明かされたこと


 昼食をレーデルたちと取っている食堂に、僕の側仕えが伝言を持ってきた。学院の職員から事務室に来てほしいとのことだった。皆にことわって、事務室に向かった。


「こんにちは。僕をお呼びだそうで」

「エルクさん、聖教会から使いの方がみえまして、明日、ニノ鐘に聖教会にいらしていただきたいとのことで、これを預かりました。都合が悪ければ、日程調整の連絡がほしいとのことです」


 そう言って職員が、丸められて印章封印された羊皮紙を手渡してくれた。


「エルクさんは聖教会の方と会われたことはありますか?」

「いいえ、いままでそのような機会には恵まれませんでしたね」

「聖教会は、フラゼッタ王家に並ぶ、当学院の理事です。エルクさんならば大丈夫とは思いますが、好印象を持ってもらえるようにされることをお勧めします」

「わかりました。ご助言ありがとうございます」


 来たか。学院の理事……大株主ってとこかな。



 寮に戻り、渡された手紙を開いた。長い挨拶文に続いて、面会のお願いが記されていた。どこぞの事務長とは違って丁寧だね。

さて、こちらをどこまで探られたか。……どこまで探れるか。



 屋敷に戻り、ラドたちと打ち合わせをする。

 先日の「英雄の剣」騒ぎの時についた尾行者は、聖教会を主な相手とする商会に入っていった。その商会に入り込むよう指示は出ていた。


「聖教会、早速の敵情視察だね。……アザレア、オディー、本当は一緒に行って欲しいところだけど、人種差別が基本の聖教会だから、我慢してね」

「いえ、お気遣いなく」

「ラド、随行は面が割れてる方がいいかな?」

「ええ、その方がよろしいでしょう。私とヴィエラの他、学院担当をそのままお付けします」

「了解した。さて、どんな話がされるやら」



 翌日、馬車を連ねて聖教会を訪れた。


 長い漆喰の塀に沿って進み、開かれた門から中にはいった。敷地や建物を魔力が包んでいる、というようなことはなかった。

 門の先は広場になってる。

いくつもの扉がついた三階建の建物が正面にあり、多くの人が出入りをしていた。外から窺うと、屋内には広場と同じ拳と剣の像があるようだった。

 御者が門衛に案内を請うと、東側の白い建物に案内された。


 装飾のない白いローブを着た二人の男性が僕たちを出迎えた。


「ようこそ聖教会へ、エルク様。ご案内いたします」



 白い漆喰壁の廊下を通り、ラドたちは控えの間にいるように指示された。僕一人が、誰もいない応接室に入った。

 座る席を指示されて、お茶が供された。


「もう間もなく、ボリバル司祭がお見えになります。それまでこちらにてお待ち下さい」


 応接室は白壁で全体に簡素な印象を受ける。装飾品は少なく、壁際の棚に小型の拳と剣の像が飾られているだけだった。



「お待たせいたしました」


 僕が入ってきた扉とは別の扉から、襟ぐりに刺繍の施された白いローブの中年男性が入ってきた。にこやかな笑顔で羊皮紙の束を持ち、首から拳と剣の像と同じ意匠のメダルを下げている。

 僕は立ち上がった。


「はじめまして、フラゼッタ王国王立学院特待生のエルクです」

「はじめましてエルクさん。パルム聖教会司祭のボリバルです。どうぞ、お座りください」


 向かい合わせに腰掛けると、ボリバルの笑顔がさらに深まった。


「学院での成績、素晴らしいですね」

「ありがとうございます。ボリバル様、私は孤児としてノルフェ王国の森で、魔術師に育てられました。師である魔術師から一般的な教養の教育を何も受けず、聖教会についてもなにも存じておりません。失礼な事を申しましたらご指摘いただけますよう、お願いいたします」

「これは、ご丁寧に。そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

「はい」

「そうですね、聖教会にご奉仕いただく街の方々にお配りしているものがありますので、後ほどお渡ししましょう」

「はい、助かります。学院の図書館にも聖教会についての書物がなく、不勉強を憂いていたのです」

「そうですか、学院図書館にはありませんか。では調べて必要な書物を図書館に寄贈することといたしましょう。早速ですが、本日いらしていただいた用件に入りましょう」

「はい」


「聖教会は、魔王の脅威から人々を守るために、勇者を助けています」

「はい、存じています」


 僕は笑顔でうなずいた。


「単刀直入に申しましょう。聖教会は魔王復活に備えて勇者の資質のある方を求めています。エルクさんの学院での成績、勇者の資質があるのではと、聖教会では考えています。これからいくつか質問をさせていただいきますので、お答えください」



 ボリバルの質問は多岐にわたった。

 表面上は、心から人々を守護するかどうかに聞こえる。けれど善悪よりも、聖教会に従順かどうかが主眼か。心理学的な分析をされたら不味いかも。



「質問は以上です。最後にエルクさんの魔力について調べさせていただきたいと思います。もちろん、魔力量と魔力色が戦闘時に重要な意味合いを持つことは理解しております。調べた結果は責任を持って秘密とさせていただきます」

「はい、構いません」


 ボリバルが机にある呼び鈴を鳴らすと、厚みのある黒い板を持った者が入ってきた。


「エルクさん、学生証をお作りになった時と同じ魔道具です。手をおいて光ったら名前をおっしゃってください」

「……ボリバル様、学生証を作ってもらった時もうまく動かなかったので、手動で登録していただいたのですが」

「そうですか……うまく動きませんでしたか。では、それをここでもう一度見せていただきましょう。どうぞ」


 板に手を置き名前を告げた。


「ぐっ……た、大変興味深いですね。正確な数字はわからない……自然に生まれて? ……うーん」

 

 ゼロ歳、魔力ゼロ、魔力色空欄と今までと同じ様に表示されたが、ボリバルは興奮気味に見ていた。


「エルクさん! これから申し上げることはご内密にお願いいたします。よろしいですね?」

「はい、わかりました」

「一般に知らせてはおりませんが、この魔道具には測定の限界値があるのです。魔力量が二百を超えると、エルクさんのように、全てがゼロになるよう作られています。魔力量は一般的な魔術師で九十から百、人の限界、博士級で百十……勇者は三百を超えます……エルクさんは勇者としての資質をお持ちです」


 ……測定の限界値……今の失言……「自然に」……勇者は自然じゃない……そうか! 辻褄つじつまが合う! ……だが、だがまて、本当に「失言」か?


「僕に勇者の資質が! 僕は勇者になれるかもしれないんですか! どうすれば勇者になれるのでしょう!」

「詳しく調べる必要があります。……司教に伝えして、主座に報告します。エルクさん、聖教会内で検討する時間が必要ですが、場合によっては聖ポルカセス国に行っていただく事になるかもしれません」

「ええ、ぜひ! 勇者になれるのならば、どこにでも行きます! 僕が、みんなを守る勇者に!」

「エルクさん、この勇者の件は重大な、危険な事なのです。もし、魔王に知られれば、どのような攻撃を受けるかわかりません。……エルクさんを信頼してもよろしいですか?」

「はい。口外はしません。ご信頼にお応えできよう努めます」

「はい、お願いいたします。では、今後のことですが……」

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