デート、だよね
みんなと別れて、レーデルを誘って図書館に行った。
レーデルは沈んだ感じだった。
風魔法の初級魔法書を借りて、閲覧室で隣り合って席についた。
「エルフは……勇者に……聖ポルカセス国に嫌われてるわ……」
「うん、そう聞いてる。エルフだけじゃなくて、人間以外の種族を皆嫌っているようだね」
「エルクは勇者だから……わ、私のこと……嫌いに」
「レーデル、僕はレーデルの事を嫌いになんかならないよ。むしろ、好……コホン……ぼ、僕のそばにはエルフの人たちもいるでしょ? 大丈夫」
「そうね、そうだといい……」
「さっきの事、レーデルが狙われる理由、もっと調べてみるよ。ねえ、レーデルのお父様、王様ってどんな人?」
「冷たい人……よく知らない……が本当ね。なにかの公務で顔を合わせるくらい。小さい頃からそうだった。……笑った顔を見たことはない」
「そうか」
暗い顔のレーデルは見たくないな。曲がりなりにも父親だ。
これからしようとすることは、レーデルに憎まれるかもしれない。笑顔でいてほしい。「師匠」と呼ばれてもいいから。どうすれば、笑顔になってもらえるのか。
あれ? ここの二階を調べるの忘れてるなぁ。
「レーデル、太古語だけど、この魔法書に書かれている言語、こっちが現代語でこっちが太古語だって知ってる?」
「ええ、それは知ってるわ。ここの部分は『空気弾』って意味だって習った」
「ふむ、間違いじゃないんだけど、ちょっと違うんだ。本当は空気の組成、空気が何でできているか、存在する意味を表してる。太古語は物の本質を表現していて『力を持つ言葉』なんだ。僕も全てを理解しているわけじゃないから、全部を教えることは出来ない。だけど、手掛かりは教えてあげられるよ」
「はい、お願いします、師匠」
「……やっぱり、教えるのやめとこ」
「ごめん、エルク、教えて、お願いします」
レーデルと僕は、魔法書に顔を寄せ合って時間を過ごした。
「結構、難しいわね」
「ああ、次の自主訓練で実際に試すといいよ。……エルフは精霊魔法を使うって聞いたけど、レーデルは使えるの?」
「母から少し習ったけど……精霊は呼び出せなかった。森、精霊のいる森じゃないと呼び出せないって……」
「精霊のいる森か。この辺にはいないのか。精霊魔法に関する本はここの図書館には無いんだ、太古語と同じくね」
「そう、私も探してもらったけどなかった。……エルク、周りに声が聞こえないようにしてるよね」
「ああ、しているよ」
「……母から習った精霊魔法の呪文、人前で詠唱しないよう言われてるけど……こうよ」
レーデルが精霊魔法を詠唱した。
え? 精霊に呼びかけて、「精霊さん来てください、力をお貸しください」って呪文じゃないよ、それ。
物質を構成する粒子を集めて実体化させる呪文だ。……量子力学とか素粒子物理学の世界か? ……綺麗なおねーさんの精霊は存在しないのか……いや、作り出せるってこと?
「貴重な詠唱、ありがとう」
「意味、わかる?」
「ああ、意味はわかる。……だけど、基本となる事象についての理解が足りない。……言葉は喋れるけど、文字を知らなくて読み書きはできないって感じ。もっと勉強しないとだめだな」
「そう、エルクでも……やっぱりお母様の言う通り辺境大森林で勉強しないとだめかな。あの時、行っておけばよかったかな」
「辺境大森林? あの時って?」
「学院に入る時。辺境大森林の母の一族のもとで精霊魔法を学ぶか、勇者のパーティーとして他の魔法を学ぶか、どっちを選ぶか母に選択するよう言われたの。母は精霊魔法を勧めてくれたけど、他の魔法も、武術も習ってみたかったから学院を選んだの。オルガお姉さまにも会えたし、エルクにも。だから学院で正解って思ってたけど……」
「けど?」
「エルクとパーティーを組むなら、同じ魔法じゃだめかと思い始めてるの。エルフでも使う人の少ない、人間では使う者のいない精霊魔法ならってね」
「……」
「エルクと、勇者と並び立つなら……人と違うことしないとね」
僕は、レーデルを見つめた。
「……なに? なにか……私、変?」
少し頬を赤らめてレーデルが聞いてきた。
僕はアイテムパックから赤白橡の帽子を二つ取り出して、レーデルの前に置いた。
「いつもかぶってくれているからね。予備をあげるよ」
「ありがとう……」
「うん。……辺境大森林のエルフたちは、信頼できるの?」
「母の一族だし、母についてきた人たちも信頼できる人たちよ……」
「……もし、エルフではない、知らない人間が、辺境大森林のエルフに近づいたら、どうなるかな?」
「母からは、外の人間と交易する街が作られてると聞いてるわ。人間はその街までなら入れる。でも、それ以外の一族の者たち、エルフやドワーフが住む場所には入れない」
「……そこにいればレーデルは安全ってことかな。……僕は、聖ポルカセス国に行くことになるかもしれない……」
「聖ポルカセス国……勇者ね。勇者として聖ポルカセス国に行くのね」
「はぁー、そうじゃないよ、僕が勇者って話じゃなくてね……。ほら、前に聞いたでしょ? 勇者のその後。勇者について勉強してると『その後』が知りたくなってね。で、実際に聖ポルカセス国に行ってみようかと思ってるんだ」
「聖ポルカセス国か……そうか……いいなあ、旅に出るって……」
「今すぐって話じゃないけどね。でもそうすると、レーデルから離れる。護衛はずっとつけておくけど、一緒にいてはあげられない。……精霊魔法を学びに辺境大森林に行ったほうが安全かもしれない」
レーデルが眉を
「それほど……それほど、危ないってことね」
僕はうなずく。
「王位継承の問題じゃないだろうと思う。レーデルの母君と妹君にも護衛を付ける。エルフが身近にいて王宮、離宮であれば、ある程度だけど安全ではある。レーデルも学院を離れて離宮に戻るなら……」
「いやよ」
僕はにっこり笑った。
「そうなると、フラゼッタ王国を離れて、辺境大森林のエルフ族、大おばあさまの所が安全だろう」
「……エルクと離れて……パルムを離れて……辺境大森林。いつまで? ……いつになったら安全になるの……」
「レーデルが帰ってきても安全に暮らせるように、出来る限りのことをするけど。今はまだいつまでとは言ってあげられない」
「ううん、いいの。……そう! 私が強くなればいいだけね! 自分の身は自分で守れるようにもっと強くなれば! 辺境大森林のエルフたちからも戦い方を学べるし……急に精霊魔法が習いたくなったわ。母に相談してみる」
「うん、聞いてみたほうがいいかな。……離宮に戻るなら僕も準備をしよう。もし、辺境大森林に行くことになっても、僕からの護衛は付けるからね」
五ノ鐘に、僕はベランジェを探して、頼み事をした。
出会っていくらも経たず、決闘をした間柄だったが、僕の話を聞いて快諾してくれた。素直になれば、いいやつなんだな。
「いいだろう。エルクがレーデルに害をなすとは思えない」
「すまない、恩に着る」
「……話してはもらえないだろうが……それほどか?」
「ああ、危うい。今は詳細は言えないけどね」
「……離宮にもか。全員が、エルクの弟子なのか?」
「まあ、非公式にだけどね」
「……いったい、お前は……いや、よしとこう」
「すまない、ありがとう」
「……貸しだぞ。……払ってもらうからな」
「ああ、『じいや』でよければいつでもね」
「……エルクの『じいや』は耳が痛いからな……考えものだな」
僕は、屋敷で現時点までの調査結果の報告を受け、新たな指示を出して学院に戻った。
寮での夕食後、図書館の禁書庫に向かう。鷲の間からの隠し通路は、地下で二つに別れていた。一つは女子寮につながっている。理由は不明、かな?
もう一方は、地下通路の壁に隠された扉があり、魔力で開けると図書館禁書庫に出た。
魔力を同調させ隠し通路を通って禁書庫に入ると、改めて魔力の流れを確認する。地下への流れは地下道へ出る隠された扉のもの。
次に二階に向かった。ここにも不明な魔力の流れがあり、今まで確認をしていなかった。
流れを追ったが、壁の中に向かっていた。壁の前でさらに探ると鍵のようなものがあった。魔力を細く伸ばし、鍵を開けてみたが、特になにも起こらなかった。
隠し扉になっている、とかじゃないな。ん? 禁書庫の魔力の流れが変わったか?
禁書庫に戻り流れを追うと、地下に繋がる書架とは別の書架の裏側に、隠し棚があった。中には太古語で書かれた羊皮紙の束が収めされていた。
いや、これ、羊皮紙じゃない。紙のようだが材質がわからない。金属? でもない。もし太古語と同じ年代なら脆いかもしれない。
手に取るのをためらい一番上を走査した。
下まで! 下まで全部一度に走査できる!
隠し戸棚と二階の鍵をもとに戻し、寮に戻った。
これは、なんだ? 何かへの魔力の注ぎ方を示しているようだが……。何に注ぐのか?
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