またもや、やりすぎ?
「さて、諸君は動けなくなったけどね、まだ終わりじゃないよ。ロドリグだっけ。そのハルバードで思いっきり戦ってみたいだろう?」
ロドリグを包んだ旋風が消えた。僕の身体を包む炎と、周りの火炎旋風もゆっくりと消えていった。
僕の髪も体も装備にも、焼けた跡はなかった。
ロドリグに向けて、僕は手のひらを上にして右腕を突きだし、指をクイクイと折曲げた。あ、意味が通じるかな?
「お相手しよう。かかっておいでよ」
腰だめにハルバードを構えたロドリグが、突っ込んできた。
ガコンッ!
重い音と共に、槍先が僕の胸に突き立てられた。
矢と同じ様に僅かな隙間を残して、僕の胸には届かなかった。
観客席から声にならない声がもれた。
僕が防壁を解くと、ロドリグは大きく後ろに下がり、斧の刃を叩きつけてきた。
僅かな動きで斧の刃先を避けた僕は、右に飛んだ。
ロドリグはハルバードを振り回し追撃する。屈んで刃をかわすと柄がひねられ、鎌が頭上から突き立てられる。
屈んだままで身体を回転させた僕がロドリグの懐に踏み込むと、石突が肩を目がけて降ってくる。
横っ飛びに間合いをとった僕に、体を回転させたロドリグが大きくハルバードを振り回し、槍先が顔を狙ってくる。
ガキンッ!
僕が肘当てで槍先を弾くと、いったん引き戻された槍先が胸を突き刺してくる。
ガコンッ!
僕の左胸、心臓のある位置で槍先が、今度は戦闘服に受け止められた。
「うーん、残念。良い攻撃だったけど、この戦闘服は、その程度では貫けないよ」
驚くロドリグのハルバードを左手で下から払う。
払われた勢いで石突が、股間めがけて突き上げてくるが、僕は当っても意に介さない。
槍先、斧、鎌、石突、柄が僕を連打するが、全て戦闘服に弾き返された。
ロドリグは肩で息をし、大きく後ろに下がった。
「いいねぇ、そういう使い方なんだね。じゃ僕もハルバードを使ってみようかな」
アイテムパックから僕が取り出したハルバードは、ロドリグのものより柄が長く太く、槍も斧も鎌も大きかった。
僕は先程のロドリグの攻撃をなぞり、ロドリグに打ち掛かる。鋭い金属音を上げて打ち払い、防がれる。
僕の攻撃は速度を増す。
かわしきれなくなった時に、僕のハルバードの鎌が、ロドリグのハルバードを引っ掛け、空高く飛ばした。
空手になったロドリグから、後ろに飛んだ僕は、柄の中程を持って頭上に掲げて回転させる。八の字を描くように回し、石突まで手を滑らせる。
自分の体重の軽さで振り回されないよう、重力魔法で釣り合いを取る。
「ブォン!」という風切音が「フィキーン!」と甲高くなり、ハルバードが目で追えないほどの速さで回される。
体を回転させながら飛んで、前方のロドリグに向けてハルバードを低く構えた形で、演武を終えた。
ロドリグは膝をついてがっくりと肩を落とした。足元に旋風が起きる。
観客からふたたび大きなため息が漏れた。
「ハルバードの使い方を教えてくれて、ありがとう。でも、君はもういいかな。さてベランジェ、君の番だ」
ベランジェの旋風をとき、ハルバードをパックにしまうとスラリと腰の剣を抜いた。つや消しの黒い剣を無造作に脇に下げてベランジェに歩みよる。
ベランジェも自分の剣を抜いて僕に向かって歩いてきた。
「なぜだ」
ベランジェが、僕に問いかけた。
「? なぜとは? どこに疑問があるのかな?」
「これだけの強さ、魔力、度胸。子どもとは思えない……。事の始まりは、リュックとギヨームが、談話室から追い出そうとしたことだ。なぜ、それだけのことで決闘を申し込んだ。お前なら、簡単にあしらえただろうに……」
「ああ、そうか。……じゃあ本当のことを言うね。面倒だからだよ」
「面倒?」
「うん、そう、面倒だから。ねえ、もし決闘を申し込まずに、僕が逆らい続けたら、どうした? 放おっておいた?」
「……」
「ちがうよね。事あるごとに、毎日、僕が音を上げて服従するまで、いや、服従しても、しつこく手を出してくるでしょ?」
ベランジェは、目を細める。
「だから、さ。それは面倒だからね。こうして僕が君たちより、はるかに強いと示さなければ、いつまでも手を出してくる。僕にはやりたいことがあって、くだらないことに時間を取られるのはごめんなんだ。迷惑なんだ。たかが学院での、子ども同士の上下関係や人間関係なんて、人生の中で重要なことじゃない」
「たかが……」
「ああ、たかが、だよ。大切なのは学院を出てからじゃないの? ちっちゃくて低いお山で大将になることに、なんの意味がある。僕はもっと遥かに大きくて、天に届く高い山を目指しているんだ。邪魔はさせない。だから踏み潰す」
「踏み潰す……」
「こんな風に、簡単にね。……君は六年生。あと二、三年だろ、ここにいるの。長くても八年の学院なんか、人生の中ではあっという間の時間だ、鷲の間なんて狭い部屋にこだわっていてどうする」
「……狭い部屋……」
「もっと、生きることに真面目になれ。公爵家なんて先祖か誰かがつくった家だ。君はたまたま、そこに生まれただけだ。何も成してはいない。生きることに迷っているのは君だけじゃない。皆の迷いと自分の迷いに違いがあるのか聞いて回れ。居場所は自分で作るしかない」
「……たまたま……自分の……居場所……」
「さて、どうする? 力の差は歴然! このまま負けを認める? それとも最後まであがいてみる?」
ベランジェは剣を持ち上げ、その刀身を下から上へゆっくりと見る。
「美しい、これを美しいと思う……くそ! あがくさ! 最後まであがく!」
対峙した二人は剣を構えた。ベランジェが大きく振りかぶって、僕を目がけて剣を振り下ろした。僕は頭上で剣を受け止めて弾き、鋭く一撃を返す。
ベランジェが素早く避けて、上下左右の攻撃を加えるが、僕は全て、剣で受け止める。
さらに速度をあげて僕に斬りかかってくるが、力のこもった一撃一撃が全て受け止められる。
突進しては受け止められ、走り抜けては受け止められ、跳び上がっての攻撃も、僕に受け止められた。
次第に速度と力が落ちていき、最後は汗まみれで荒い息をして、辛うじて立っているだけだった。
僕は、大きく後ろに下がり、剣に炎をまとわせた。
切っ先をベランジェに向けると、上段から振り下ろす。脇構えにし、切り上げる。そのまま縦横無尽に剣を振るい、身体を回転させ剣速を上げる。
剣筋の炎が繋がり、僕を中心にした大きな火の球となり、明るさを増す。
炎の色が赤から白になる。
ベランジェの眼前で大きく跳び上がって、「ヒュンッ!」と打ち下ろして止める。
僕の黒い剣が、白い光を放っていた。
「ハァハァ……俺の負けだ……もう……剣を……上げることも……できない……」
僕は三人の旋風をとき、ギヨームに歩み寄った。
「まだやる?」
ギヨームはリュック、ロドリグ、ベランジェを見てから僕に視線を戻すと、首を横に振った。
「……いや、もう勝負はあった。降参する……」
「それまで! 決闘は一年生エルクの勝ちとする!」
観客から大きなため息が漏れた。皆、息をするのも忘れて観戦していた。
僕は白く光る剣を、高く掲げ宣言する。
「今後、上級生は、下級生に対して敬意をもって教え、導くこと! 下級生は先達である上級生の指導を、同じく敬意をもって受け、お互い、さらに高みを目指すように!」
「……勇者だ……」
「あれは、勇者……」
「うおおおおおぉー!」
その場にへたり込んでしまった四人は職員に看護されて退場したが、僕は審判に呼ばれ教授たちの席に行った。
学院長が、僕に声をかける。
「見事な決闘だった。あれでは飛び級を認めないわけにはいかないだろう」
教授たちを見渡してから続けた。
「だが……実際問題……何年生にすればいい?」
「教えられることは……」
「ああも見事な魔法と武術。もう卒業させるのも……」
「ええっー! ちょっと! ちょっと待って下さい。僕は入学したばかりですよ。まだ勉強したいです!」
「いや、しかしなあ……八年生にも負けそうにないしなぁ……」
ああー! まずい! やりすぎた。くぅー、禁書庫の走査がまだなのに。なにか、なにか抜け道は!
「では、こういうのはいかがでしょう? 『特待生』というのはどうでしょう?」
「特待生?」
「ええ、ええ、『特待生』です。特別待遇学生。特待生。学費免除は必要ありませんから、学費は払います。その代わりに、自由に講義に出られて、試験を受けられて、図書館で勉強できる学生。学年外の学生、『特待生』は?」
「ふむ、面白い……よし、この後の教授会議で話し合うことにしよう」
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