領主の来訪


 カルミア退治に参加した者には、休みを取らせるようにする。できる限り寝坊をするようにと。一日寝てていいからね。


 前世では日に二食。朝はコーヒーのみ、ブランチにはパスタ、夕食はお酒に、旨いおつまみ。日に三食の習慣はなかったな。ただ、旅行だと日に五食から七食だけどね。興奮すると食が進み、どの国に行っても太って帰ってきた。

 朝食は屋敷の料理人と使用人が用意してくれる。前夜にお願いして、卵とベーコン、ソーセージに茹でた根菜。たっぷり用意してもらってモリモリ平らげる。美食は大食、グルメはすべからくグルマンであるべし。座右の銘だね。


 書斎で食後のお茶を楽しんでいると、ラドが入ってきた。


「……エルク様、お話があります、よろしいでしょうか?」

「ああ、いいよ。もう執事の芝居はいいんじゃない? そっちに移るから座って」


 執務机の前にある応接ソファに腰掛けさせた。


「昨日の件かな。あれで、ジュストさんの依頼は完了になるよね」

「……はい、その件は依頼完了となります、しかし……」

「うん?」

「……昨日……私を……治療して……いただいてから……」


 僕は、言いよどむラドが続けるのを待つ。さて、受け入れてくれるかなぁ。


「……い、いえ、なんでもありません。エルク様、私をお雇いになりますか?」


 ……あれ? 魔王の話じゃないの? 黒い暗い影、見えてるんだよね?


「うん。雇われてくれるの?」

「はい」

「やったね。じゃあヴィエラと部下のみんなも?」

「はい。私たちの組織は傭兵団です。入れ替わりがあっても、一定の人数が配下にいるとお考えください」

「わかった。うーん、狂鹿の金は当てにするけど、一定の収入を考えないとだな。僕が望むだけ雇われてくれると考えていいかな?」

「はい。いつ契約が終了するかは、ご相談させていただくということでお願いいたします」

「よし。どうせ狂鹿の金は銅証の口座に入るから、解体を待つことはないと思ってるんだ。この街を出発する計画を立てよう」



 昼食。塩漬けの魚をパンに挟んだもの。ちょっと生臭い。発酵させていて旨味は強い。

 起きてきたアザレアとオディーは一口で降参している。ラウノは気に入ったようだね。これってハーリングかな。僕が好きなやつだ。


 食事中に、伯爵からの使いの者が来た。今日これから出向いてくるとの先触れだった。



 ラドが出迎え、応接室に通してくれる。うーん、領主が来たのに派手な出迎えしなくてよかったかな? 詐称している身分からするといいのか?

 僕が応接室に入ると伯爵が立ち上がった。伯爵は目の下に隈が出来ていたが、昨日より背中がしゃんとしている。


「エルク殿下。この度は大変ありがとうございました」

「閣下、どうかエルクとお呼びください。さあどうぞお座りください」

「はい。では、私のことはミヒェルとお呼びください」

「了解しました」


 伯爵の顔色は良くないが、昨日よりも目に力がある。


「ミヒェル、お疲れのようですね」

「確かに疲労はしております。ですが、エグモント配下を取り調べ、毒を盛った方法を突き止めて解毒を受けました。今日は幾分か体調が良いのです」

「そう。でも心労があるでしょうから、気をつけてね」

「ありがとうございます。……エグモントとフリッツは幽閉し、余罪を政務官のヨルゲンに追求させています」

「……」

「魔術師ギルドのマルニクスは拘束。王都の魔術師ギルドに使いを出しました」

「そう」

「ホルガーから……報告を受けました。人が魔物になるなど信じられません」

「実際起こったからね。周りの人間がいつ魔物になるか。誰も信用できなくなるかもね」

「はい。カルミアに関係が深い者を調べさせております」

「ああ、それなら元カルミアのモーリッツに協力させたほうが良いね」

「モーリッツですか? 何者ですか?」

「ここベルグンの街、地元の悪党ですよ。あなたと同じようにカルミアに食い荒らされたね。で、聖教会は?」

「この街の聖教会には下位の司祭と助祭しかいません。警戒はしますが、特に報告は行わないでおこうと思います」

「まあ、それがいいだろうねぇ」

「ホルガーには、策もなく冒険者ギルド本部に報告するのはよろしくない、と助言しています」

「うん、うん。僕もそう思うよ。見えないものが多すぎる」

「何から、何までお手数をおかけして、ありがとうございました」

「いやいや、自分に降り掛かった火の粉を払っただけだよ。ミヒェルの方が大変でしょ?」


 ミヒェルは僕をじっと見つめてくる。まあ、そうだよね。突然現れた子ども。魔法の能力は大きいが、どこの馬の骨かわからない。王子だなんて信頼できないだろうね。


「……エルク、エルク様。お母上、いえ、ご両親について、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「僕の、母? 両親?」


 もうだいぶ前に亡くなった。

 母はちょっと癖が強かった。父は無口で仕事熱心。毎日晩酌してニコニコし、声を荒らげたことのない人だった。

 母は文句の多い人だったが、父を支え続けた。というよりも自分の思い通りに動かしたって方が正確かな。ああ、違うか、エルクの両親か。


「僕は孤児として魔術師に育てられたんだ。両親については記憶がない」

「……エルクは十歳と伺いましたが?」

「そう、十歳ぐらいだよ」

「エルク様、お人払いをお願いいたします」


 眼差しに鋭さが増したミヒェルにうなずきを返し、ラドとヴィエラに手を上げてみせる。ふたりはミヒェルのお付きと退室した。


「エルク様は十歳。お生まれになった頃、十年前に、ある貴婦人が出産されました。赤ん坊は生まれてすぐに生死不明となっています……が、男子であったと」


 意味ありげに見てくるってことは、僕がそうだと? 違うんだけどなぁ。でも、乗っからない手はないか。 


「その話には、多くの噂がついて回り、今も消えません。貴婦人とは、かのシュゼット夫人。ラーデヤール公爵の公女にして、先王スヴェインの貴妃、その人です」

「……ミヒェル。ごめんなさい、僕はノルフェ王国について詳しくないんです。王様の名さえ知りません」


 ミヒェルは一瞬唖然とした表情をしたが、孤児という来歴を思い出したのか何度もうなずき始めた。だってこの国に来て半月、いや生まれたのが半月前だからね。でも世界中の王家と貴族、その関係性や詳細は情報として必要不可欠。欲しい。


「ミヒェル。詳しく教えてくれませんか? いえ、その前に確認しなくてはいけませんね。……そのシュゼット夫人の生死不明というお子さん、それが、僕だと?」


 ミヒェルがゆっくりとうなずいて、僕を見つめた。


「確証はありませんが、そうではないかと。出産してすぐ、召使いの失火で離宮が火事になり、お子は亡くなったと発表はされました。その後、シュゼット夫人は実家のラーデヤール公爵領に移られました」

「亡くなったのは、確実なんじゃないの?」

「いえ。シュゼット夫人付きの侍女は、わたしの縁者でした。火事は事故とされましたが、真相は襲撃だったのです。混乱の中、赤子とともに、数人の侍女と乳母が行方知れずになりました」

「……焼け跡からは出てこなかったと?」

「はい」

「行方知れずと公表して、探さなかったのはなぜ?」

「ラーデヤール公爵が、再びの襲撃を恐れ、死んだということにしました」

「で、僕がその子?」

「かもしれません」

「人払いをした理由は……新王?」

「……実はとても危険なことになるかもしれないのです」

「わかった。詳しく聞こう」



 ミヒェルは、夕刻まで国情をいろいろと教えてくれた。


 途中でヴィエラがお茶の入れ替えをしてくれる。

 フルーツと、干した果実をのせた堅いパンも供してくれた。堅パンは蜂蜜入りのビスケットだね。甘みが少ないのが気に入ったよ。ビスケット大好き。愛のチョコレートを贈る習慣の時には、ビスケットを、とお願いしてたっけ。


「では、お許しをいただきましたので、明日もまたお伺いいたします。政務官のヨルゲンも同道いたします」


 ミヒェルが帰る間際に、大切なことを思い出した。


「うん。あ、そうそう、昨日、冒険者のみんなを呼んどいて、領主からのお言葉もなかったよね? できれば彼らに報いてほしいかな」

「はい、了解いたしました。褒美を与えることにします」

「あ、なら子どもが生まれる人もいるしお金がいいかもね。太っ腹なとこ見せてね」

「かしこまりました。エルク様のご恩にもお返ししたいと思います。私で出来ることはございますでしょうか?」


 ……お、渡りに船だね。


「いくつかお願いできないかと思ってたことがあるんだ。明日、相談させてね。あ、一番大切なお願いが」



 領主が帰るとラドたちを呼んで、ミヒェルとの話を伝えた。


「どうもねぇ、ミヒェルは僕に頼み事があるようなんだよね。今日はその前フリというか感触を探りに来たみたい」

「エルク様への頼み事ですか?」

「うん。まぁどっちかというと、僕を上手く利用できないかってことだろうけど。乗るのも手かと思っているよ」


 普段は感情を表情に出さないラドが、思い煩っているような顔をしている。


 ……あれが原因だろうな。

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