキフェは世界の地理について詳しくなかったが、荒野と海が、魔王国と人間の住んでいる国とを隔てているらしい。


 わたしの体は二人で話し合って決めた。病死した前世の体はもうないだろうから、新しい肉体が必要なのだ。

 警戒心を持たれないよう年齢は十歳ぐらい。黒髪、黒い眼の人は多いという。白い肌で筋肉質に成長するような体を用意してもらった。

 目が大きく鼻筋が通った美しい顔は、情報収集に必要だからだ。


「私心はない。決してない。イケメンになれてラッキーなんて、断じて喜んでいない。必要なのだ、うん。あ、この世界で美の基準が違ったらどうしよう? げっ、ルキフェが基準だったら……なし! なし!」



 ルキフェは魔王であり、神ではないので無から体を創造することはできない。

 あの空間で飲んだコーヒーやソファセットなど。精神だけの世界にイメージを投写しただけで、創造された実体のあるものではない。

 お亡くなりになったばかりの方を探し、部品と遺伝子を頂いて組み合わせ、魔王としての強度を持たせて体を作ってくれた。精神空間で設定しても、受肉する事ができるだろうとのこと。

 だろう、なので検証は必要だ。ルキフェには自分を作り変える発想はなかったらしい。なにやら考え込んでいたが。


「フランケンシュタインの怪物だね。縫い目はなしでお願いしたから肌は滑らか、足が長くバランスもよし。遺伝子はどうなってることやら。……がんで死んだ人間が融合した遺伝子で出来た体で生き返るって、どんな皮肉だろうね」


 ……うんうん、子を成す機能もある、はず。


 ルキフェは女と男で子を成すとは知っていたが、自分の性別について知らなかった。成長の記憶はなく、種族が何なのか、魔王という種族なのかもわからなかった。

 わたしはエルクとして十歳から成長はする、たぶん。高身長を期待したい。高身長、大事なことは二度言わないといけないと、みんなが言っている。

 空気中の細菌とか虫や胞子とか体に悪そうなものについては? この世界の人種よりも強靭だから心配しなくても大丈夫だ、と言っていた。


 ……免疫やら抗体やらがあるのかね。体内細菌は? 考えてもキリがないか。


 精神の空間から現実世界に出現したので、裸である。


「少し肌寒いけど、季節はいつかな? 冬ってことはなさそうだね。荒れ地は寒暖差が激しいのかな」


 寒さ、暑さ、痛みなどに強い体にしてもらった。が、感覚がまったくないのも不味そうなので、感じるがダメージはなしになっている。裸でいても問題なさそうだが、これから人前に出るには服を着てないとまずい。


 宝物庫。魔王城の宝物庫が自由に使える。

 衣服を出して着込んだ。

 木綿らしき布の下着。貫頭衣のようなシャツ、厚手のズボン、フード付きローブ。足首まで覆う革のブーツ。

 サイズは魔法で調整できた。もうちょっと短くなれとか、大きくなれとかを試したらできた。色は生成りで特に装飾的なことはしていない。

 もっと魔法を練習したら、殺菌消毒、洗濯、乾燥、修繕の魔法をかけよう。赤黒いシミや胸部分に破れがあったから。


「元の持ち主については、うん、世の中には知らないほうがいいこともあるな」


 わたしは、いつでもどこでも宝物庫に出し入れができる。魔王以外は取り出せないが、入れるには制約がないそうだ。時間停止等の強固な防壁もある。


「はたからは、何も持ってないのに、急に現れたように見えるだろうなあ。人前ではごまかす必要があるかな」


 ルキフェは宝物庫の中身をよく知らなかったが、精神空間から在庫が見れたので、下調べは済ませている。

 データベースシステムを思い浮かべたら、検索や種類別物品一覧みたいなものがわかるようになった。

 一覧には宝石や金貨などもあったので、いざとなれば暮らしに困らないだろう。だけど、これらは皆魔王国のもの。民が入れてくれたもの。無駄遣いはできないな。

 出し入れをいろいろ実験してみたが、かなり大きな物も、長い物も問題ない。

 鑑定魔法が使えないか意識を集中して見つめると、材質や強度、効果、来歴などおおよそのことが頭に浮かんでくる。


「後で、時間を作って検証しよう」


 魔族が何でも入れたのか、怖い物も多かった。見なかったことにしよう。


「さて、大人から子どもになったし、新しい体に慣れなくてはね」


 屈伸してみる。歩いてみる。体が軽い。体のあちこちを意識しないで歩ける。小走り。速度を上げて、ちょっとジャンプ。

 前世ではがん患者だったし、そもそも若くはなかったし。

 動こうという気持ちに体がついていけなくなっていた。足は自分が考えるほど上がらず、思わぬ怪我をしないよう手首・肩・腰・膝をいつも意識して暮らしてきた。


「アハハハハハハ! ヒャッホォー!」


 笑い声をあげながらどんどん走る。十歳の体は快適だ。高く高くジャンプすると空に届きそう。オリンピックならゴールドだ。


 ……さて、魔王の力が使える子どもの体を手に入れた。


「エルクは、どんな人間?」


 大人の記憶を持ち、ルキフェと魔族の幸せに貢献するには、どんな人物であるべき?

 自分自身が幸せでないと人の幸せを理解できないのでは?

 そんな建前で、やりたい放題にやってもいいのか?


「これから悩んで生きていこう。楽しみだ。ああ、本当に楽しみだよ」

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