お誘い


 食堂には数組の客がいた。

 依頼を終えた冒険者たちがエールを飲んでいる。

 ここには給仕がおらず、注文カウンターで注文して支払い、飲み物、食べ物を受け取り、食事を終えたら下げ口に持っていく。

 飲み物はエール以外には、水で薄めたエールか、水しかないんだ。

 エールと茹でた豚肉を持って、隅のテーブルに座った。エールも豚肉も量が多い。まずくはないが、「宵の窓辺」とは比べようもないね。筋切りをもうちょっと丁寧にしてもらうといいんだけど。でも筋を噛み切るの、好きだけどね。


 しばらく、もしゃもしゃ食べ、ちびちびエールを飲んでいるとダーガがやってきた。

 知り合いが多いらしく、あちらこちらから声をかけられている。エールを受け取って周りを見回し、こちらに近づいてきた。


「エルク」


 呼びかけて向かいの席に座った。


「早速だが、ゴドに剣を習っているってのは、ゴドのパーティーってことなのか?」

「ううん、違うよ。僕はどこのパーティーにも入ってないよ。ゴドが剣を教えてくれたのは旅で一緒になり、夕食後の腹ごなしでだね」

「……では、全くの素人に負けたわけか」

「ああ、でもダーガは、本気じゃなかったでしょ?」

「それはお前も同じだろう? 汗一つかかず、息も乱れなかった」

「まあね」


 ダーガが、身を乗りだしてくる。


「どうだろう? うちは女性だけの『海風』っていう銀証パーティーなんだ。参加資格は女性だけなんだが。お前なら女の子みたいだし、他の者も認めるだろう。私のところで剣を習う気はないか?」

「女性だけのパーティー? 女の子みたいってのは、ビミョー? 僕、男だしなぁ」

「いや、お前ならこだわらん。剣士を目指すなら、技術を学んだ方がいい。うちに来ればホームに住めて、宿代も、食事代もかからん。洗濯も心配いらん。それに討伐の荷運びも専任がする。だから」

「うーん。魅力的なお話だねぇ」


 うん、こんな美人のおねーさんが、焦った顔で誘ってくれるのはうれしねぇ。さっきの試合で、技術不足はよくわかったしね。

 女性に囲まれたパーティー。ムフフ、だけど。……怖いかも。

 「女の子みたいだから」か。女の子に変装するのは、ほんとに良い手かもしれない。


 こちらに近づいてくる女性がいる。ダーガの後ろから、声をかけてきた。

「あらぁー? ダーガ、可愛い子連れてるじゃない。またパーティーに恋人入れるの? ん? んん? ……男の子? あなたが連れてるから女の子だと思ったのに。男の子よねぇ?」


 ダーガはかけられた声に、振り返りもせずに大きくため息をつく。


「いい加減にしろ、お前のせいで、男嫌いって噂が立ってんだ」

「あら、いいじゃない? 男嫌いで女の子好きはほんとでしょ?」

「わ、私は男が嫌いじゃない! 周りの男が好みじゃないだけだ。エルクのような強くて美しい男がいれば結婚も……」


 ダーガをからかっている女性は栗色の髪、少し変わった緑の眼。ふっくらした唇。

 茶系の貫頭衣にズボン、膝までのブーツ。腰に締めたベルトの正面に、宝石か魔石がついた棒を差し、両腰に短剣。羽織っているローブには、複雑な模様が刺繍で装飾されている。


 ……魔術師かな? 凄いスタイルの、豪華な美女ですねー。


「でも、この子、ホントにきれいな顔ねぇ。ねえねえ、ボク、いかついダーガより、おねーさんの方が優しくしてあげるわよ?」

「誰がいかつい! かまうな。大事な話をしてるんだ、あっちに行ってろ!」

「冷たいのねぇ。ボク、向こうでお話しない? おねーさんと、ふ、た、り、で」

「この色気と言葉にだまされるなよ。こいつは武闘派で、身持ちが硬い。言い寄る男に、笑顔で短剣を刺すのが好き、ときてる」

「もうー。せっかく楽しくからかってるのに。しかたない、また今度飲もうねェー」


 そう言うと離れていった。ダーガが頭を抑えてぼそっとつぶやいた。


「本性はいいやつなんだが……」


 ……確かに、ダーガはからかうと面白そうだよ。


「さっきの話は前向きに検討します、でもいい?」

「ああ、会ったばかりなのに、急な話をしてしまってすまない。だが、今後、エルクにはパーティー加入の誘いが殺到するだろう。取られると悔しいからな」

「……殺到か。うーん、まあ、なんとかなるさ」


 その後、剣技についての話を聞いているところに、ブリッタがやってきた。


「ダーガさん、試験官ありがとうございました。エルクくん、銅証を作るので向こうまでお願いします」

「はーい。ダーガ、ありがと。またね。あ、返事は次に会ったときにね」

「ああ、うちのパーティーのホームは受付で教えてもらってくれ。ブリッタ、エルクにならホームを教えていいから。たのむ」

「はい、わかりました。失礼します、ダーガさん。では、あちらに」


 二階の小部屋に入ると、ブリッタが笑顔で服を褒めてくれた。


「綺麗でお洒落なシャツ……でもあのお店にあったかしら」

「ああ、教えてもらった男性向けのお店じゃなくて、隣に案内されて買ったんだよ。魔術師風の服って言ったら……着せかえ人形にされた……」

「ふふ、エルクくんなら、あそこに行けばそうされますね。常連さんたちでしょ? それがあの店の人気の秘密でもあるんです。……え、まって、その服で講習と模擬試合を? 汚れなかった?」

「大丈夫、僕も汚したくなかったから、注意してたよ」

「そうね、大丈夫みたいね。コホン、では手続きを始めましょう」


 用意されていた魔道具の黒い厚板に手を置いたが、結果は変わらない。ため息をついたブリッタが手動で銅証の銅証を作ってくれた。


「魔力は五十にと、ロッテから指示を受けてます。これでエルクくんは銅証です。もう『くん』はまずいわね。これからは改めます」


 ブリッタから赤みの強い銅色の証を受け取り、木証を返却する。


「エルクさん、これで口座が開けます。口座の維持費に一年で小銀貨五枚かかります。全部のギルドに入出金が反映されるのは、十日から十五日程かかりますのでご注意を。口座を作るこの街では入金がその場で反映します」


 ……「古代の魔術師ギルドの発明で、世界にはいくつか魔法による連絡網がある」って言ってたっけ。

 いやでも、それってEDI? 端末は高性能WSとか? 大規模な国際的銀行システムと通信システムで管理する案件だよね? 古代の魔法……これって手がかり?


「作るよ。灰色狼の金もそこにお願いね」

「はい了解しました。ではこちらの羊皮紙に記入していただいて、預けるお金をお願いします。灰色狼の預り証は入金と交換になりますので、もうしばらくお持ちください」

「ねぇ、この口座を管理してるところ、全部のギルド口座を管理してるのはどこ? 魔術師ギルド?」

「え? 全部の? ええ、ノルフェ王国の口座は、王都にある魔術師ギルドで管理してます」

「ふーん。じゃ各国相互の管理は? それも全部、ノルフェ王国王都で管理してるの?」

「どうでしょ? 私はそこまでは知らないけど……」

「そう、そうなんだ。あ、これ、これまでのお礼です。ありがとうございます」


 パックから今朝買った巾着袋を取り出して、ブリッタに渡す。


「まあ! これを? これってあのお店の巾着袋。ずっと欲しかったけど人気でなかなか手に入らなくて、もらってもいいの?」

「もちろん。じゃあ口座にはこれだけ入れてください」


 宿にあと十日ほど泊まることにしたので、その分を除いてブリッタに渡した。



 宿に戻ると服が届いていた。受付にいた支配人に延泊の件を話す。


「はい、大丈夫です。では十日ですね」

「お願いします。一度、飲食代の精算もお願いします。それと今の時期は宿が一杯になることはあるの?」

「いえ、この時期は、満室になることは滅多にございません」

「そう。確定じゃないけど、知り合いが来るかもしれません。決まったら相談しますね」

「かしこまりました。エルク様。銅証昇格おめでとうございます」

「ああ、この銅証か。ありがとう」

「しかしながら、一昨日冒険者登録をして、今日には銅証。感服いたします」

「ははは」


 夕食時にリリーとハイディに巾着袋を贈った。リリーは銅証昇格祝いに料理を追加してくれたよ。

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