孤高の決闘
翌日、屋敷から通学すると、学院全体がざわついた感じだった。僕の姿を見かけた学生が、みんな立ち止まるんだ。
「え、そうなの? 本当にあれがエルクなの?」
「子どもじゃないか」
「ベランジェたちも酷いことを……」
「あんなきれいな子に……」
「味方はしてやりたいが。で、ベランジェたちに勝てるのか? 賭けはどうする?」
図書館には攻撃魔法以外の本は少なかった。
一般教養に必要な歴史書や技術書、科学や思想、政治経済、文学もごくわずかしかない。
目録にも記載されていない未整理の羊皮紙は大量にあった。そこにはどんな情報があるかわからない。時間の許す限り走査した。
走査する僕の周りにはレーデルたちが座り、警護をしてくれている、らしかった。
最初は羊皮紙をめくる僕の速さに驚いたが、内容を全て覚えていることを示すと、ただただ呆れていた。
四ノ鐘で闘技場に向かい、レーデルたちの声援に送られて控室に案内された。職員が僕に決闘の手順を教えてくれる。僕は戦闘服に着替えて待った。
職員の呼び出しで闘技場の広場に出ていくと、正面にある観客席は教授と学生で埋まっていた。学院と専門校の学生数は合わせても三百人に満たないが、ほぼ全員来ていると職員に告げられた。
決闘を申し込んだ時の武術師が、三人の教授を従えて中央に立っている。
僕が出てきた所とは反対側の門から、皮鎧姿のギヨームたち四人が出てきた。
ベランジェは僕が作った豪華な剣。革帯に短杖を差している。ギヨームとリュックも短杖を差して、帯剣している。四人全員が弦の張られた弓を持ち、腰には矢筒を下げている。
槍を担いでいるのがロドリグかな。短杖と剣、弓に槍。完全武装? でも槍じゃないね、ハルバードかな。まあ、あれで突進してこられたら確かに迫力だね。
「ねえ、あの子ひとり? ひとりで戦うの?」
「おい、無理だろ。やめさせたほうがいいんじゃないか」
「やりすぎだろ……いくら上級生とは言え、悪辣すぎる!」
「しー、めったなこと言うな、相手は公爵家だぞ」
「これより一年生エルクと三年生ギヨームの決闘を行う! 双方ここへ!」
武術師の言葉に、ざわついていた観客席が静かになった。
武術師は自分の前に五人を並ばせて、僕に向かって声をかけた。
「一年生エルク! どうしても決闘を行うか! 取り消すことも出来る!」
「三年生ギヨームが謝罪し、私の要求を受け入れるのなら取り消す! そうでなければ否だ!」
答える僕の声は大声ではなかったが、観客席まで届いた。
「三年生ギヨーム! 一年生エルクに謝罪し、要求を受け入れる気はないか!」
「一年生エルクに謝罪する気はない! 要求も受け入れられない! 謝罪すべきは不遜にも上級生に決闘を申し込んだ、エルクの方だぁ!」
変声期なのかギヨームの声がうわずり、濁って高くなる。
武術師はうなずいて観客席の方を向いた。
「双方に決闘を止める意志がない事を確認した! この決闘に立ち会う観客に伝える! 本日は専門校からの見学希望があり、許可された! 専門校の学生には防壁を張る協力を依頼している。が、しかし、万が一、観客席に魔法が飛び込み、怪我あるいは命を落としても自己責任となる! 希望する者には退席を許可する!」
観客からは一人の退席者も出なかった。
「決闘の勝敗は、審判が判定する。降参する時は武器を捨て、降参の意思表示をしろ! では、双方左右に描かれた円に入り準備をし、開始の合図を待て!」
円は観客席から見て左右に描かれ、百歩ほどの距離があった。
ギヨームたちは円に入るなり矢をつがえて、僕に向き合った。
僕は自然体。やや両腕を斜め下に広げて、向き合う。
「始め!」
合図とともにギヨームたちは弓を引き絞り、僕に向けて放った。四本の矢は狙い違わず、僕の胸に全て当った。
「エルク!」
「キャー!」
観客席から、悲鳴と嘆息がもれてきた。
「フン、あっけない」
ベランジェが弓を下ろした。
胸に矢を立てた僕が、ゆっくりと歩き始める。名を叫んでくれたレーデルに、笑顔を向けて手を振りながら。
「あ、歩いてくる! ベランジェ様、あいつ、歩いてくる!」
「……グッ! 射掛けろ!」
四人は次々と矢を放つ。その全ての矢を胸に立てたまま、僕はギヨームたちに向かってゆっくりと歩いていった。
何射も受けながらも、歩き続ける僕に、観客の悲鳴が消えていく。
円と円の距離の三分の一を歩いたところで、ギヨームたちの矢が尽き、僕は歩みを止めた。
僕の体、前面には数十本の矢が立っている。
「エルク! ……エルク? ……刺さっていない? ……刺さっていないわ! 鏃が見える! エルクの体には、一本も刺さっていないわ!」
レーデルの叫びに、観客がざわめいた。
僕がゆっくりと両手を上げると、すべての矢が地に落ちた。
ギヨームたちは、驚愕の顔をした。
僕は矢をいったんアイテムパックに納めて、腕の中に取り出した。
「どれも、立派な矢だね。もったいないけど、燃やすね」
僕の声は大声ではないのに、観客にまではっきりと聞こえた。
腕いっぱいの矢を僕が空中に放り上げると、矢は風に乗って上昇した。
すべての矢が僕の頭上で、風に舞って円を描いている。
「燃えろ」
僕の静かな言葉で、一本の矢に火が付き炎を引いて輪になる。徐々に全ての矢が炎を上げ、複雑に旋回し、次の瞬間、全てが燃え尽きる。
燃え上がる矢に見入ってしまったベランジェが、気を取り直して命令した。
「……くっ! ロドリグ、氷で足止めしろ! ギヨームとリュックは火弾を撃ち込め!」
ロドリグの氷魔法が僕の膝下を氷の塊で包み、二人の撃ち出す火の玉が、僕の上半身を火だるまにした。
「エルク!」
ふたたびレーデルが悲鳴を上げた。炎に包まれたまま、レーデルに手をふる。
足元の氷塊が一瞬で燃え上がって消滅する。人の型をした炎は、またギヨームたちに向かって歩き出した。時々、炎の中から僕の笑顔が見えてるだろうね。
三人の審判が、止めるべきか武術師を問うように見る。
「止めるな! エルクは燃えていない! まだ歩いている!」
ギヨームとリュックが五連弾の火の玉を撃ち続ける。僕の全身が足元まで炎に包まれた。
炎をまといながらも僕の歩みは止まらない。
いくつもの小さな旋風が僕を取り囲むように現れて、炎を吸い込んだ。全身から炎を上げ、小さな火炎旋風を引き連れながら歩いていく。
「グッ。……なぜだ、なぜ歩ける! なぜ燃えない! 足止めしろ、ロドリグ!」
ふたたび氷塊が僕の足元に出来るがすぐに消滅した。さらに僕の全身を氷塊が包もうとするが、その度に氷が燃え上がるように消えていった。
「……だめだ! 足止めできない!」
ロドリグが何度も氷魔法を使うが、やはり僕の歩みは止まらない。
「ま、魔力が持ちません! ……これで最後!」
火魔法で攻撃するリュックが半泣きの声を上げた。
最後の火の玉も、火炎旋風に飲み込まれ、なんの効果も上げられなかった。
リュックとギヨームからの攻撃が止んで、僕は炎を上げたままで歩きを止めた。
「もう、魔力切れかな? じゃあこっちが足止めしようかな。足止めはね、別に氷魔法でなくても出来るんだよ」
僕の声とともに、ギヨームの周りに、胸の高さまでの旋風が起きた。
「ギヨーム、その風は体に触れたら切れるからね。痛い思いをしたくなかったら、そこを動かないことだ」
ギヨームは短杖を革帯に差し、代わりに抜いた剣を旋風に突き立てた。
ギャリンッ!
剣をあわせたような音と共に、ギヨームの剣が弾かれた。
続いてリュック、ロドリグ、ベランジェの足元にも旋風が起きて、全員が動けなくなった。
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