いってみたかった


 オルガはちらりとダーガを見て、首を振った。


「エルクちゃん、エルクちゃん。灰色狼はどうやって倒したの? なんて魔法? ゴドの話はよくわからなくて。おねーさんに教えてくれる?」

「うん? うん、いいよ! お安い御用! オルガの魔法を、教えてくれたらねェ!」

「……そ、そうよね。人に教えることじゃないわ。でも、でも、知りたーい! ちょっとでいいから、ね、ね」

「うーん、どうしようかなぁ。一晩お付き合いしてくれたら、考えなくもないなぁ」

「エルク!」


 ダーガとゴドの声がそろった。オルガは真っ赤になった。


「……い、いいわ」

「オルガ!」


「ごめんなさい。冗談がすぎたね。狼を倒した魔法に名前があるのか、は知らないんだ。光のごく小さな矢を後ろから頭に打ち込み、頭の中で破裂させて脳を焼く、って感じかな」

「……なにそれ。そんな魔法聞いたこともない……。光の矢……火魔法では……無理? 光魔法なんて伝説よ。どんな詠唱なら可能なの? ほんとに、そういう魔法なの?……でも火の玉を圧縮して……」


「こうなったら、しばらくオルガは帰ってこない」


 ゴドが頭をふって僕を見ていった。


「ゴド、エルクはお前のパーティーに入れるのか?」

「入ってほしいんだがな。正直なところ、俺たちがエルクについていけるとは思えん」

「え? なに!」

「本人を目の前にしてなんだが……。エルクは底がしれん。普通の子どもじゃない」

「ゴド、それひどくない?」

「すまん、だが、それが正直な気持ちだ。入ってもらっても、俺たちじゃ、おまえの邪魔になるだけだ」

「……そうなのか?」


 ダーガが考え込んだ目で、僕を見つめてくる。


 ……凛とした美人さんに見つめられると、照れるねェ。


「ダーガ、剣は習いたいけど、パーティーに入ることは出来ないよ。よその国にも勉強に行きたいんだ。ごめんね」

「いや、いいんだ。わかった。剣は、エルクの都合がいい時にいつでも教えよう。うちの者たちから聞いたんだが。昨日のことだ。人気の服屋に、とんでもない美少女の魔術師が買い物に来たらしい。だが、その美少女が、実はものすごい美少年だっていうんだ。街の噂にもなってるらしい。おまえだろ?」

「……昨日、服は買いに行ったなぁ」

「エルクなら、うちの連中も大歓迎だろうな」

「ほら、やっぱりダーガは、女の子好きじゃないの」


 いつの間にかオルガが復活している。


「エルク、私の魔法を見せるから、君の魔法も見せてくれない? できれば狼を倒したやつ」

「おい、オルガ。手の内は見せないものじゃなかったのか」

「そうなんだけど、エルクの魔法を見せてもらえるなら、私の魔法も見せるわ、興味ない?」

「興味あるよ。どうも師匠の魔法は偏ってるらしいんだ。それに、他の人の魔法はほとんど見たことないから」


 オルガに魔法を見せることになったが、先ほどから、こちらの話に聞き耳を立てている冒険者たち。一緒について来そうだなぁ。


 ……かまわないんだけどね。


「あの子が、灰色狼三十を倒したのか」

「ダーガを破って、見習い登録から三日で、木証から銅証だと。なんなんだ、あの子?」

「ああ、オルガさんは、いつでも美しいなぁ」

「うんうん、見ているだけで幸せだなぁ」



 見物人を大勢引き連れて訓練場に来た。土壁の前に木の杭に打ち付けられた的を、二十本用意してもらう。費用はオルガが出してくれる。


「じゃ、私からね」

 オルガは短杖を構え、素早く詠唱すると火の玉を撃った。


 ガンッ! ガンッ! ガガガガガガッ!


 火の玉が飛ぶ速度は矢よりも早く、正確に的の真ん中に当たって的が爆発した。連続して撃ち、全部の的に当てて爆発させる。


 ……くうっー。この連射速度! この速さじゃ、普通の人はかわすのが難しいだろうなぁー。


「これだけを使って魔物も倒せる、火魔法使いが、最も頻繁に使う基本の魔法ね。基本こそが一番強い。一番練習してきたしね。自在に使いこなせれば、切り札にもなる。まあ魔力が続けばだけど」


「凄いねぇ! じゃあ次は、僕ね」


 右手を顔の前にかざして詠唱のふりをする。右手を振り下ろして光の矢を撃つ。オルガが爆発させた的のすぐ下に光の筋が当たり「パチンッ!」と音を立てた。


「……初めて見る魔法だわ。爆発の威力は弱いわね」


 新しい的を用意してもらっている間に、オルガに解説した。


「この威力でも、急所から入って頭の中で爆発するんだ。直接脳を焼くから、即死だね」

「……でも、今のじゃあ狼の正面に当たることになるわね。ゴド、後ろから、首筋に当たったのよね?」

「ああ、それも何匹も、同時に同じ場所にな」


 オルガが、流し目で見てくる。


「エルクちゃーん。同じのを見せてほしいわ」


 僕はオルガを見返して、ニコリと笑った。


「的全部に撃つから見逃さないでね」


 再び、詠唱のふりをして光の矢を飛ばす。僕から真っ直ぐに光が的に向かう。


 パンッ! パンッ! パパパパパパッ!


 すべての的に当たる。


「オオー!」


 見物人から声が上がる。


「さっきより速度を落としたから、見やすかったでしょ? 次はどうやって首の後に当てたかだけど。見物してるだけじゃ退屈でしょ、皆さん。的を後ろに向けるの手伝ってくれない?」


 見物人の手を借り、二十本の的を後ろ向きにした。


「速度は見えるくらいにするね。いきまーす!」


 再び詠唱のふりをして右手を振り下ろす。光の矢が飛び、それぞれ複雑に軌道を変えて後ろ向きの的に回り込み、連続した打撃音を上げる。


 パンッ! パンッ! パパパパパパッ!


「なんだ、あれ!」

「……なに、今の? 光が曲がった?」

「いや、折れた! 光が折れたんだ!」

「すご。あれって、隠れてるやつにも攻撃できるってことか!」


 オルガは真剣な顔で的を見つめて、つぶやいた。


「速度も、軌道も、当てる位置も自由にできる……。エルク、威力も?」


 僕は再びニコリと笑うと、右手をかざした。


 ……うーん、一度言ってみたかったセリフがあるんだよねー。世界が燃えちまうってヤツ。


「薙ぎ払え!」


 詠唱のふりの後、その言葉を叫ぶ。同時に複雑な軌道を描いた光の筋が、的の列を左から右に走る。


 ドガッ! グゴッワァァァァァァァァァーン!


 当たった左端の的に紅蓮の炎が上がり爆発。真っ赤な灼熱の瀑布が右端の的へと流れる。衝撃が見物人をよろめかせた。

 炎が消えると、的も木の杭も燃え尽きている。真っ赤に溶けている地面だけが残されていた。


 ゴド、ダーガ、見物人も言葉を無くし、唖然と溶けた跡を見ていた。


 ……あっ! やりすぎた。ま、やってしまったものは、仕方がないよね。


「どう?」


 オルガに問うと、黙って溶けた跡まで行く。


「エルク!」


 オルガが手を振って呼ぶので、横に立つ。小声で聞かれた。


「……無詠唱だね?」


 ……見抜かれてた。なんとなく予感はしてたよ。まあ、これも仕方がないよね。


「わかった?」

「詠唱はことわりを述べていると言われる、きちんと決められた呪文。おまけに杖、魔法陣も使っていない」

「へー、そうなんだ。そういうの知らなくてね、勉強したいんだよねぇ」


 オルガが僕の顔を覗き込んで、満面の笑みを浮かべる。


「面白いなぁ! 面白いよ! エルク!」

「そお? お気に召してもらえて、ボク、うれしいよ」

「エルク! エルク! 惚れた! 結婚しよー!」


 オルガが大声で、僕に抱きつく。


「ええっー!」


 オルガの大音声の宣言に、全員が声をそろえてのけぞる。

 ゴドも、ダーガも、見学者も巻き込んで、冒険者ギルドは大騒ぎになった。

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