図書館デート?


 決闘の後、レーデルたちと食堂に行くと、学生たちが僕を遠巻きにした。


「あれが、あの強さが勇者……」

「ああ、あの力、あの勇者に、並び立たないとだめなのか?」

「どうすりゃいい? 高みを目指せと言われても、僕たちがあそこまでになるには、どうすりゃいいんだ」

「わかんないよ……」

「……エルク一人で魔王が倒せるんじゃないか?」


 フフフッ! 勇者と思わせたからねぇ。勇者を助けて魔王を討伐しようなんて思わないで、挫折してね。



「エルク、やっぱり勇者だったのね。オルガお姉さまの言う通りだった」


 レーデルが納得したように僕を見つめてうなずいた。


「レーデルは、いつもオルガを『お姉さま』って呼んでるけどずいぶん親しかったんだね」

「そうね。私が入学したとき、誰も遠慮して近寄ってこなかった。オルガお姉さまだけが声をかけてきてくれたの。身体能力が高いのなら、もっと武術と魔法の連携をしなさいって。それでお姉さまをまねて双剣を始めたのよ」

「へぇー。ま、あんまり遠慮する人じゃないって、周りの人には思わせてるからね」

「そうなの。複雑な人なのよね」



「で、賭けの結果なんだけど。僕らはエルクに感謝してるよ」


 ドナシアンがニコニコ笑い、みんなも笑顔で大きくうなずいた。


「支払いがまだだけどね」




「エルク、寮に戻るの?」


 レーデルの問いに、僕は首を振って答えた。


「いや、今夜は用事があって屋敷に戻るんだ。……レーデル、明日ちょっと話しをする時間がもらえない? できれば二人で」

「おお、エルク、怪しい!」


 未だ決闘の興奮が残っているのか、みんなが騒いでからかってきた。レーデルは僕がうなずくのを見て答えてくれる。


「いいわよ。……明日は一ノ鐘が風魔法の詠唱暗記だけど、休むことにする。その代わりエルクに教えてもらおうかな」

「ああ、僕で出来ることなら。じゃあ、一ノ鐘、図書館で」


 食堂が閉まり解散となった。僕は部隊と屋敷に戻った。





 書斎にラドが来てくれたが、顔色が優れなかった。


「ラド、ちゃんと寝れてる? 顔色が悪いね」

「はい、寝れています。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「きつい仕事頼んでいるからね。作戦部を増員してラドを助けてくれる部下を育てないといけないね。ラドには全体を俯瞰して、指示を出すだけにしてもらいたけど。魔王国からの増員が到着するには、まだ日数がかかる。立ち上げの今が一番きつい……」

「大丈夫です。影の一族からの増員が機能し始めています」

「ごめんね、それに上乗せすることになっちゃうかも。『エルクは勇者ではないか』疑惑を広げようと思ってるんだけど」

「はい。ベルグンでのことから、織り込み済みです、ご安心を。パルムの聖教会には下働きを入り込ませました。稼働にはもう少し時間がかかると思いますが」

「ありがとう。勇者をどうやって指名するかがわかればね……そろそろ、僕に接触してくるだろうね」



「増員するから設備投資が必要かな。場所、人員、装備、設備……あとで財務会計の話をしよう。他には?」

「少し気になる事がございます。ミルシュカとも確認をしたのですが……フラゼッタ王国に、軍事物資の集積と兵士の増強増員が見られることに気が付きました。新たな情報部での分析がなければ見落とすところでした」

「僕を、魔王を認識した?」

「いえ、もっと以前からです。エルク様のご指示で集めたフラゼッタ王国の経済状況の情報、年をさかのぼった資料との照らし合わせを行なったところ、およそ十五年前から変化が見られます」

「十五年前……何かあったのか……」

「聖教会と他国の状況も分析させておりますが、フラゼッタ王国だけの動きのようです。ここ数年で、武器などの増産、増員がさらに大きくなっています」

「フラゼッタ王国の経済状況は? 不況続きで窮乏きゅうぼうしているというわけじゃなかったね」

「はい、農作物に不作、凶作もなく、家畜の病もありません。魔石などの交易も、不調は見られません」

「国が軍備増強する理由は、一つしか無い。どんな言い訳をしてもね」

「それは?」

「他国を侵略する。領土拡張か資源確保か、指導者の思い上がりか。……魔王の復活はここ百年無い……フラゼッタ王国の魔力鉱鉱山、大きなものはなかったね。ギリス王国は穀倉地帯と聞いた……」


 僕はアイテムパックから、この世界に来てから描き足し続けている地図を取り出して広げた。


「西は聖ポルカセス国。さらに西にペルワルナ王国。両国とも鉱山はあるが、聖教会が邪魔だ。北は、ノルフェ王国、魔王国。旨味は薄いし魔王の復活もある。南は海、海洋性の魔物で外洋航海には適さない……東のギリス王国を取れば……辺境大山脈、辺境大森林、ドワーフたちの魔力鉱鉱山……それでレーデルか?」


「エルク様、レーデル様とは?」

「……エルフ族が人間種の王家に嫁ぐのはよくあること?」

「……いえ。……各国の王家は聖教会の影響で、我々を差別しがちです。王家の血に人間以外の血が入ることは……」

「もし、ドワーフの鉱山を奪おうとしたら? エルフはどうする?」

「ドワーフとは、同じ影の一族……味方を……もし、フラゼッタ王家にエルフの血が入れば……」


 そう言ってラドは僕を見つめる。僕はうなずいた。


「エルフ側も、人間種の王家に血が入れば、『影』が動きやすくなる……婚姻の申し入れを受けたか……」



「すまないラド、またまた追加しなくてはならない。フラゼッタ王国、王室、全ての貴族、全ての軍事組織、警備組織について情報が必要だ。優先順位は今回の侵略を企んでいる者たち。王室、指揮系統の人物、王国軍。それと王城についての情報の順で頼む」

「はい、すでに情報を集めるよう指示は出しています。確認と検証をしておきます」


 僕はうなずいて先を続ける。


「パルムでの、レーデルについては、どう?」

「はい、現時点までの情報と分析結果ですが……」




 翌日、一ノ鐘に図書館でレーデルと待ち合わせた。

 司書に借り出したい本の一覧を渡して、閲覧室でレーデルとテーブルについた。


「司書に怒られないように、話し声がもれないようにしたからね。さてブーシェ男爵の件だけど」

「はい」


 レーデルは、緊張の面持ちで僕の言葉を待っている。


「ブーシェ男爵家に、家令見習いが数ヶ月前に入っている。こいつがご息女のネリー嬢に、男爵をかたって手紙を出した。……家令見習いはタイヨン子爵の縁者」

「タイヨン子爵……思い当たらないわ」


 僕は、うなずいて続けた。


「たどると……単なる裏組織の営利誘拐ではなく、別な所に行き着いた。……レーデル、君の兄弟姉妹は十二人だね」

「ええ、私は第三貴妃の娘、第七王女」

「君の兄弟姉妹のうち四人が死んでいる。それも乳幼児期ではなく、ここ数年の間に。病死となっているが……」

「……」

「確証はまだだが、今回の裏側に複数人の思惑が見え隠れしている」


 レーデルは目を閉じて大きく息を吐いた。目を開けて自分の護衛を横目で見た。


「……あの護衛には聞こえないのよね?」

「ああ、万が一聞こえるようならすぐに伝えるように、僕の護衛に命じている」


「あの人たちは好きじゃない。私を見る目つきが好きじゃない。私に王位継承権があるのが理由だと思う。……母は、貴妃の母はとても森を恋しがっている……エルフには人間の欲望はとても重苦しく感じられる、と」

「……」

「離宮から王宮にいく時も、周りの人の目が怖かった」

「レーデルの、あの護衛は学院に来てからの人たちでしょ?」

「ええ、それまでずっとついていてくれた人たちは、変えられてしまった。生まれてからずっと同じ親衛騎士がついてくれて、その人は優しかった。魔法と武術も教えてくれてた。母について来てくれたエルフたちからも、離されてしまった。今いる護衛は王国軍から来た知らない人ばかり」

「で、この前はあっさりと、簡単にまけた?」

「ええ、簡単に……エルクのその言い方、まけなかった?」

「うん、あの夜の男たちには、レーデルが寮を出たことが伝わっていた。彼らだろうね」

「!」

「見ないで! 今は僕の部下にレーデルを護衛するよう命じている。『エルク、助けて』と叫べば守れるようにね。……もっと調べなくてはならないけど、王家の継承問題に絡んでいるって思ってるよ」


 レーデルはうなずいて、下を向いた。しばらく自分の手を見つめていたが、顔を上げて、にっこり笑顔になってくれる。


「じゃあ安心ね。エルクの護衛たちってお揃いのあの制服、かっこいいものね」


 そこ? まあ、もっと目立たない護衛を配置してるんだけどね。


「家令見習いには監視を付けている。ブーシェ男爵たちに危害が及ばないよう気をつけているよ。また何かわかったら教えるよ」

「ありがとう、エルク」

「どういたしまして」



「レーデル、勇者について質問があるんだけれど」

「なあに?」

「図書館で調べてもね、勇者のその後がよくわからないんだ。この本にも魔王討伐までは書いてあるんだけれど。その後どんな余生を過ごしたのか。記録が見つからなくてね」

「うーん、勇者は何代もいるけど……聖ポルカセス国で、パーティーと一緒に暮らしたと聞いてるわね。そうそう、エルフの森で暮らした人もいたって聞いたけど、母はレオナインからはそんな話聞いたこともないって……」

「……レオナイン?」

「ええ、エルフで一番長寿の大長老よ。……大おばあさまなの。お会いしたことはないけれど、エルフの族長はみんなレオナインの子孫なの」


 レオナイン。やっぱりレーデルは……。


「でも、大おばあさまと呼ぶと機嫌が悪くなるって、ふふ、そうよね」

「へー、ご存命? ずいぶんとおばあ、コホン、お年を召した方なんだね」

「ふふ、そうね。……レオナインが知らないのなら、勇者が森で暮らしたことはないと思うわ」

「そうか。勇者は聖ポルカセス国で余生を送るのか。でも、もっと不思議なのは子孫の話が、どこにも無いことかな」

「……そうね……勇者の子孫、勇者のパーティーの子孫も聞いたことがない……」


 レーデルが僕を見つめる。


「勇者としては気になる?」

「ええー、僕は勇者じゃないよ」


 僕は手を振って否定する。


「でも、昨日の決闘。あれを見た誰もが、エルクを勇者だと思ったわ。あの剣も……。あの場に並び立たないといけないのかと、みんな悩み始めたわ。どうすればエルクとパーティーを組めるようになれるかって」

「……勇者じゃないんですけど。……がんばってと、とても無責任なことしか言えないなぁ」

「私は、私はオルガお姉さまを目指すわ。……ねえ、エルク?」

「なに?」

「オルガお姉さまから、結婚を申し込まれたでしょ?」

「……そんなことまで」


 僕は頭を抱える。

 レーデルが少し横を向いて早口で続けた。


「貴妃でもいいって。オルガお姉さまはロークス王国、侯爵家の出よ。お母様は正妻じゃないけど、身分は釣り合うのに貴妃なんて。正妃にしてあげたら?」

「いや、まって。そ、それは、オルガが勝手に言ってるだけで」

「オルガお姉さまじゃ、いや?」

「いや、いやとか、そうじゃなくて……ほ、ほら、そ、そう、僕はまだ十歳だし」

「あら、王族って生まれた時に結婚が決まっててもおかしくないでしょ? オルガお姉さまとエルク。私のお姉さまと弟が結婚するみたいね」


 レーデルが、横目で僕を見てくる。


「……お、弟? ……弟? レーデルの弟? レーデル、それって男にとっては『良い人』とか『良いお友達』より、傷つく発言……」

「え?」

「え?」


 レーデルの頬が少し赤くなった。

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