嵐の岩戸


 朝食を済ませて、ジュスト商会にいく。

 今朝は肉団子入りの卵スープ。多分鳥ガラだと思うけど、丁寧に出汁のとられた黄金色のスープ。溶き卵が全体を柔らかくしてくれていた。


「おはよう、マイヤ」

「あら、おはよう、エルク。まあきれいな服着て、やっぱりいいとこの子だね、よく似合うよ」

「ありがとう。ヘリはいないの?」

「ああ、オッシが楽器店にいくからトピと一緒についていったの。あの子にも新しい楽器を買ってあげたいからね。いつまでもお古じゃ上手くならないのよ」

「そうか、これ、旅の時のお礼だよ。ヘリにもあるんだけど、どうしようかな?」

「おや、そんな気を使わなくてもいいのに。あたしらこそ命を救ってもらったお礼をしなきゃいけないのに」

「ううん、それは美味しい料理といろいろ教えてもらったことで十分」

「そんなもんで返せるようなもんじゃないよ。エルク、ヘリには直接渡してやってくれないかねぇ。そのほうが喜ぶから。あたしもその時にもらうよ」

「わかった。出発する日は決まったの?」

「ああ、四日後の朝になったよ」

「そうかー。じゃあそれまで、なるべく顔を出すようにするよ」

「ああ、そうしてくれるとヘリが喜ぶよ」

「じゃあ、また来るねー」


 ジュストには特に用事がなかったので商館を出てギルドに向かう。後ろから、御者が追いついてきて横に並んで歩く。


「エルクさん」


 僕は振り返らずに、微かにうなずくことで返事をする。


「あの者の足取りはつかめました。この街の裏とのつながり、その上もわかりました」

「うん」

「今夜、お宿にお邪魔したいのですが、よろしいでしょうか」

「ああ、かまわないよ」

「はい、では」


 そう言うと離れていった。


 朝食は済ませたが、匂いに誘われて、屋台のソーセージを食べる。

 隣の屋台が茹でたジャガイモを鉄板で焼いているので、これも食べてみる。塩とハーブだけだが、ホクホクして美味しい。


「ジャガイモ、この世界にもあるんだな。トマトもあるかな? 前の世界じゃ、どっちも南米産で食用で広まったのは遅かったはず。トウモロコシも? コーンブレッドが食べられる? あ、トルティーヤ! サルサも! じゅるり!」



 昨日の講習で使った訓練場は自由に使えるのか聞きたくて、冒険者ギルドに来た。

 でも受付に、ブリッタの姿は見えない。二階の小部屋にいるのが、探知魔法で確認できる。

 他の職員に聞いてみると場所を使うのは無料、的や消耗品の道具などは有料だった。訓練場にいる職員に払えばいいとのこと。

 魔法は派手すぎて、人目につくところで訓練できないよね。けど、剣は昨日のダーガの動きが再現できないか練習したいね。

 ダーガに習えるなら歓迎だが、パーティーには加われないな。臨時で魔物討伐を一緒にってのはどうだろう?


 掲示板には目新しいものはなかった。朝のうちに目ぼしいものは誰かが受けてしまうのだろう。

 目立つところに冒険者への連絡事項が貼られている。東の街道で、通常より巨大な灰色狼の群が討伐されたが、他にも異常な魔物の目撃報告があり、各々十分注意するようにという内容だった。

 掲示板を見てから、食堂の方に向かう。


 ……探知魔法は便利だけれど。あまりにも周りがわかりすぎるのは、ちょっとつまらないかもねぇ。出力を下げて悪意の判別程度にしようかな。


 食堂のテーブルにゴドとダーガ、昨日の豪華美人が座って話をしている。薄めたエールを買って近寄っていくと、こちらを向いて座っている豪華美人が気づいてくれたよ。


「あら、昨日のキレイなボク! こっち来て座りなさいよ」


 ゴドとダーガが、同時に振り向いて声が揃った。


「エルク!」


 ゴド、だよね? 髭がきれいに剃られて顔の下半分が真っ白。一瞬、誰だかわからなかった。

 僕は、にっこり笑って近づいた。


「おはよう。お邪魔じゃない?」

「いや、いいぞ。エルク、それ銅証か? まあエルクなら当然か。昇格試験も受けられたんだな。試験官は誰だった?」


 ゴドの言葉にダーガが手を挙げる。


「私だ。ゴドの弟子なのか?」

「いいや、俺の弟子になんかなってもらえるか。師匠より強い弟子なんて、聞いたことない」

「だが、教わったと聞いたぞ」

「ねえ」

「簡単な初歩の初歩。それだけで、俺はエルクに一撃も入れられなかった」

「じゃあ、私が教えてもいいか? 剣士志望ならうちに入ってもらって、教えてみたい」

「ねえ」

「うーん、ダーガより強いぞ」

「ねえ」

「それはわかってる。だが、エルクは技術を知らない。覚えれば、望んでいる剣士で名を成せるだろう」

「二人とも黙れ!」


 低くて冷えるような声が、豪華美人さんから響いた。ゴドとダーガが固まって目だけで豪華美人をみる。僕も思わず肩をすくめたんだ。


「……ちょっと話がおかしくない? ボク、君はエルクなの?」


 僕がコクコクとうなずく。


「五十頭の灰色狼を、一瞬で倒したエルクなの?」


 僕は、横にフルフルと顔を振る。


「エルクじゃないの?」

「……いえ、エルクですが、ボクが倒したのは五十じゃなくて、三十……」


 豪華美人が額に手をやり、しかめっ面をする。しかめっ面も当然美しい。


「まず、あなたがゴドの言ってた、ジュスト隊商で灰色狼を倒したエルクなのよね?」

「はい」

「で、ダーガが言っている、見習い登録から三日で銅証になった、剣士志望のエルクなのよね?」

「いいえ」

「……」

「ごめん、剣士志望ってとこだけ、ちがう」

「ゴドの話だと灰色狼は魔法で倒したのよね?」

「うん、魔法だよ」

「えっ! エルクって魔術師なの? 剣士志望じゃないの? あ、それであれか」

「あれ? なんだダーガ?」


 ダーガは肩を落とした。


「変だと思ったよ、魔法は使ってもいいが威力に気をつけろ、って条件は」

「そんな条件が? ……魔法が使えなければ、灰色狼の話は信用できないと、失格にするつもりだったんだな。あのくそギルド長のヤロー!」

「……エルクは魔法が使えて、剣が使えて、剣士志望じゃなくて、魔術師なのね」


 僕は右手を上げて、豪華美人に尋ねた。


「……あのー、一つ教えてもらいことが」

「はい、なに?」

「魔術師って、『今日から僕は魔術師』って言えば、魔術師なの?」

「……正式には違うわね。魔術師の弟子になって推薦してもらい、魔術師ギルドの試験を受ける。通れば『魔術師』を名乗れるの。冒険者と同じく、この資格証を身につけて初めてそう名乗れるのよ」


 そう言って豊かな胸の谷間から小粒の魔石がついたペンダントを、冒険者の銀証の上に出して見せてくれた。


「でも魔法で戦えるだけの自称『魔術師』も大抵はとがめられないわ。公の場では名乗れないけどね」

「もう一つ……。間違えていたらごめんなさい。あなたは『嵐の岩戸』のオルガさんですか?」

「あら、そうよ、オルガよ。……はぁ、名乗ってなかったわね。ゴド、紹介して」

「ああ、すまん、うっかりしていた。エルク、こいつはうちの魔術師のオルガ。オルガ、エルクだ。命を助けられた。ジャンもな。エルクには俺でも勝てんし、オルガ以上に魔法を使うぞ」

「よろしく、オルガさん」

「オルガでいいわ。エルクちゃん、よろしくね」


「剣士志望じゃない……魔術師……あの剣で……」


 ダーガは眼を泳がせ、つぶやいていた。

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