悪い人たち


 ニノ鐘が鳴り、レーデルは講義を受けに図書館を出ていった。


 エルク部隊の者が、僕に声をかけてきた。


「エルク様、先程、学院の職員から事務室に来ていただきたいと伝言がありました」

「そう、ありがとう」



 事務室で職員から、飛び級が認められたと聞かされた。


「本日からエルク様は『学生』から、『修学士』となります。同時に『特待生』になります。学院の理事会に伝える必要がありますが、教授たち全員の承認を得ています。布の色は、エルク様のご希望する色で良いとのことです。ですが、教授たちからは白が良いのではないかと言われています」


 ……白……勇者だからってのが入ってるか……あからさまじゃなくて誤解されているってのがいいかな。


「他の学年の色と一緒にならなければ良いのでしょう? 黒を希望します」

「……黒ですか。では、今後は黒の布をおつけください。こちらで全校に通知いたします」




 昼前に学院を出て専門校に向かった。いつもは馬車で向かうが、昼を屋台のもので済まそうと歩いて向う。


 学院から歩き出してしばらくすると、新たな尾行に気がついた。

 距離をおいて僕に付いてくる護衛、エルク部隊の後ろだ。念話を送り、僕とエルク部隊の間に挟み込んだ。悪意や害意は感じられない。

 そのまま後を付けさせて、正体を探るよう伝える。



 パルムには多くの市場があり、野菜や肉、日用品などが売られている。陽気な売り子の声に誘われて食べ歩く。

 焼いたソーセージと酸味のある塩漬けのキャベツをパンに挟んだもの、薄く焼いたパンに茹でジャガイモを載せて溶かしたチーズをかけたもの、いろいろな屋台の味が楽しめる。

 秀逸だったのは、木鉢で提供される豆のシチュー。ベーコンや根菜と合わせて煮込んでいる。ほのかなマスタードの香りと辛味、酸味がとってもいい。



 市場のはずれに人だかりができていた。

 怒気をはらんだ大きな声がした。


「おまえら、最初から払う気はなかったくせに!」

「おやおや、これはその子がくれたもの。もらってやったんだ」


 人の隙間をするりと抜けて前に出てみる。

 二本の剣が交差する記章をつけた揃いの革鎧、同じ赤鞘を帯剣した若者たち。肉の串焼きを手に、うずくまった子どもを取り囲んでいる。

 血に汚れた前掛けをした小柄な中年の男が、子どもを庇うように立っていた。


 僕は隣で見ている野次馬に尋ねた。


「どうしたの?」

「……あのゴロツキたちが、店番の子どもから串焼きを取り上げたんだ。肉屋のイェルゴがかばってるんだが、相手が悪い」

「肉屋のイェルゴ? どこかで聞いた名のような……で、どうして相手が悪いの?」

「あいつらこの先の私塾『英雄の剣』の連中だ。このへんの嫌われ者で、あっ!」


 革鎧のひとりが、肉屋が庇う子どもを後ろから蹴ろうと足を振り上げる。


 ごつっ!


 足は子どもの背中に届かず、僕の張った防壁を思い切り蹴った。


「ぐわぁ!」


 蹴り上げようとした革鎧は右足を押さえて倒れ込んだ。


「な!」


 振り向いたイェルゴが倒れた革鎧をみて声を上げた。


「子どもを蹴ろうなんて良くないよ、そういうの」


 僕はうずくまった革鎧に声をかけて、イェルゴに近寄った。


「えーと、肉屋のイェルゴさんって聞いたんだけど、ノルフェ王国にご兄弟とかいない?」

「へっ?」

「あ、気にしないで。この革鎧たちって悪者? 嫌われ者っていってたけど」


 革鎧たちに聞こえるように尋ねる僕を、革鎧たちがにらんだ。


「ああ、こいつらは店にたかるハエ、人殺しどもだ。金は盗む、因縁つけては殴る蹴る斬る、娘たちを犯す……私塾『英雄の剣』塾長の武術師もこいつらも、全員が腐ってる。すぐそこのおばあさんと子どもを殺したこともある……」



 「英雄の剣」、うちの情報部が分析した「裏組織、犯罪組織一覧」に載っているね。評価は「利用価値はあまり無い」か。

 「粗暴、凶暴で権力者、暴力組織への単純暴力提供元、要員提供元」……下っ端か。



「へー、酷いね。……そお、おばあさんと子どもを殺したの。そお、殺したの。……捕まらないの?」

「殺しても、決闘だったと言い張る……胸糞悪い奴らだ! 見て見ぬ振りしてしまったが、もう我慢できない。一矢報いなきゃ我慢できん!」

「へっ、肉屋が大層な御託だな。俺たちがお前をさばいてやるよ」


 イェルゴが、僕に小声でささやく。


「おい、巻き込まれるから、逃げな。あいつら一応武術師に習って剣が使える」

「大丈夫だよ。ちょっと質問。決闘なら殺してもいいの?」

「ああ、相手も武器をもっていればな……こいつらは殺した後で剣を握らせる……子どもにもな」

「ふーん。イェルゴさん、一矢報いるのちょっと待ってね」


 僕は芝居がかった仕草で、薄い紗のマントを脱いで、先程の野次馬の方に放った。


「ねえねえ、腐った塾長の、腐った学生で、頭のわっるーい、革鎧の皆さん。僕は帯剣してるから、殺してから握らせる手間はかからないよ、ほらね」


 野次馬は、関わり合いや被害が及ばないように輪を広げた。


「ね。あ、そうか。私塾ってさ、学院や専門校に入れなかった弱い人たちだったよね。この帯剣を見て理解できるくらいの頭はあるのかなぁ、ないのかなぁ」

「なに! きさま!」

「おい、あおるな。早く逃げろ」


 僕はイェルゴの前に出ると革鎧たちを見た。


「決闘はどっちから申し込むのかな? それとも作法に疎いのかな? ああ、死人に口なし。後で『実は決闘でした』って言い出す腐った卑怯者たちなんだね?」

「このガキッ! 決闘だ! おい、塾長呼んで来い!」


 革鎧の一人が駆け出していった。


「おい、まずいぞ。あいつらの塾には五十人は塾生がいる。数でこられたら……」


 僕は慌てるイェルゴに耳打ちした。


「僕、学院の学生なんだ。あの程度が五十人、百人が二百人になっても負けないよ。僕が受けるから下がっててね」

「……学院の学生……子どもがか?」

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