聞き分け悪く、ごねる


 三日目の昼前にベルグンの街に戻った。門には冒険者用の出入り口があり、冒険者証を見せて簡単に通してもらえる。

 冒険者ギルドでブリッタのところに行った。


「おかえりなさい、エルクさん」

「ただいまブリッタさん。討伐した魔物があるんだけど、量が多いんだ。イェルドさんのところで出したほうがいいと思うけど」

「はい。では裏の倉庫でお願いしいます。イェルドは狂鹿の解体で商業ギルドの倉庫にいますが、ハンスが留守を預かってます」

「わかった、ありがとう」


 裏の倉庫でハンスが見守る中獲物を出した。角ウサギ、四つ目タヌキ、灰色狼、狂猪、狂熊、狂穴熊を合わせて八十五匹ほど。


「くっ、これはまた。エルクさんの獲物は数が多いですねぇ。倉庫には入りますが、解体には日数をいただきます。……今回は大きさが普通ですね。矢傷、刀傷、こっちは槍かな。首筋に焼けた傷はないですね」

「うん、うちの木証三人だけで倒したからね」

「木証が? これ全部?」

「ねえ、解体に時間がかかるなら魔石の集計も遅くなる? できれば木証から鉄証昇格の条件を満たしているか、早く知りたいんだけど」

「三人分の条件ならこれで十分だと思いますが、俺では判断できないです。集計してブリッタさんとロッテさんに報告します。食堂でお待ち下さい」

「うん。よろしくね!」



 食堂に四人でいるとロッテがやって来た。


「こんにちはエルクさん」

「やあ、こんにちはロッテ。紹介がまだだったね。うちのパーティー『大鹿の角』だよ」


 四人を紹介して、ロッテに席に座ってもらう。


「エルクさん、領主様の館に行く日が決まりました。三日後です。朝にギルドに集まってギルドの馬車で向かいます」

「三日後ね。わかりました。あ、僕はうちの馬車で行っていい?」

「はい、構いません。それから、ノルフェ王国冒険者ギルト本部から、狂鹿討伐の説明に呼ばれています」

「説明? 魔物が出た、討伐した。それ以外に、なにか説明しなくてはいけないことがあるの?」

「それが、エルクさんの魔法が信じられないようなのです。聞いたこともない魔法だと。本部に出頭して、魔法の詳しい説明をするように、と」

「ええっー? 面倒だなぁ。ん? あれ? ……ああ、オルガの魔法の時か」

「ギルド長がご一緒します。出発は四日後です」

「四日後かぁ。今は時期が悪いなぁ。無理だね」

「無理? いえ、これはギルド本部からの要請。いわば命令です」

「ほんとに? そんな権限があるって聞いてなかったよ。鎖付図書にも無いよね?」

「本部要請は、不文律です。冒険者は皆従います」

「そうなんだ。うーん、ギルドで費用負担してくれるの?」

「馬車は出しますが、その他は自己負担です」

「休業補償は? 冒険者の仕事ができない間の金銭の補償ってある?」

「きゅうぎょう? ありません」

「時間も金も持ち出しかぁ。それって理不尽じゃない? じゃ、いかないよ」

「はい?」

「いかないって言ったんだよ、ロッテ。自分で費用負担して、なおかつ、冒険者の奥の手を教えろ、って話でしょ? 奥の手って、冒険者が『はいわかりました』って教えるもんなの? こっちの命に関わるから他の人が教えても、僕は教えないよ。教えないって言いに行くだけなら、無駄でしょ?」

「……」

「ごめんね。ロッテは伝えてくれただけだね。僕は行くつもりがないって返事しといて。説得を命令されたら、ロッテやホルガーの説得はお断り。『ノルフェ王国冒険者ギルト本部の一番偉いやつが、自分で出向いてこい』ってエルクがごねてる、そう言ってやって。ロッテは間に挟まれないでねー」

「くくっ……はい、わかりました」


 ロッテの口の端が、笑いをこらえるようにピクピク動く。


「で、では、木証から鉄証昇格の件ですが、解体はまだですが条件を満たしています。明日の昼、木証初心者講習会があるので受けてください。その後で鉄証への昇格試験を行います。エルクさんは鉄証を飛ばして昇格していますので、鉄証が受ける講習会が未受講です。明後日の昼に行われる講習会に参加してください」

「明日が木証、明後日が僕の鉄証、その次の日が領主館か。慌ただしいねぇ」

「無理であれば、次の講習会でもいいのですが。まだ日取りが決まっていませんので、だいぶ先になるかもしれません」

「みんなは大丈夫かな?」


 三人がうなずくのを見て続けた。


「じゃあその日程で参加します」

「はい。それともう一件あります。魔術師ギルドから問い合わせがありましたが、パーティーのホームを教えても構いませんか?」

「あれ? 教えなかったの?」

「パーティーのホームはリーダーの許可がないと、教えられない決まりになってます」

「そうなんだ。ああ、ダーガもそんなこと言ってたな。教えてもいいよ。あとゴドとダーガにも教えていいよ。そうだ、『嵐の岩戸』と『海風』のホームを教えてもらえって言われてるな。あとでうちの押しかけ執事か、使いの者をよこすから教えてね」

「わかりました。ではこれで要件はすべて済みました。…………個人的な興味なのですが……どうしてエルクさんは、そう強気になれるのでしょう?」

「ん? 僕、普通だよね? 強気だった?」

「はい。ギルド本部って言葉が出ただけで、冒険者は従うのが普通です。魔術師ギルドも」

「……そうか。うーんとね。……僕は覚悟を持って生きるって、ある人に誓ったんだ。僕の前に、理不尽に立ち塞がるものは、そのすべてを叩き潰すってね。見下されて無理強いされるのって嫌いなんだ」

「叩き……そうですか、わかりました」



 ギルドを出て屋敷に戻り、ラドたちに帰還の報告と明日以降の予定を伝えた。夕食までは錬成魔法実験室でいろいろと制作する。みんなには休息するように言ったが、自主訓練をしていた。


「ラド、動きはどう?」

「皆焦れています。十歳の子ども相手に、なぜアイテムパックを取り上げられないのかと」

「そう。今夜、明日の夜、明後日の夜か。動きがあるといいんだけどね。今夜からは僕もお邪魔してみよう。いい話が聞けるといいな」

「はい、今夜なのですが……」



 翌日、アザレアたちの初心者講習会と鉄証昇格試験を見学する。

 昇格試験は、僕のパーティーということで、ダーガが試験相手を務めてくれた。アザレアとオディーは弓と魔法を使わず、剣のみ。いい所までいったが、ダーガには勝てなかった。

 ラウノは魔法の足止めでダーガを苦しめたけど、もう一手というところで負けた。勝てなかったが、三人の昇格は問題ないと判断されたんだ。当然だね。


 三人に口座を作らせて、小金貨を五枚づつ入れさせる。

 ベルグンに来た時に、それぞれに当座の資金を渡したが、口座の分は自分のために自由に使うよう命令した。命令しないと使いそうにないんだよね。先日の討伐分は三等分して入れておくようにブリッタにお願いする。


 屋敷に戻り、アザレアたちに今日の感想を聞き、今後の訓練について話し合う。

 僕と三人だけで魔法の訓練を始めようとした時、ラウノが他の二人と顔を見合わせうなずいて、ためらいがちに話しだす。


「エルク、様。お話があります」

「なんだい?」

「エルク様から魔力譲渡を受けてから気になっていることがあります。……その、魔力譲渡を受ける前までは見えなかったのですが……。受けてからは、ふとした拍子にエルク様に重なるように……黒い……大きな暗い影が見えることがあるのです」

「暗い影?」

「はい、私たち三人とも見えるのです」


 アザレアが僕の頭の上を見て言った。

「エルク様に、害をなすものではないかと最初は思ったのです。その影を見ていると恐怖をおぼえるので。ですが……」

「悲しみも感じるのです」

「温かみも感じるのです」


 三人が息せき切って言い立てた。


「……この暗い影はもしや……」

「うん、たぶんそうだろう。ルキフェ。僕の魔力はルキフェから受け継いだものだからね。それを君たちに渡した。予想すべきだったな。譲渡する相手は選ぶ必要があるか」

「ですが……なんというか……なんと表現してよいか……。ルキフェ様は、力と恐怖で我々を支配していると教わったのですが……。この感情は……なんでしょうか……あ、愛されているのではないかと」

「ああ、愛情だろうね。ルキフェは魔王国のみんなを、自分のことよりも気にかけている。愛情と呼んで構わないんだろうねぇ」


 三人は静かに涙を流したが、自分たちが泣いていることには気づいていないようだった。



 鉄証初心者講習会は、ざわついた雰囲気だった。座学は受講する者も教える者も一番後ろに座る僕が気になり、集中を欠いていた。前日に鉄証を取ったアザレアたちも受講を認められて参加している。


 訓練場での講義は、個人的な助言が中心だった。それぞれの得意とする攻撃や武器、魔法に関して助言されている。でも、僕には誰からも助言がないんだ。


「さみしいなぁ、僕には教えてくれないの?」


 僕は先生に聞こえるように、大きな声でぼやいた。


「うるせえ! こっちがエルクに教えてもらいたいくらいだ!」

「そうよ、私を弟子にしてほしいわ!」


 教師役のゴドとオルガから、大声が返ってきたんだよ。

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