謀略の香り


 屋敷に戻ると、ラドたちに聖教会での出来事を詳細に話し、聖ポルカセス国へ行く場合の準備に入ってもらった。


「すまないね、みんな。立ち上げが終われば、ひと息つけるかと思ったんだけどねぇ」

「いいえ、エルク様。次が見えて、進んでいることが実感できて……」

「ええ、魔王国にいた頃は日々の生活だけでした。目標がはっきりして、今とても充実しています。嬉しいです」


 うーん、みんなが過労にならないように注意しないといけないか。

 しかし、いつ聖ポルカセス国に行くことになるかわからない。今回がだめでも、聖ポルカセス国を訪ねる口実はできそうだ。

 その前に、レーデルの事を片付けてしまいたい。また仕事を増やしてしまうね。ごめんなさい。




 翌日、学院事務室で助言をくれた職員に聖教会に出向いたことを報告した。


「昨日、ボリバル司祭様から、図書館に聖教会に関する本を寄贈したいとご連絡を頂きました。エルクさんですね?」

「ええ、田舎育ちで聖教会について無知であることをお詫びしたら、寄贈のお話をしていただいたんですよ。届いたら、一番に読みたいですね」

「わかりました、司書に伝えておきます」



 昼食はレーデルたちに混じって一緒に食事をした。そこにベランジェがやってきた。


「やあ、エルク。ゆうべは寮にいなかったな?」

「ベランジェ、こんにちは。屋敷に帰ってたんだよ。なんか用があった? いなくて悪かったね」

「いや、ちょっと話したいことがあってな。この前、街で大立ち回りをしただろう? その件でね」


 ベランジェが近寄って来るのを睨んでいたレーデルたちが、ポカンと口を開けて僕らを見てくる。


「エルク、ベランジェ、いつのまにそんな親しくなったの?」

「ああ、レーデル殿下。ごめん、好きじゃなかったな、こう呼ばれるの。レーデルさん。この前エルクに相談に乗ってもらってね。もちろん、決闘のことは謝ったんだ」

「うん、僕はベランジェの『じいや』になったんだ」

「それを言うなよ。……エルクは意外と根に持つのか」

「そりゃ、お互い様だ。で、話って?」


 ベランジェはエルク部隊が用意してくれた椅子に、礼を言って腰掛けた。


「ロドリグの家は侯爵家なんだが、そこに『英雄の剣』の連中が連れてこられてな」


 そう言うとベランジェは辺りをうかがった。


「聞かれちゃ困る話かな。ちょっと待ってね。……いいよ、このテーブルの話はここにいる人にしか聞こえなくしたよ」

「魔法か? そんな魔法が……まあ、エルクか。実はロドリグの、デュルケーム侯爵家と争う派閥が『英雄の剣』を雇ってレーデルを狙う話があったらしい。エルクはレーデルと親しいからな、耳に入れておこうと思って」


 僕はレーデルと顔を見合わせる。


「ありがとうベランジェ、教えてくれて」

「いや、『英雄の剣』は、ああなったから、もう手を出せないとは思う。全員手と足を切り落とされて、全身燃やされた。エルク、お前は、やっぱり過激だな」

「それって、この前、街で起きた学院の学生が決闘したって話? あれ、エルクだったの?」


 タニアの質問に、ベランジェがうなずいた。


「手と足を切り落とされ……」

「燃やされたって……」


 レーデルたちが僕を見た。


「ああ、『英雄の剣』はな、人殺し集団だ。女子ども見境なく街の人を殺してきた。盗み、犯し、奪う。正当に裁かれれば死罪の口だ」

「ベランジェ、弁護ありがとう。僕は残酷かい? ……まあ、そうだね。優しければ息の根を止めてたろうね。手足のない姿でこれからは苦しんで生きていってほしいよ。犯した罪の報いとしてね。……いつか僕もその報いを、自分のやったことの報いを受ける……そう覚悟はしているよ」

「エルク……」


「レーデルのことだが」

「うん」

「ここ数年のことを思うと複雑だ……私も公爵家の一員、ふふ、エルクの言うところの予備の予備だった。それがな、エルク、今は予備なんだ。上の兄二人はもういない……」

「ゲルトからか。すまん。そう、公爵家も継承権があるし……王家と公爵家の婚姻も結べる……」

「ああ、それもあって屋敷には居辛い……だが、レーデルが狙われる理由がよくわからないんだ、あ、レーデルさんが」

「レーデルでいい。私が混血、半分はエルフだからよ……。母の婚姻をこころよく思っていない人は多い……」


 レーデルは暗い顔をして下を向いた。学友たちは王位継承権の話になったことで真剣な顔になった。


「混血、ハーフエルフだからか? 王室の、貴妃たちの争いと思ってたんだがな。第四王女を公子の兄か私と娶せて、王位継承権を第一王子から奪う筋書き。と考えていたんだが……」

「レーデルは、その争いには元から使い道がなかった……なのに、なぜ狙うってことか、ベランジェ?」

「ああ、貴妃たちにとっては……。……違うのか?」

「争いや陰謀は、貴妃さんたちだけじゃない、ってところだろうね」

「……」


 ……エルフを嫌う。第一候補は聖教会だが、対立するのは時期尚早……「英雄の剣」を潰せたのはよかったが……ベルグンでの伯爵……ノルフェ王国……軍備増強……やはり王ってわけか? レーデルを狙う利点は? ギリス王国侵略後の鉱山奪取……妹の第八王女がいるからレーデルは不要……いや、予備は必要だ……レーデルを人質にしたら、あるいは殺したら、誰がどう動く? 王の後ろに……もう一枚……鉱山を欲しがってるところ……やはり……いや、鉱山が欲しいんじゃない? そう、もっと、もっと大きく、違った視点で見るんだ。……彼らの動機が仮説通りなら……。


 沈思黙考している僕を前に、みんなは顔を見合わせた。


 ……守りたい……レーデルを守りたい……どうする……聖ポルカセス国に行くことになれば、そばに付いていてあげられない……どうする……どうすればレーデルは安全に……。


「ふぅー、……お腹すいたな」

「エルク!」

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