素直になった


 イェルゴに蹴られた子どもの面倒を頼み、王都警備隊に「英雄の剣」たちはまかせる。

 骨折り賃としてイェルゴと警備隊に小袋で銀貨を渡し、見物人の歓声に手を振ってその場を離れた。

 エルク部隊護衛班のひとつに、王都警備隊との交渉を任せる。

 決闘の結果として、「英雄の剣」から財産を没収し、被害者救済に当てるようにしたい。もちろん僕の取り分もね。情報局は金食い虫なんだ。



 専門校に向かって歩き出すと、尾行も付いてきた。通りの店を見るふりをして尾行をうかがうと、周りをきょろきょろと見ていた。

 さっきの事を連絡したいのかな? なぜ一人かな? 二人以上で組むのは基本だろうに。

 エルク部隊は二つの班で出来ている。

 濃紺の帽子に戦闘服の二人一組が、二つで護衛班。帽子をかぶらず目立たない服装の二人一組が、二つで調査班。合計八人が付いてくれているんだ。



 スッと路地に入った僕は、光学迷彩を使う。

 見失った尾行は慌てて周りを探したが、あきらめて街の南に向かって駆け出した。その後を調査班の一組に追わせる。




 専門校に着いて門衛に学生証を見せ、事務室に向かった。すれ違う学生たちが、一瞬驚いたような顔をして僕を見た。


「あの変わった帽子……あれ、昨日の……」

「決闘の子か?」

「可愛い子。……でもどうして?」

「うちにも通ってるって聞いたぞ」

「なんで攻撃が通らなかったんだ?」

「……あれって防壁なのかな。だとしたらどれだけの魔力量なんだ……」



 事務室で学院での飛び級のことを話すと、すでに連絡が来ていた。専門校でも、学院に準じて飛び級を認めることになっていた。

 図書館でも学年による閲覧の規制を外してくれて、修学士向けの本が走査できた。

 短杖や長杖、魔道具を自作できるだけの情報が得られた。

 太古語が理解できなければ作れない部品があるが、僕の太古語の知識でもなんとかなりそうだ。

 うんうん、短杖と長杖を量産。いろんな魔道具を製作販売。資金調達に役立つね。




 ベランジェたちとの決闘から三日がたった。

 寮では談話室を一年生が使っても文句を言う上級生はいなくなった。お互いに遠慮しあい、雰囲気はぎこちなかったけどね。

 寮の食事は美味しい。貴族子女の学院だし、体力勝負の武術訓練もあるから、味も量も申し分ない。全てがおかわり自由なので食べ過ぎちゃうよ。



 僕は朝食後に談話室に入り、窓際の席に座った。ここしばらくのお気に入りの席だった。

 夜は図書館と王都巡り、昼間は自室の書斎で書き物をする毎日。気分転換に時々談話室と学院の食堂を利用する。

 談話室で給仕にお茶を頼み、ぼんやりと外を眺めて考え事をした。


 ……あの飲み物はどこかにないんだろうか? 胡椒は見つかったが……地理的には小国連邦あたりか。南のゴンドゥ大陸か、西の大陸も候補だが……。赤くて酸味があり、汁たっぷりのあの実もどこかに……。


 ベランジェが近づいてくるのに気が付き、目を向けた。


「エルク、話してもいいか?」

「やあベランジェ。どうぞ」


 ベランジェに席を勧めて、話し出すのを待った。

 言葉を選んでいるのか、なかなか口を開けない。その姿からは、初めて顔を合わせた時の、冷笑的な尊大さは消えている。


「……すまなかった……」

「うん? 謝られることがあったかな?」

「いや、あの決闘……」

「それは謝る先が違ってるよ。僕はベランジェからは、何も迷惑をかけられていないからね。下級生にどうぞ」

「ああ、わかっている。エルクは、いなかったが……決闘の次の日……夕食時にこれまでのことをみんなにわびたんだ」

「そう、そりゃ良かった」

「許してもらおうとは思わないが……なにか、その、変えて? 変わって?……いや」


 言いよどむベランジェに笑いかけた。


「まあ、君の人生だ。思い悩めばいいさ。そうだ、僕も謝らないとね。決闘のためだったとは言え、失礼なことを散々言ったね、ごめんなさい」

「いや、いいんだ。こっちが悪かったんだ……」

「じゃ、決闘もしたし、恨みっこなしで。いいかな?」

「ああ、恨んじゃいない。……礼を言いたいくらいだ。重ねてで悪いが頼みがあるんだが……」


 給仕が僕にお茶を持ってきてくれた。


「ありがとう。追加で悪いんだけど。ベランジェ、ベランジェも同じお茶でいいかな」

「ああ、同じでいい」

「じゃ、ベランジェの分もお願いできないかな?」

「はい、かしこまりました」

「うん、ありがとう」


 下がっていく給仕と僕を見比べたベランジェが、見つめてきた。


「どうしたら……そんな風に言えるのか。教えてくれ、どうすれば、あの給仕に礼が、『ありがとう』が言えるんだ?」

「え? 『ありがとう』? 口に出せばいいんじゃない?」

「……言えないんだ、なかなか」

「子どもの頃から給仕されるのが当たり前、か。一年生の時は公爵家だから、上級生に用を言い付けられなかったんだろうな」

「公爵家だから……だったのか……」

「ふぅ。んーっと、『ありがとう』はね、習慣にしないと言えないよ。相手になにかしてもらったら必ず言う習慣にしないとね」

「習慣……」

「変えたいのなら努力するしか無いね。ありがとうを言われて悪い気分になる人はいないよ。今の給仕やお付きの人、同級生、下級生、上級生も、誰にでも。自分が何かしてもらったら、ありがとう、だ。練習あるのみ」


「お待たせしました」


 ベランジェの前にお茶が給仕された。給仕の手はちょっと震えていた。

 僕がベランジェに催促する。


「ほら、ほら、練習、練習」

「あ、あ、あり、ありがとう」


 給仕はベランジェを見て、目を見開いたが、微笑んで答えた。


「いいえ、どういたしまして。他に御用はありませんか?」

「ああ、ない。ないよ。ありがとう」


 給仕はベランジェに向かって頭を下げて席を離れていった。


「ね、やってみると簡単でしょ?」

「ああ、ああ、ありがとう、エルク」

「うむ、殊勝な態度、苦しゅうない」


 「ぷっ」と二人で吹き出して笑いあった。

 他の席の学生が、笑い合う僕らを不思議そうに見ている。



「さっき言いかけた頼みはこれじゃなくて、その、この剣を造った職人を紹介してもらえないだろうか?」


 ベランジェが剣を鞘ごと手に取った。


「剣を造った職人? なにか作ってもらいたいの?」

「いや……いろいろ考えているんだ……」


 剣から目を上げて僕を見た。


「エルクが言った通りなんだ……屋敷には居場所がない……五男だからね」

「悪かったってば」

「くく。いや、この剣には独特の美しさがある。こんな美しいものを作り出せたら……自分も作り出せたらと思ってね。その職人に話を聞いてみたいんだ」


 ありゃ、困ったね。どうしようか? 「ぼくでぇーす」はどうなの? 困ったね。錬成魔法は、どっちの図書館にも資料がないんだよね。知られてない魔法か?


「うーん、紹介するのは難しくないけど……」

「ぜひ頼む。自分に作る技量があるとは思えないし、そのような立場じゃないが、なにか、なにか美しいものに関わる人生を歩んでみたい……」

「はぁー」


 僕は大きくため息をついた。

 ああ、あれ、ベルグンとエーレブルーか。もう映像操作魔法も見せたから今更だね。


「ベランジェ。その剣は錬成魔法で作られたものなんだ」

「錬成魔法? ……大昔の伝説、いや神話に出てくる魔法……」

「へぇ、そんな神話があるんだ。その剣、もとは一般的な鋳造鉄剣。その組成を変えて、金銀の象嵌を組み合わせ、魔法で錬成したものだよ」

「そんな魔法が実在するのか。だが、これほどの物を作り出せる魔法、なぜ知らなかったんだ?」

「廃れたか、あるいは……。その魔法を使うにはすごい量の魔力が必要なんだ。おまけに詠唱の呪文は存在しない。無詠唱じゃないと作れない」

「魔力量……詠唱できない魔法、か。そんなすごい魔術師がいるなんて聞いたことがない。なぜ埋もれているんだ……」

「危険な魔法だからね」

「危険? だが、使いようによっては……莫大な財も……」

「だからだよ。その剣、世界中に溢れたらどうなる?」


 ベランジェは改めて自分の剣を見て考え込んだ。


「その剣を作れない鍛冶職人は? 手に入れられない商人は? 破産するものが多く出るだろうね。手に入れたい貴族や騎士団は? 国は? 国同士の奪い合いが起きるだろうね」

「だからなのか?」

「錬成魔法は安易に広めるものじゃない。ま、使う条件が厳しいけどね。……でも、ベランジェが求めるものは、ちょっと違っていると思うんだ、錬成魔法とは」

「私が求めるもの……」

「美しいものと関わる人生とは関係ないかな、錬成魔法は。錬成魔法は道具でしかない。絵を描く時の絵の具だ。描かれた物が美しいと思える心がなければ、なんの意味もないだろ?」


 ベランジェは僕に目を移した。


「美とは? 美しいってなに? 窓の外を見て。あの樹、葉、花、美しいと僕は思うよ。この談話室の窓枠も、机も椅子も、僕の手も、君の手も。このお茶のおいしさも美しいよ。空も、音も、音楽も、歌声も……あそこを歩いていく女の子、美しいよね」

「……ああ、美しい……」


 ベランジェはまばたきをして、周りを見回した。


「その、ベランジェが何かを美しいと思う心、それがいちばん大切なんだ。それは才能だよ。君だけのものだ。何がどうなろうと、それさえあれば、きっと居場所を見つけられるさ」

「エルク、君は本当に十歳か? まるで……まるで、私のじいやと話してるようだ」


 ぎゃっ、そうです、じいやです。くそっ。


「ひどくない? それ」

「悪い悪い。でもどうしたら十歳でその達観が身につくんだ。……君は不思議な子だ」

「んー、ホントはね、師匠の受け売り」

「……そうか……この剣、この剣を造った錬成魔法の魔術師って君の師匠……いや、いや、違うな。その魔術師って、エルク、君だな」

「ああ、僕だよ。その剣には僕が美しいと思うものを込めている。気に入ってもらえてとっても嬉しいよ」

「ああ、とても気に入っている。エルクの服、帽子、この剣。今まで見たことのない独特な美しさがある。……どうやって身につけたのか、知りたいよ」

「まあ、参考にした物、模倣した元もあるんだけどね。でも模倣は始まりだよ。その剣を美しいと思うならそれを元に、どうして美しいと思うのか、解き明かすんだ。形か? 象嵌の模様か? 自分の手を使って、羊皮紙に描き写してみるといい。そのうちにここがこうだったらもっと美しいとか……そういう事が見えてくる。目と手と心を、訓練するんだ」

「目と手と心を訓練……やってみよう……やってみるよ……ありがとう」


 ベランジェがにっこりと素直な笑顔で答えた。

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