なぜそうなる?
僕は訓練場を後にして、食堂でお茶を頼んだ。これまでの情報を一覧に整理し始める。勇者に対する疑問が頭を離れなかった。
勇者が狂乱せずに魔王城に入れる秘密。
ベルグンで勇者と勘違いさせたこと。確かに聖教会の勇者選別の基準がわからないが……勇者だと思わせた方が、情報が得られるか? いや「僕は勇者です」って病っぽくて嫌だなぁ。あ、「魔王です」って、同じか……。
バタバタと食堂に似合わない音に目を上げると、真剣な表情のレーデルが僕を目がけて走ってくる。
レーデルは正面に立つと、グッとまなじりを決して腕組みをした。僕は、慌てて立ち上がり挨拶する。
「やあ、レーデル。さっきぶりだね」
レーデルは答えずに、僕の正面にドスンと無作法に腰掛けた。ついてきた他の学友たちも腰を下ろす。
「……なんか……怒ってる?」
僕の問いかけに答えずに、レーデルは他の者たちに声をかけた。
「二年生のアニエス、ジョアンヌは氷魔法が得意だから、足止め役。三年生のタニヤが弓で牽制と足止め、二年生だけど、魔力量の多い私とドナシアンが火魔法で攻撃。重要なのは六年生のベランジェをどう足止めして、火魔法を使わせないか。使っても当てさせないかよ」
「はい?」
「でも、レーデル、ロドリグが面倒よ。武術では四年生の中で一番強い。槍を持って突進されたら。それに向こうも、初手には弓を使ってくるはずよ」
「うん、ジョアンヌの言うとおりだ。盾で矢を防いでも、ロドリグの突進を止めるのに手間取ったら、各個撃破されかねない」
「あのー」
「こっちはいかに素早くエルクが空気弾をベランジェに当てるかよ」
「ああ、弓でベランジェを縫い留められれば一番だが、リュックが盾になるだろう」
「ええと、あのー」
「エルクが旋風を使うと彼らを殺してしまうわ。リュックごと空気弾を撃ち込むのがいいかも」
「あのう!」
「やっぱり私がエルクの盾になるから、一斉に火魔法を一点集中で」
「レーデル!」
少しきつめの声に、全員が口を閉ざして僕を見た。
「落ち着いて、レーデル」
「これが、これが、落ち着いている場合じゃないわ!」
「レーデル。少し黙って」
大きくため息をつくと、僕は脇に控えるエルク部隊に、全員分のお茶を注文するように頼んだ。
「レーデル、決闘の話を聞いたんだね」
「ええ。エルクは入学したてだからパーティーがいない。私達が一緒に戦うのよ」
「はぁー」
再びため息をついてみんなの顔を見た。僕の視線を受け止めて、全員が大きくうなずく。
「一緒に戦おうとしてくれる、みんなの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でもね、僕は一人で戦うよ。相手が何人でもね」
「無理よ! 相手は六年、四年、三年二人の四人よ! それなりに魔法も武術も成績がいいわ! いくらエルクが学院一強くても、相手は四人よ!」
「レーデル、落ちついて。心配してくれるのは嬉しいよ。けどね……うーん……なんて言うか……。そうだ、タニヤは、さっき武術師の先生が言ってた最後の言葉、聞いてた? 憶えてる?」
「……ええ、エルクに……『ギヨームたちを殺さないでやってくれよ、たのむから』って。でも、あの先生は悪い冗談が好きだから……」
「冗談じゃないよ。あの先生は、僕の入学試技で相手をしてくれたからね。僕は先生に余裕で勝って入学を認められた」
「……そんな」
「やあ、エルク、探してたんだ。お友達と明日の相談かな。僕も手伝うよ。魔力が切れるまで火の玉連射するよ」
横からニコニコ笑ったゲルトが、声を掛けてきた。
「ゲルト、こんにちは。助力の申し出、ありがとう。でもね、いまもみんなに言ってたんだけどね、僕は一人でも大丈夫なんだ」
「いやエルク、そうは言うが……レーデル殿下?」
僕の隣に腰掛けたゲルトは、同席しているレーデルに気がついてあせった顔をした。
「殿下は無しで。エルクが一人で戦うってきかないのよ。お友達なら、なんとかしてくれませんか?」
僕は、ゲルトを含めたみんなを見回した。
「はぁ……みんなは冒険者についてどの程度知ってる? 階級とかは?」
「冒険者? ……冒険者は魔物を狩る、
「階級は金、銀、銅、鉄、だったかな」
「金は各国に一人か二人、銀は支部に少数……。オルガお姉さまは銀証の魔術師……」
「そう。オルガは銀証の冒険者だ。レーデルと同じで、僕に『弟子入りしたい』って言ってきたよ。……でだ、これがなにかわかるかな?」
僕はレーデルに、首から銀証を外して手渡した。
「これは? 『エルク』って刻まれてるけど……これが銀証?」
「うん、それが、冒険者の銀証だよ」
「銀証持ち……」
「ああ、銀証持ちだよ。魔物は群れるのもいるんだ。一人で二百五十以上の狂鹿の群れを、『瞬殺』してね。で、その銀証をもらったんだ」
「……」
「本当だったのか、国からの知らせは。……灰色狼三十、狂鹿二百五十を、十歳の少年が、一人で瞬時に討伐……それも通常の三倍以上の大きさの魔物を……。学院への入学を希望してパルムに向かった。……勇者エルク」
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