身分が問題
僕たちが通された部屋は正面が玉座のように高くなっており、床には絨毯が敷き詰められた大きな部屋だった。壁際には帯剣した兵士たちが並んでいる。
こちらを見下ろして中央に老人、老人の右に中年に差し掛かる男、左に筋肉質の身体を誇示する服装、男性三人が座っている。
両脇には数人の中年から老年の男たちが立っている。演壇の横には羊皮紙が積み上がった机があり文官らしき者が座っていた。
ギルド長は演壇の下まで行き、ベルグン伯爵を見上げた。
「ベルグン伯爵、お呼びになりました冒険者たちを連れてまいりました」
「ホルガー、ごくろうだった。紹介をしてくれるか?」
「はい。この者が、銅証冒険者のエルクでございます、閣下」
ベルグン伯爵は白髪の老人。骨太そうだが頬から首にかけて脂肪がシワとなって垂れ下がり、顔色が悪い。「衰えた老人」を絵に描いたよう。
僕は右手を胸に当て、左腕を脇に伸ばして優雅にお辞儀する。
「銅証冒険者エルクです。お見知りおきください、閣下」
先ほどの官吏が伯爵の後ろにまわり、長く耳打ちをする。
「なにっ!」
話を聞いている伯爵の顔色が、さらに青くなり、大声を出して立ち上がった。何事かと皆伯爵を見たが、伯爵は僕をじっと見つめたままだった。
「い、いや、そんなはずは……に、似ているのか……」
「はい? 僕は銅証の冒険者です、閣下」
「あ、あ、いや、閣下などと呼ばなくても、よ、ろ……。今日は皆、敬称を忘れよ。ま、魔物の異常事態だ……今日は尊称を忘れることとする。わ、私はベルグン伯爵、ミヒェル・ベルグンでございます。こ、これは、た、立て。嫡男のエグモントと次男のフリッツ。こちらの者たちは……」
息子や家臣を自ら紹介する伯爵を見て、周りの人間が目をむいた。
伯爵が立ち上がったままなので、僕は声をかけた。
「どうぞ、お掛けください」
「ホ、ホルガー。続けて紹介してくれ」
ギルド長は全員を紹介した。ラドミールを僕の執事と紹介したので、伯爵以外はますます困惑したようだった。
「ホルガー、ごくろうだった。ヨルゲン、進めてくれ」
「はい、閣下。では、詳細を聞きましょう。ホルガー殿、いや、コホン、ホルガー?」
「灰色狼はゴドたちが、狂鹿も同じくゴドたち八名が討伐しました」
「それは、報告書を読みました。ですが、詳細が報告されておりません。わからないことがあります。灰色狼も狂鹿も目立った傷がなく、脳が焼かれておりました。私が自分で検分いたしました。どうやって倒したのでしょうか?」
「銅証冒険者のエルクが魔法で倒しました」
「ですが、魔術師ギルドのマルニクスはそのような魔法は存在しないといっております。そうですね、マルニクス」
「はい、ヨルゲン様。傷がなく、脳だけを焼く魔法など聞いたこともありません。なにか、禁制の毒のようなものを使ったのではないかと思われます」
伯爵が、魔術師ギルドの事務長と紹介した長身痩躯の中年が答えた。
「ギルド長、冒険者が禁制の毒を使うなど許されません」
「いえ、エルクの魔法です。職員の多くがその魔法を確認しています」
「……さらに不思議なことがあります。灰色狼も狂鹿もすべてが巨体です。それが全頭冒険者ギルドに運び込まれました。すべて死んだばかりの状態で四肢がかけることもなくです」
「……エルク、答えていただけませんか?」
ホルガーから話を振られたので、僕はなるべく簡潔に答える。嫌がらせと
「討伐は魔法。魔物の運搬はアイテムパック」
「魔法ではないと魔術師が言っていますが。どうやって倒したのです?」
「ですから討伐は魔法で。魔物の運搬はアイテムパックだとお答えしています」
「そんな魔法は聞いたこともない! わ、私は認めない! おまえ、どうやって倒した!」
マルニクスが大声で聞いてきた。
「はぁー。どうやら、マルニクスが魔法と認めないものは、魔法ではないようですね。ではどうやって魔物を倒したのか、僕にも答えようがありませんね」
「だが、倒したのはおまえで間違いないのだろう? 運んだのも」
フリッツと紹介された筋肉質の男が聞いてきた。
「はい、僕です」
「よし! おまえ! 討伐の褒美に、約束通り我が領国軍に入れてやる。魔術師部隊で、今日から俺の部下だ。そのアイテムパックは領国軍で使うものとする! おい、そこの兵、アイテムパックを受け取れ!」
壁際にいた兵士が手を差し出して、僕に近寄ってきた。
「はぁ? 理解に苦しむなぁ」
するりと兵士をかわすと伸ばした手を取り、背中にひねりあげた。壁際の兵士たちが僕に向かって一歩近寄ってくる。
「動くな!」
ルキフェの声を少しだけ混ぜる。子どもの声だけじゃあ、説得力がねー。
「あのさぁ、まぁ、ベルグン伯爵はここの領主だというからぁ、ギルド長に合わせてそれなりに応対したけど。僕のことをさっきから『おまえ』『おまえ』って本当に失礼な奴だな。礼儀を知らないの?」
「なに!」
「それとさ、『約束』ってなんなの? 初めて会うおまえなんかと、何も約束した覚えはないねぇ」
「なんだと! 領国軍に入れてやる代わりにアイテムパックを差し出すよう言ったはずだ!」
「誰に?」
「……マルニクス! 命令を出したのではなかったのか!」
フリッツがマルニクスを見て憎々しげに聞いた。
「え、は、はい、閣下、それが、何度、呼んでも、こいつは出頭しないので……魔術師のくせにギルドの命令に従わないのです!」
「自分がギルドの命令に従わないのに、礼儀を語るとは! むっ、おまえ! おまえはなぜ帯剣している!」
フリッツが左脇の帯剣に気がついて吠えた。
「はい?」
「なぜ、その短剣を預けない! 俺が領国軍で鍛え直して、命令に従うことを教えてやる! アイテムパックと一緒に取り上げろ!」
「……ねえ、何言ってるの、この人。ギルドの命令に従わなかったことってないよね、ギルド長?」
「あ、ああ、な、ないな」
ホルガーが答えるけど、僕の望みよりちょっと小声。キョドらないでね。
僕は意味ありげに伯爵を見つめる。
「フリッツ、やめよ。無礼な態度は許さん」
「父上、先ほどの話の通り、こいつは領国軍に入れる。俺が礼儀を教えてやる!」
「フリッツ!」
「お前たち、いいから取り上げろ!」
兵士を押さえ込んでいる僕に、兵士たちが手を伸ばしてきた。
「伯爵、あなたでは、バカ息子を止められないようですね」
押さえている兵士を、近づく者たちに向かって放り投げる。後ろにいるゴドたちに、「僕の剣から目をそらして!」と素早く伝える。
短剣を鞘ごと右手で抜き、伯爵とフリッツに向かって水平に掲げて見せた。
「これは、我が身を証す宝剣。我に抜かせたのはおまえであることを忘れるな、フリッツ!」
僕は左手で柄を握り、魔力を流した。
白く輝く光が鞘から漏れてきた。一気に抜いて左手を掲げる。宝剣からあふれる光が部屋を埋め尽くし、その場にいるものすべてが、目を押さえた。
僕は光を抑えて、みんなが目を開けるのを待つ。宝剣は柔らかな白い光を刀身にまとっていた。
「白い光、剣が光っている?」
「……せ、聖剣?」
「聖剣はその身に聖なる白い光をまとうという……」
「聖剣!」
「……ゆ、勇者、様?」
「勇者様!」
「……はぁ、王子様の次は……勇者様ときた……」
「……エルクだしね……」
ゴドとオルガの小声が聞こえてきた。
魔王なんだけどね。
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