へぇーそうなんだ


 ゲルトが、僕を驚愕の目で見つめてつぶやいた。

 あ、まずい! まだ勇者設定するって決めてないのに。まずい! やめて!

 僕はあわてて仲間たちを魔力で囲い、外に声がもれないようにした。


「勇者!」


 間に合ったか? よし! 周りの学生は「勇者!」に反応していない! ふー、危なかったぁ。ここで勇者認定されたら、えらい事になるところだった。賭け率が。


「ああ、私の父、ベルグン伯爵の館で聖剣を抜き、その身の証を立てた、と」

「聖剣! エルクが勇者!」



 僕は頭を抱えて机に突っ伏した。

 聖教会はどう出る? ベルグンの件はつかんでいるだろうから、こちらに手を出してくれたほうがいいのか……。


「ちょっと待って」


 僕は顔を上げた。


「僕は勇者じゃない。けど、ベルグン伯爵が、そう誤解するくらいには強いんだ。学生が四人では、僕を倒せないよ。だから大丈夫だよ」


 にっこりとレーデルに微笑んだ。



 僕たちの席に悪意と害意が近づいてきたので、魔力の膜を解除した。ギヨームが近づいてきて、僕を指差した。


「あれがエルクです。ベランジェ様」

「子どもじゃないか。こんな子どもに大勢の前で決闘を申し込まれたのか? ギヨーム、お前との付き合いも考えなくてはな」


 銅色の布を首に巻いた長身の青年は、ギヨームを冷たく見下ろす。


「まあいい。この者たちはエルクに味方する者か? こんな子どもに味方して上級生に楯突くとは、怖いもの知らずなことだ。もっと体を大切にすべきだと思うがね」

「おまえに言われる筋合いはない、ベランジェ卿」

「おやおや、これはこれは、レーデル殿下ではありませんか。あなたもこの子どもの味方に? ほんとうに酔狂なことですね」


「だれ? こいつ」


 僕が、レーデルに問いかける。


「バランド公爵家のベランジェ卿。公爵家の四男だよ」

「へー。公爵家ねぇ……そこの、五男なんだ。僕はエルクだよ、よろしくね、五男さん」

「……四男だ……」

「あらら、こりゃ初対面なのにとんだ失礼を、六男さん」


 僕を見下ろすベランジェが、眉をひそめる。


「……まあいい。そうやって虚勢を張っていられるのも今のうちだ。くく、新しい剣の試し切りにはちょうど良い」

「ベランジェ様、その剣ですね」

「ああ、この剣のな」


 ベランジェは、柄頭に大きな宝石がつき、凝った装飾の柄に手をやりスラリと剣を抜いた。ギラリと光った剣身には、金と銀で流麗な象嵌が施されている。


「これほどの剣はない。何度見ても美しい。銘はないが、高い技量の職人が、丹精を込めたものだとわかる……。切れ味も、他の剣を両断できるほど……」


 え? それ、それって? あれ?


 僕は、うつむいて身を震わせだす。

 僕の脇で不動、無表情で有るべき護衛のエルク部隊も、上を見上げたり、横を向いたりして、身体が細かく震える。


「……く、くふっ……だめ……だめ……だめだぁ……はははっ、あっははははっ!」

「エ、エルク?」

「……ははは。ごめんごめん、いきなり笑いだして、失礼。なあんだ、五男さんってば、うちのお客さんだったんだぁ」

「なに?」

「はは、毎度のごひいきありがとうございます。お客様が大層お喜びと、うちの、ププ、うちの職人に、申し伝えておきます」

「エルク、いったい……」

「僕んとこの職人が作ったんだよ、その剣。ほんと、ありがとね」

「くっ……」

「まあ、明日はお互いに頑張ろうね。先生にもお手数かけたし、見物に来てくれるお客もいるしね。あ、そうそう、ここにいる友だちは出ないから安心して。僕一人がお相手するからね」


 手に持った抜身を鞘に収めたベランジェの所に、リュックがやってきて耳打ちをした。


「なに! わしの間に入っただと! エルク! なぜお前が鷲の間に!」


 声を荒げるベランジェを、キョトンと見た僕。レーデルに尋ねる。


「鷲の間って、なに?」

「……男子寮のかな? 鷲の間か、まあエルクならね。鷲の間って、男子寮にある高位の学生が入る部屋のことよ」

「女子寮なら白鳥の間。レーデルが入っているわ」

「ふーん、高位が入る部屋ね。あの部屋にそんな名前がついてるんだ」

「ベランジェ卿はね、鷲の間に入りたくて、部屋替えを希望してるんだけど断られてるの」

「へぇー、悪いねぇ、取っちゃって。……ん? あれ? 寮生ってさ、高学年になると自分の屋敷から通うんでしょ? あんな狭い部屋よりも、屋敷のほうがいいよね?」


 僕以外は、顔を見合わせ、ベランジェの仲間は、視線をそらした。


「……ああ、ごめんごめん、こりゃ、おじさ……僕の配慮が足りなかったね。六男じゃ居心地悪いんだね、きっと」

「……貴様は殺す。必ずな」


 低い声で言って、ベランジェが足音高く食堂を出ていった。



「エルク、言い過ぎ。あおり過ぎよ、明日は本気で殺しに来るわよ」

「うん、いいんだよ、あれくらいで。闘技場を使わせてもらって、大勢見物のお客さんを入れるんだ。本気でやってもらわないと、盛り上がらなくて、みんなに悪いでしょ?」

「でもあれじゃ、油断させて逆転を狙えないわ。最初から本気で来るわよ」

「それでいいんだよ。『油断した』なんて言い訳できないくらいの、本気を折ることが目的だからね」

「……本気を折る?」

「うん、二度と僕にちょっかい出さないように、心を折る。それくらいじゃないと、陰で悪さを企まれて面倒だからね」

「エルク、悪い顔してる」

「えぇー、こんなに純真な僕にひどいよぉー。ゲルトお兄ちゃん、レーデルお姉ちゃんが意地悪するぅー」


 全員が肩を落として、大きくため息をついた。

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