解体見学


 日が沈むかなり前に、野営地に着いた。

 小川を渡った先に森から離れた空き地があり、今夜はそこに野営する。かまどの跡もあり、よく利用されているようだ。他に野営しているものはいない。

 ゴドたち徒歩の護衛が付近を見て回り、ジュストに合図する。

 馬車を円陣に止め、みんなが声を掛け合って、野営の準備が始まった。


「俺はエルクと用がある。見張りと準備は任せたぞ。エルク、ちょっと来てくれ」


 ゴドに呼ばれてマイヤの馬車にいく。マイヤは馬車から調理道具を下ろしている。


「ジャンの様子はどうだ?」


 ゴドが聞くとマイヤが馬車の方を向いた。


「眠ってるよ。熱も汗もなし。落ち着いている感じだね」


 馬車に入れてもらう。

 マイヤの馬車は、生活できる家馬車だ。大人と子どもの四人でも狭いだろうに、さらに家財道具や細々したものが大量にある。様々な匂いがこもっている。


 実は、彼らと出会った時から気になっていることがある。彼らは、臭いんだ!

 隊商は、何日も魔物を警戒しながら野営してきたせいで、体臭がきつい。さすがにマイヤは体を拭いているんだろうけど。

 嗅覚が鋭くなっているので、近くに寄らないでほしい!

 そうそう、誰一人髭を剃っていない。この世界の習慣なの? それとも髭は旅の長さかな。

 馬車に入ってすぐの所にベッドがあり、ジャンが寝せられていた。

 近づいて、規則正しい寝息を立てるジャンの様子を確認し、ゴドとマイヤに小声で話しかけた。


「呼吸は落ち着いているし、脈も確かだね。大丈夫だと思う。目を覚ましたらもう普通に行動できるよ。ただ血が足りてないと思うから、二、三日は激しい運動はしないほうがいいね」


 ゴドもマイヤもホッとしたようだ。


「わかった、ありがとう。マイヤ、何か精のつくものが食べさせられるといいんだが」

「うーん、あの狼があったら、肉を食べさせてやれたんだけどねぇ」

「エルク、一頭譲ってくれないか。肉だけでいい、その代わりに解体は俺がやる。どうかな」

「いいよ。解体はやったことがないから、見ていい?」

「ああ、いいぞ。マイヤ、肉をさばいてくるから」


 僕が了承すると、三人で馬車を降り、ゴドは道具を取ってきた。ロープと布きれ、腰から下げているものよりも大ぶりなナイフ。マイヤから鍋を借りて、二人で小川に向かう。後ろからマイヤが大声で話すのが聞こえた。


「トピ! トピ! 馬たちの世話は頼んだよ! 薪もいるよ! オッシ! ぼっとしてないで鍋運んどくれ!」


「マイヤが、みんなの食事の支度をするの?」

「ああ、料理と馬の世話のために雇われているんだ。マイヤの料理は美味くてな。ジュストさんが気にいって、雇える時はマイヤを選ぶんだ」


 小川まで来るとゴドは止まるよう手で合図し、周りの様子をうかがった。危険なものがいないのは探知魔法でわかっていたが、言わないでおこう。

 納得がいったのかゴドが一つうなずいた。


「大丈夫そうだ。この辺りでいいか。狼を出してくれ」


 小石の河原になっているところに狼をだす。

 小川は深いところもあり、そこかしこで虫を食べる魚か、水面に波紋が広がる。どんな虫? どんな魚? ううっ、あの波紋に疑似餌を投げたい!


 ゴドが狼のあちこちを調べていった。


「傷がないな。エルク、どうやって仕留めたんだ?」

「うーんと、ここ。ほら、ここにちょっと傷があるでしょ」


 僕は狼の後頭部と背骨の付け根を示し、爪の先ほどの焼け跡を見せた。


「急所だな。だが、ここを焼いただけでは殺せまい?」

「うん。熱い光の針をここに打ち込んで、脳の下の部分を一瞬で焼いたんだ」

「……全部の狼にか? 大したもんだとは思っていたが、これ程とはな。そんな魔法、聞いたこともない……」

「そうなの? 効率的だと思うけどな」

「……わかった。……あの場で血抜きができたら良かったんだが、仕方がないか」

「パックに入れとくと時間がたたないから血は固まってないと思うよ。川につけたらいいんじゃない?」

「血が固まってない? どれ」


 ゴドは、狼を川でざっと洗う。ロープで足をくくり、近くの張り出した木の枝にぶら下げた。頭の下に鍋をあてがって、腰のナイフで首を切り裂く。


「おお、ほんとだ! 血が流れるぞ。ちっ、こぼしちゃもったいない!」


 ……もったいないって? 血も料理に使うの? 血のシチューに、プディング。この世界の料理、期待していいかも。


 流れる血を、できる限り鍋で受け止めて、ゴドが手元を見せてくれながら解体する。


「こうやって腹を裂き、内蔵を傷つけないよう取りだすんだ。腹に溜まった血にも気をつける」


 内蔵は、別の鍋に入れる。


「これが、心臓。くっついてる赤い石が魔石だ。刃を当てて傷をつけると品質が下がる。慎重に取り出すんだ」


 そう言って、心臓と癒着するように、ひとつになっている石を見せてくれる。魔力がこもった赤い石だ。


「……灰色狼にしては大きいな。体が大きいからか?」


 大きいとゴドが言うので鑑定する。中くらいの品質らしかった。高中低で表すの? ちがいは? 基準がわからないねぇ。

 魔石を小さく裂いた布きれに包んで手渡してくれたので、聞いてみる。


「これでいくらぐらいになるの?」

「そうだな、小金貨一、二枚はするだろうな。魔力量は鑑定しないとわからないがな」

「ゴド、この魔石をゴドが買い取ってくれないかな。僕はお金を持っていないんだ」

「うーん、だが俺も持ち合わせがな」

「いくらでもいいよ。全くないのは困るから、一泊の宿代、食事代ぐらいでいい」

「それなら、ジュストさんに買い取ってもらうのがいいだろう」

「わかった、ありがとう」


 ロープを岸につなぎ、狼を川に漬けて冷やす。


「ねえ、ゴド、ちょっと相談にのってくれない?」

「……護衛の件か?」

「うん、僕が護衛に加わったら迷惑じゃない? 護衛なんてしたことないし」


 ゴドが顎髭をぼりぼりかきながら答えた。うっ! 長旅。無精髭。……ノミはいないよなっ!


「そうだな。普通は経験を積んでないと受けられないんだが。エルクの魔法は役に立つ。今回は、パーティーの魔術師がいない。剣士が三人、槍が一人、狩人が一人。魔術師は都合がつかなくて同行できなかった。だからエルクがいてくれると助かる」

「よかった。護衛、受けようと思うんだけど。護衛って、一人いくらとかでジュストと契約してるの?」

「いや、冒険者ギルドを通した仕事だな。食事付き、経費込み、パーティーで一日いくらという契約だ。ジュストはいくら出すと言った?」

「その話はまだ。受けるつもりはあると返事したけど、ゴドの話を聞いてからと思って保留中」

「ふふん、即答しないとは。本当に子どもか? いくつなんだ?」

「正確にはわからない。拾って育ててくれた師匠は、今年で十歳ぐらいだろうって」

「孤児だったのか? いいとこの子だと思ったんだが。金の話は後でジュストにしといてやる。悪いようにはしない」

「ありがとう、ゴド」

「あれだけの数じゃあさばくだけでも大変だ。ベルグンの街についたら冒険者ギルドで解体してもらえ。魔石、毛皮、肉なんかの部分ごとにギルドに売ったほうが儲かる」

「冒険者ギルド?」

「ああ、解体費用は取られるが、専門の人間がやるから手間がかからない。それと冒険者登録をしたほうが高く買ってもらえる。他の店でも買い取ってくれるが、その見た目じゃ買い叩かれるだろうぜ」


 冒険者ギルドに登録。わくわくだね。


「ねえ、ギルドに登録すると、縛られる? 自由に旅行できないとか、国のために尽くせ、とか?」

「そうだな、まったく縛られないとは言えんな。俺たちが魔石集めや護衛で、他所の国に行くのは自由だ。普通はどの国からも徴兵はされないが、魔王や強い魔物が出たら強制依頼で参戦させられる。強制依頼に逆らったら罰を受ける。まあ、長いこと出てないがな」


 魔王は出てるけど。自分と戦う事はできないよねぇ。でも経済的なことを考えると。


「そうか。冒険者になるか。いいかもなぁ」

「さて、そろそろかな」


 川から狼を出して、さばいていった。ゴドが丁寧に毛皮を剥ぎ、肉を切り分ける。内臓は川で洗う。胃も腸も中をきれいに洗う。

 ほほう、ひょっとしてココレチ? 腸を串に巻き付けて炙ったやつ、旨いよね。 


「肉と内臓はパックに入れて、マイヤのところに運んでくれるか?」

「もちろん」

「血はこのまま運ぶしかないか」

「いっしょにいれるよ。こぼれないから大丈夫」


 怪訝な顔をするゴドから受けとった血の鍋、肉、内臓、毛皮もパックに入れた。

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