ギルド長への警告


 ギルド長に面会を申し込み、会議室に通された。

 しばらく待っていると、ギルド長がロッテとブリッタを連れて入ってくる。


「ああ、ごめんなさい、ロッテ、ブリッタ。……ギルド長、これからする話はあなた一人に聞いてもらって、判断してもらいたいんだ。もし聞けば、命にかかわる危険な事態にふたりも巻き込まれる」


 驚く三人が顔を見合わせたが、ギルド長が二人を下がらせた。


「さて、カルミア商館に行ったけど……」


 カルミア商館で起こった出来事をギルド長に報告した。


「……人が……魔物に? 信じられん!」

「事実だよ。これは僕の推論なんだけど、灰色狼と狂鹿は普通じゃなかったんだよね? 誰かが、魔石を使って操作してるんじゃないかな。確たる証拠はないけどね」

「……そ、そんなこと」


 ……申し訳ないけど、物証となり得るインガの革袋に魔石、ペッテルの小瓶は預かるよ。信用できる者がいない。


「バルブロの後ろには、聖教会がいるという証言があった。その魔石を持ち込んだのも、手術したのも聖教会だと」

「そ、そんな、勇者を助ける聖教会がそんな事を……」

「組織ってさ、一枚岩……いろいろな思惑を持つ者が集まってるよね。必ずしも善い人間ばかりじゃないでしょう?」

「……」

「この情報をどうするかはギルド長、あなたが判断して。あなたが相談できる相手は、ひとりだけ。伯爵ただひとり、だと思うけどね」



 冒険者ギルドを出て屋敷に戻り、遅い昼食をみんなでとった。ラドについては腸をつなぎ合わせたのでパン粥を用意してもらう。

 しばらくはラドの食事には注意が必要と料理長を呼んで伝える。

 外傷によるショックが精神的な負担になる。多量に出血したので、新鮮な内臓や野菜を柔らかく料理して食べさせること、消化具合に注意することをヴィエラにも伝えた。

 他の者にも、戦闘ストレス反応というものがあり、自分と、仲間たちの体調にお互いが気をつけるようにアドバイスする。今日はゆっくりと食事し、休息を取るようにさせた。


 冒険者ギルドでも、帰ってからも、僕は硬い態度だな。ちょっとギスギスしているのか。人に忠告しても、自分がおかしくなるのは駄目。僕のストレス解消もしないとな。できれば何もかも忘れて、魚に集中したい。

 釣りをしない人は、一日ぼーっとしていて暇そうな趣味、と考えるけど。釣人は忙しい。魚が釣れるまでの間は目まぐるしく思考する。集中を要求される。魚の生態や食性、環境、疑似餌の選択。

 魚がかかった瞬間、全てが昇華し、一瞬の無にいたる。何もかもを忘れ去る。



 実験室で魔石などを詳しく鑑定してみたが、新たなことはわからなかった。


 ……そもそも、魔物と動物はどこが違う? 魔物はどうして生まれる? 魔力と魔法、魔物について誰か体系的に研究していないだろうか? 「学院」には研究者がいるのかな?


 ……人間を魔物に変える手段があることを公にしてはどうだ? 多くの人が知れば秘密にしたい者はどうする? ベルグンの街一つを消滅させる相手か?


 ……僕が魔王の世継ぎと公表したらどうか? 聖教会の動揺を誘えるか? らしいという噂は? 討伐の軍に追われるか? 


 情報不足だな。


 目立たぬ服に着替えて「流浪の果て」に向かった。馬車を出そうというのを断わって、ストレス解消に歩いていく。



 店に入りゴドたちのテーブルに向かう。


「やあ、みんな」

「エルク。……おやじ、奥に移るぞ」


「みんな、あんな事になって申し訳ない。せっかく伯爵に呼ばれたのに、褒美の言葉一つなかったしね」

「いや、もともと灰色狼と狂鹿はエルク一人の手柄だからな。……一体お前さんの正体は何なんだ?」

「まあ、始末をつけるのに、こっちの身分を誤解してくれた方が都合が良かったからね。僕の執事や小間使い、屋敷なんかもそのための仕込みさ」

「私をお嫁さんにしてくれる約束を守ってくれれば、後はどうでもいいわ。あ、でも身分がね、貴妃でもいいわ」

「いつそんな約束したかなぁ、オルガさん?」

「ふふふ」

「はぁ。オルガに聞きたいことがあって来たんだ。学院について詳しく教えてほしいんだ」

「……あんまり好きな話題じゃないわね」

「学院で図書館を利用したいんだけど、どうしたらいい?」

「図書館? 許可のない者は入れないわ。王族か魔術師、聖教会関係者しかだめね。そこいらの貴族でも入れない。ああ、学院の学生は入れるわね」

「オルガは学生だったの?」

「……通ってたわ。魔術師の資格を取るまでね。入学するには、王族か貴族、魔術師の推薦が必要で、多額のお金がかかる……」


 他にもこまごま条件があるが、オルガがすべてを知っているわけではなかった。


「とにかく行ってみなくてはだめか。ベルグン伯爵の推薦なら入れるかな?」

「……微妙ね。一応魔王国との国境を守る貴族だから名は売れてるわ。学院がどう判断するかはわからないわね。三男が学生のはずだから、全くだめってことはないでしょう」

「そっか。じゃあ、推薦状を書かせといて損はないか」

「……書かせとく……」


「エルク、学院は危険なところよ。エルクほど強ければ大丈夫だとは思うけど。卒業できれば、高待遇で各国に就職できるのよ。入学しても才能のある者同士が蹴落とし合う。殺し合うこともある」


 オルガが暗い顔で話した。


「学院も……魔術師ギルドも裏では欲望が渦巻く……。いやで仕方がなかったわ。魔術師の資格を取るまで我慢して、取れたらさっさと逃げ出したわ。気をつけるのよ、エルク」



 屋敷に戻り、ラドを見舞う。顔色は悪くはないが、僕を見る目が少し泳いでいたのが気になった。


 中庭を望むテラスにでる。ガーデンチェアに座ると、屋敷の小間使いがお茶を用意してくれる。

 口をつけ、夕暮れの空を見上げて、大きくため息をついた。


 今日、僕は人々を糾弾した。事務長、ベルグン伯爵の息子たち、彼らの家臣、陪臣。どう処断されるかはわからないが、僕がきっかけだ。

 カルミアの者たち。ベルグン伯爵に裁定を丸投げしたが、やっぱり気持ちの良いものではない。

 もし、なんのお咎めもなければ、改めてベルグン伯爵自身を追及しなくてはならない。


「わかってる。僕は覚悟を持って生きるんだ。こうなることは、ルキフェの願いを聞き入れた時からわかっていたはずだ。だけど……やっぱり……」


 今日、僕は人を殺した。人を、殺したんだ。

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