領主に呼ばれて
翌朝、冒険者ギルドに僕、ゴド、ダーガ、オルガ、ドニ、他三名の銀証狩人が集まった。
「へー、エルクの帽子って変わっているわね」
「見たことないな。日除けってわけでもないし」
「いいでしょ。ベレーっていう帽子なんだ。クール……かっこよくて賢そうに見えない?」
みんながキョトンとした顔をする。
……おかしいな。精鋭に見えない? 芸術家とか? あ、漫画……コホン。
僕の馬車にはダーガとオルガに乗ってもらう。ギルドの馬車より乗り心地がいいから、女性に乗ってもらおうね。ふたりを誘った時に、ロッテは、ギルド長と僕を見てすがるような目を向けてくる。
「ロッテ、できればこっちの馬車に乗ってほしいんだけど。僕は世間知らずだから、今日のことについていろいろ教えてよ。ベルグン伯に失礼があってはまずいでしょ?」
ギルド長から、教えるようにと僕の馬車に乗る許可が出て、ロッテの口の端がわずかに上がったのを見逃しはしないよ。
「……エルク、この紋章は……お家の紋章なの?」
馬車の扉を見て、ロッテが聞いてきた。
「いいや、これってパーティー『大鹿の角』の印だよ。北にいる大鹿の角をあしらってるんだ」
「こんな形の角、見たことない。いえ、確か大鹿は……図鑑に載ってる……魔王国にいる魔物……」
「図鑑にあったね。魔王国にしかいないの?」
「ええ、そう聞いてるわ」
「でも、どこにいるか、分布……詳しく研究した人はいないんでしょ? 図鑑の序文に生息地域は目撃場所であって、他の場所にいないとは限らないから注意するようにって書かれてたよ」
「……ええ、そうね」
ギルドの馬車と共に領主館に向かった。
前に見た正門ではなく、西門の手前で南に折れ、荷馬車などが出入りしている門から門衛に誰何されることもなく通される。
領主館は石と漆喰造りの三階建で、通用口らしきところから中に通された。
待ち受けていた者の案内で、ギルド長を先頭に、長い廊下を通り、あまり広くない階段を二階にのぼる。
両開きの華々しく装飾された扉に武装した兵が警備している。その扉の先、装飾のない扉から簡素な部屋に通される。部屋には書類を持った官吏たちが待っていた。
ギルド長と黙礼をかわし、書かれている名前を読み上げる。
「そろっていますね。外套と武器、荷物はこの机にお預けください」
皆、外套を脱いで机に置いた。
ゴドのシャツはちょっと窮屈そうだが、継ぎや繕いのない清潔なものだ。いつも感じる体臭も今日はあまりしない。ブーツも磨かれている。
オルガは自分の魅力をよく知っているね。ドレスに近い華やかな粧いで、官吏の鼻の下が伸びたよ。オルガは予備の短杖も机に預ける
ダーガも華やかだが、広い袖やスカートのようなものは、腕の動きや足さばきを悟らせないようにした物のようだね。
他の冒険者達も簡素だが清潔な装いだ。
僕がマントを脱ぐと皆が注目した。僕の真っ赤な服装を見てみんな驚いている。
身体にしっかり密着した服。物入れがついたベルトの左腰には長剣。右腰には、宝石と象嵌の美麗なこしらえの短剣を帯剣している。いつも背負っているアイテムパックはない。
僕はマントと一緒に長剣だけを鞘ごと机の上に置いた。
一番偉そうにしている白髪の官吏が、僕に声をかけた。
「その短剣もこちらに置いてください」
「お断りします」
「え?」
「お断りします、といいました」
「ベルグン伯爵の前では武装が許されておりません。その短剣をこちらに置いてください。」
「お断りします。武人の習いとして身に寸鉄も帯びないなど、我が師から許されていません」
「いえ、しかし、伯爵の御前に出るのです。武器を帯びることは許されません」
「そうですか。では、私はここで失礼して帰ることにいたします。オルガ、ダーガ、すみませんが、帰りはギルドの馬車を使ってください。ギルド長、ロッテ、ここで失礼します」
「いやそれは……」
なんと言ったものか悩むギルド長を見て、僕は踵を返した。
「ラド、戻るぞ」
「かしこまりました、エルク様」
「いや、お待ちを、お待ちを。お帰りになられては困ります……」
僕は振り返り、止めようとする伯爵の官吏を頭から足までゆっくりと見て、大きくため息をつく。
「なぜ、武器を預けなければならないかはともかく、本当に武器をすべて預けるのでしょうか? 隠し持っている武器はどうします? 裸になりましょうか?」
「いえ、裸になってもらうなど……」
「武人は己の身体すべてが武器。爪で目をえぐり、脳まで指を入れれば相手を殺すことが出来ます。指を置いていきましょうか? 足で蹴れば相手を殺すことが出来ます。喉笛を噛みちぎればどうです? すべて置いていきますか?」
「い、いえ。これは形式的なものなので、置ける武器はお預けいただかないと」
官吏は慌てて言った。
「形式的、ですか。あなたは、僕のことを聞いたことがありますか? アイテムパック持ちの冒険者だと」
「え、ええ、はい。聞いたことがあります」
「では、アイテムパックの中に入れてある武器はどうしましょう? ここにすべて出すのであれば、この部屋、いや、この館では狭すぎて置ききれませんね」
「……」
「ちょっと、意地悪が過ぎましたね、ごめんなさい。そうそう、僕の身分はどう聞いているのでしょう? 身分のある者ではないか? という噂は聞いていませんか?」
官吏はオドオドとうなずく。
「ラドミール。おまえは、僕をどんな身分の者と言ったかな?」
「はい。エルク様はわが国をお継ぎになるお方。王家に連なるお方。無礼があってはなりません」
ギルド長たちが固まった。ゴドとダーガの会話が聞こえてくる。
「お貴族様どころか、お、王子様だったのか?」
「……エルクなら納得できる」
「お、王家……お、王族……。しかし、王家に、該当するお方は」
「ああ、まだ、認められたわけではないので、お披露目は受けていません。生得権である継承権は要求しますが」
「ですが……で、殿下、私どもは存じ上げず……」
「今は、まだ、そのような身分ではありません。敬称は不要ですし、私を害そうとする政敵に知られては、伯爵にもご迷惑がかかります」
「し、失礼いたしました、殿下」
「このお話はこの場限り、今日の今だけとしてください。伯爵にも広めぬようにとお伝え下さい。この短剣ですが、師に『いずれ身分を証すもの、余人に渡してはならぬ』と厳命されていますので、お預けできません」
「わかりました。そのままで結構です。名簿にはございませんでしたが、そちらのラドミール様は、エルク様の随員でございますか?」
「そうです」
そう、今日のラドの装いは、いつもの執事としての服ではなく、貴族の装う装飾の多いローブ姿なんだ。僕が購入した物。ラドにあわせて寸法直しして着てもらっている。無駄にしたくないからね。
「わかりました。では皆様、中へどうぞ」
ギルド長が自分の横に並ぶように僕を呼び、二人を先頭に冒険者たちが中に入った。
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