苛烈にすぎる?
「さて、そっちの腐った塾長と腐った塾生が加勢に来るまでは、間の抜けた時間だね。……ではっと、遅くなってごめんね、怪我はしてない?」
僕はうずくまっていた子どもに近寄り声をかける。お腹を押さえて泣いていた子どもを抱き起こして体を確認する。
「この泥は……蹴られたんだね……内臓は傷ついてないようだね。骨も折れてないっと。打ち身に擦過傷。浄化魔法と治癒魔法かけとくね」
僕が子どもの手当をしている所に、十数人の男たちが走ってきた。
「どいつだ!」
「あれ、あの子どもに屈み込んでる子どもです!」
「……子どもに……子ども? 子ども! てめえはよぉ!」
ひときわ大柄で、筋肉を誇示する袖なしの服に革鎧の中年男。案内してきた革鎧の頭を殴りつけた。
「あんな子ども相手に塾長の俺を呼ぶなんて! 馬鹿か!」
「……しかし、塾長と俺たちを腐ってるって言いやがって……」
殴られた革鎧が涙目で言いつのった。
僕は子どもをイェルゴに預けて下がらせ、向き直る。
「もういい? 小芝居終わった? 待ちくたびれたよ。決闘申し込んどきながら、逃げちゃったのかと心配しちゃった。もう始められる?」
「おまえ、度胸はほめてやろう。おい、せっかく俺を呼んだんだ、一太刀で殺すなよ。見物人を退屈させ……」
「なんの騒ぎだ、これは! おい、道を開けろ! 王都警備隊だ! どけ!」
革鎧に革兜姿の兵士が三人、野次馬をかき分けて入ってきた。胸の記章は城壁の門に掲げられている物と同じだ。
「なんの騒ぎだ、これは……ちっ、『英雄の剣』か」
僕が、軽口でさらにあおる。
「へぇー、王都警備隊にも知られた人たちなんだ。『英雄の棒きれ』ってば有名なんだねぇー」
僕をにらんで、塾長の顔が赤黒くなった。
「手出しするな! このガキとの決闘だ! そこで見ていろ!」
「うんうん、そう、そうなんだよ、決闘なんだよぉ。そこで『英雄のわらくず』がやられるとこ見ててねぇー」
「……殺せ!」
剣を抜いた若い革鎧が斬りかかる。僕は相手に向かって踏み込みながら、剣を抜く。
しひゅんっ!
鋭い音と共に、手が付いたままの剣が宙を舞う。
「はっ? あれ? 俺の手……ない……ぎゃぁー!」
失くなった前腕から先を見て、革鎧が悲鳴を上げた。
僕は止まらずに隣の革鎧に踏み込む。相手の剣を持つ手の親指を切り飛ばし、身をかがめて膝から下を切り離した。
「せっかくの見物人を退屈させないようにって言ってたよね。ただで済むと思わないでね。まずは全員の手足をもらうからね」
そう声を出しながら、僕は革鎧たちの間を舞う。
振り下ろされる何本もの剣は空を切り、素早く左右に動く僕を捉えられない。
革鎧たちの間をすり抜け、一合も剣を打ち合わせない。
一人ずつ正対して、指、手首、前腕、膝、すね、足首を切り落としていく。
「うわっ! 来るなぁー!」
塾長を呼びに行った者の前に来ると跳び上がり、相手の両目を横に切り裂いた。
「あ、目も、もらっちゃったねぇ」
子どもを蹴ろうとして足を押さえていた者は、押さえた手と足首を一緒に切り落とす。
「もう、これで足先は、痛くないでしょ?」
一番後ろで目を見開いていた革鎧が、踵を返して逃げようと見物人に向かった。
「どけっー!」
見物人に向けて剣を振るった。
ギャリーン!
見物人との間に張られた防壁に当たり、剣を取り落した。
「防壁緩めるから、こっちに投げてね」
僕の声に濃紺の帽子をかぶった男たちが腕をつかみ、僕の前に投げ出した。
「もー、決闘なのに自分だけ逃げようなんて、悪い子だねぇー、みんなにあやまらないとねぇー。おまけに見物のお客様にまで剣を振るうなんて……」
革鎧は投げ出された格好のまま地に両手をついて僕を見上げる。それより低く身をかがめた僕が、両手首を落とした。
支える手を落とされ、突っ伏した男の足首も一本ずつ、切り飛ばす。
十数人ほどの革鎧が、悲鳴をあげてのたうち回っていた。
「あーあ、こんなに血で汚しちゃって。通る人や店を出す人に迷惑かけちゃうでしょ。落とし物もいっぱいだし……。まあ『英雄の棒きれ』の塾長が責任もって片付けるかな。止血だけはしとく? どう? 血は止めてほしい?」
数十の小さな火の玉が浮かび上がり、円を描いて僕の周りを飛び回った。
火の玉は革鎧に向けてゆっくりと飛んでいく。
「傷を焼いて血を止めてあげるからね。……うーん、落とされなかった手で押えているとそっちも焼けるけど……仕方ないよね」
革鎧たちの周りを火の玉をのせた風が舞い、傷口を残らず焼いた。
「ア、アアアァー!」
僕は悲鳴を背中に、塾長に歩み寄っていった。
「ちょっと教育に手を抜きすぎじゃない? 一合も打ち合えないなんて。『英雄のわらくず』の塾生は弱すぎだよ。……塾長ならもっと楽しませてもらえるよね?」
口を開けて、目を見開いた『英雄の剣』の塾長は、やっとの事で声を絞り出した。
「……お、おま、おまえは、何者なんだ……う、うちの塾生が瞬殺なんて……」
「あれぇー、言葉、間違ってるよ。今日は魔法で戦ってないから瞬殺しなかったんだよ。『瞬殺』ってさ、一瞬で殺すことでしょ? まだとどめも刺してないしィー、魔法使えば一瞬で殺せるよォー。試してみるー?」
塾長の顔がさらに赤黒く険しくなった。
「殺す!」
「おまえには無理だ。お前程度ではな。僕に触ることも出来ない」
僕は剣を脇に垂らしたまま、近づいていった。
塾長は赤鞘から長剣を抜き、袈裟懸けに斬りかかった。僕は身をかがめることなく、つぃと横にかわした。
「おっそいねー、剣速が遅すぎだ」
塾長が上下左右に剣を振るうが、僕に全てかわされる。
「遅い、遅い」
間合いを取ろうと後ろに下がった塾長についていき、攻撃をやめさせない。
「ほらほら、そんな程度で塾長なの? この程度で私塾って開けるの? 詐欺だねー」
僕の声に低く唸り声を上げて、剣を振るう塾長が汗をかいて、剣速が落ちてきた。
見物人と王都警備隊は声も出せずに、ただ僕らを見つめるだけだった。
「ふう、遅すぎで困ったもんだね。そろそろ、僕も攻撃してあげることにしようね」
その言葉とともに長剣の間合いの内側に入り込み、剣を振るった。見物人には僕の剣が霞んで、黒い影が塾長を取り囲んだように見えたはず。
僕が一歩下がると塾長の手足数十箇所から一斉に血が吹き出した。
呆然とする塾長に声をかける。
「まだだよ。まだだ!」
もう一度僕が近づき、黒い影とともに両の手首、足首を飛ばす。
「まあ、止血はしてあげようかな」
血まみれで膝をついた塾長の周りに風と炎が起こり、取り囲み、すべての傷を焼いた。
「ぐゎ! ギャーアアアアアアァー!」
僕はイェルゴ、見物人、王都警備隊に向き直った。
「そっかー、学院と違って審判がいないのか。じゃあ仕方ない、とどめ刺しとこうかな。あ、もっと良いこと考えた! このまま放置で、街の人みんなに、『英雄の棒きれ』に『日頃のお礼』をしてもらったほうがいいよね?」
「あの子倒しちゃったよ!」
「おおー!」
「すごい! すごい!」
「強い! あいつらをこんなにあっさりやっつけるなんて!」
「お、おまえ、強いんだな。学院の学生ってこんなに強いのか」
「なに! 学院の学生?」
イェルゴの声に、王都警備隊の兵士が声を上げた。
「だが、色が、布の色が黒だ。ほんとに学院の学生か?」
「えーと、『英雄の棒きれ』はもう戦えないみたいだから、決闘は僕の勝ちでいいかな、警備隊さん?」
「ああ、誰がどう見ても、お前の勝ちだろう」
「あ、まって、やっぱり息の根止めとこう。生きてたら後で文句言いそうな、程度の低そうな人たちだからね。失敗失敗」
「いや、とどめはやめてくれ。引き渡してくれないか?」
「ええーっ! とどめはだめ? あ、みんなのお礼だね。イェルゴさん、肉屋さんって包丁いっぱい持ってるんじゃない? みんなに貸してあげる?」
「いや、いやいや。そりゃあだめだ」
「そっか、そうだよね、こいつらを切った包丁じゃあ汚くなっちゃって、お肉切るのに使えなくなっちゃうよね」
「そうじゃなくて……」
「こいつらは侯爵家と繋がりがある。引き渡してくれた方が、君に累が及ばない。まあ、こっちも取り扱いには困るんだがな」
警備隊が小声で僕に助言してくれた。
「へぇー、侯爵家の。……ならさぁ、対抗する、派閥の違う貴族家っているんじゃない? そっちに差し出したら、ほめられるんじゃない?」
「確かに……その手があるな……君は学院の学生なのか?」
「ええ、そうです。ああ、布の色か。僕は『特待生』の黒なんですよ。今日、教授会で決定したばかりの『特待生』で、八年生の上です。そのうちに周知されるでしょう。何か問題があれば学院に問い合わせてください。僕はフラゼッタ王国王立学院特待生、エルクです」
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