誤解? それもありかなぁ
野営地に戻るとマイヤと男の子が、かまどのそばで鍋やケトルを用意していた。馬たちの世話は済んだらしく、まとめてつながれている。
マイヤのところまで行くとゴドが声をかけた。
「肉を用意してきたぞ。どこに置く? ここでいいか?」
「そこに鍋を置いとくれ。って手ぶらじゃないか。あんたの腹の中じゃないんだろうね」
「俺じゃねえ、エルクの腹の中だぜ。……そこに出してくれ」
僕がかまどに近づくと、男の子がこちらをにらみつけてきた。
マイヤと同じ赤毛、息子のトピかな。男の子といっても、僕より年上? 十三、四? パックから血の入った鍋と肉を取り出したのを見て驚いている。
「へえー、アイテムパックかい。話は聞いたことあるけど、本物を見たのは初めてだね。あんたやっぱりお金持ちの子なんだ。それがあれば、商売もずっと楽になるんだがねぇ。手が届かないね」
マイヤは感心したように言うと、肉をより分けはじめた。
「じゃあ、俺はエルクとジュストさんのところに行くから。ジャンは飯まで寝かせといてやってくれ」
ゴドと歩き始めたが、ちょっとトピをうかがうと、さっきよりも一層険しい目でこちらをにらんでいた。
ゴドはジュストに、僕がジャンのために狼を分けてくれたことを話し、護衛代の交渉をしてくれる。自分たちより高い料金にしてくれた。
野営の点検に行くゴドを見送り、ジュストに話しかける。
「ジュストさん、全額から一割引きます。授業料としてください。それとこの魔石を買取ってもらえませんか?」
「ふむ、了解した。魔石か、これは大きい! いいだろう、買い取ろう。うーん、よし、小金貨二枚で買い取る。それと、食事の時にみんなに紹介しよう。仕事についてはゴドの指示を受けてくれ。空いた時間に私の都合を聞いてくれ、代金分は教えよう」
にっこり笑うと、ジュストも見回りに行った。
おのおのがマイヤの馬車に並んで食事を受け取り、野営地の中央に作られた焚き火の周りで食べる。僕も並んで器をかりて、内臓と豆のシチュー、網焼きにした狼の肉を受け取った。
「エルク、あんたは育ち盛りなんだからたんとお食べ。おかわりもするんだよ」
マイヤは木の器にたっぷりと盛ってくれた。
「俺も育ち盛りなんだがなあ」
周りの男たちが軽口をいって笑い合っている。
マイヤのスカートを掴んだ赤毛の女の子が、じっと見てくる。さっきの家馬車の少女? 娘さんのヘリかな。おとなしそうな可愛い子だ。
僕はジュストとゴドの近くに座って、カトラリーの包みをパックから取り出した。
「いただきます」
スプーンで内蔵と豆のシチューを一口食べると、その野趣あふれる味に驚く。
塩味だが、香草入りで臭みもなく思いのほか美味だ。焼いた肉をナイフで一口大にして食べる。ほのかに香るこれはにんにく? 他にもハーブが入ってるね。にんにく、こっちにもあるのか。
シチューは煮崩れた豆がいい。歯応えのある豆も混じっているから、煮返しに足したのかな。刻んだ内臓も美味い。後でマイヤに作り方を聞いてみよう。
忘れないようにしようと思っていると、視線を感じて顔を上げた。
焚き火の周りの男たちとマイヤたちが、僕を見ている。カトラリーと一緒に取り出したテーブルナプキンで口を拭きながら、ゴドに聞いた。
「なに? どうしたの?」
ゴドが頭を振りながら答えてくれる。
「いいとこの子だと思っていたが、やっぱり。エルクは貴族様か?」
「え、なんで?」
「ゴドがそういうのも無理はない」
ジュストが口の中のものを飲み込んで、説明してくれた。
「王族に近い貴族は、銀のカトラリーを使う事が多い。毒に用心してな。それとその肉を刺して食べるものは、いままで見たことがない」
肉片を手で持ったまま教えてくれた。
見渡すと、みんなは肉の塊を手づかみで食べている。シチューは木製スプーンも使っているようだが、器に口をつけて啜ってもいるようだ。
銀のカトラリーで毒に用心ってことは、ヒ素系の毒があるのか。うーん、貴族ねぇ。正体隠してるんだから詐称はいまさら? いい手なのかな?
「師匠が使ってたから、普通だと思ってた。銀もフォークも」
「フォークというのか、それ。……手が汚れないし……熱い肉も食えるか……売れるか」
ジュストが人の話も聞かずに、ブツブツ言い出した。みんなはこちらを見るのを止めて、自分の食事に戻った。
「皆、聞いてくれ」
ジュストが立ち上がって声をかけた。
「今日は大変だった。あの数の灰色狼がこの辺りに出るとは聞いてなかった。生き残れるか、ほんとに危ないところだった。一人も欠けずに皆で食事ができるのは幸運だ。エルク、立ってくれ」
僕は器を置いて、ジュストの横に立った。
「魔術師のエルクだ。灰色狼を倒してくれた。一人で全部をだ。年は若いが、凄腕の魔術師だ。ジャンの傷も治してくれた。私から頼んで、ベルグンの街までの護衛を引き受けてくれることになった。みんな、よろしく頼む」
いや、魔術師じゃありません。身分詐称は問題になるんじゃないの?
「エルクです。よろしく」
右手を胸に当て左腕を脇に広げて軽く会釈、これでいいかな。丁寧だよね。
みんなが顔を見合わせ、ヒソヒソと話している。
「ゴドたちが倒したんじゃないのか?」
「傷を治したって、治癒魔法?」
「あのおじぎ、お貴族様?」
「貴族同志の挨拶を見たことがあるが、ちょっと違ってたと思う」
「あんな子どもが倒せるのか?」
「……俺だって、狼くらい倒せる!」
新しい体は聴力が高いよ、ヒソヒソ話がみんな聞こえてます。
「では、皆、今夜はゆっくり休んでくれ」
そう言ってジュストは話を締めくくると、食器を戻して自分の馬車に歩いていった。座って残りを食べていると、ゴドが話しかけてきた。
「今夜から仕事だ。交代で見張りをする。周りに、簡単だが魔物よけを置いているから、火の見張りと見回りだ。最初の当番を俺と一緒にやってもらうからな。明日からは一人だ。お、ジャン、もういいのか?」
ゴドが声をかけた先を見ると、少し青い顔をしたジャンが歩いてくる。ゴドと一緒に立ち上がった。
「ゴド、もう大丈夫だ。……エルクさん……ありがとう、助けてくれて」
灰色狼のことを思い出してか、ブルッと震え、かまれた右手をさする。
「エルクさんは命の恩人だ。恩は返す。俺にできることがあったら言ってくれ」
「ジャンさん、エルクでいいよ。骨が折れてなくてよかったね。出来ることをしただけだから気にしなくていいよ」
「いや、エルク、に助けてもらえなきゃあのまま喰われていた。ほんとにありがとう」
「ほらほら、ジャン。恩返しは元気になることだよ。これお食べ」
ジャンの後ろからマイヤが声をかけ、肉を山と盛った器をジャンに押し付けた。マイヤの後ろをついてきたヘリが、大きな目でこちらを見つめてくる。
「あんたのために取っといたんだから、たっぷり食べな。あんたにとっちゃ格別の味だよ。なにせあんたに噛み付いた狼だからねぇ」
けらけらと笑うと、ヘリを前に押し出して言った。
「この子はうちのヘリ。あたしに似て可愛い子だろ。ほら、ヘリ、エルクだよ」
「初めまして、エルクです。よろしくね」
胸に手を当ててヘリに会釈すると、ヘリは顔を真っ赤にして後退さった。
「……」
「おやおや、おかしいね、いつもはおしゃべりをやめさせるのが大変なのに。エルクに惚れたかね。トピ、トピ。こっちおいで。息子のトピだよ。」
マイヤに呼ばれて、嫌そうにこちらに来て、僕をにらむトピにも会釈をした。
「エルクです、よろしく」
「……トピ……」
「なんだいそれ。あんたもエルクを見習って少しは愛想よくできないのかね。ついこないだまで、あんなに可愛かったのに」
マイヤのため息交じりの言葉に、一層トピの顔が険しくなった。
「じゃあ、食べた器は馬車までもってきとくれ。トピ、そろそろみんな食べ終わるから、洗い物始めな。ジャン、残したら承知しないからね」
「グッ……」
喉を詰まらせたジャンを見て笑うと、ヘリの背を押し、マイヤは誰彼無しに声をかけながら戻っていった。ヘリはこちらを何度も振り返り、トピは肩を怒らせて歩いていく。
振り向くとゴドが、僕を見てニヤニヤ笑っている。
「お似合いだなぁ。だが、オッシには気をつけろよ。おとなしいヤツだが、ヘリについちゃあな。トピには嫌われたか。まあ、エルクの魔法には俺でも感じるものがあるからな」
野営では地面に毛布を敷いて、マントに包まって寝る。取り出した毛布を敷き、自分の寝場所を確保すると、焚き火に戻った。
「エルク、魔力は回復したか? 今日あれだけのことをしたんだ、魔力切れには注意したほうがいい。今夜はこの番が終われば、休めるからもう少し辛抱してくれ」
ゴドがアドバイスしてくれたが、魔力は全然減っていない。普通の人はどれくらいの魔力量なんだろう?
聞いてみたが、魔術師ではないゴドには、よくわからないようだった。
夜の見張りと見回りについて教えてもらった後で、冒険者についてもいろいろと語ってくれた。
冒険者は魔石を求めて魔物を狩るのを中心に、護衛や採集などの仕事もこなす。
ゴドたちはベルグンの街をホームにして、「嵐の岩戸」というパーティーを組んでいる。本来は六人。魔術師は新しい短杖を作るために、今回は参加できなかったそうだ。
魔法は、長杖や短杖などが無くても使えるが、威力と効率を上げるために必要らしい。宝物庫にもあったから、機会があれば試してみよう。
見張りを交代して、寝床にいく。今夜はもう番はなく、朝まで寝ていていい。
毛布一枚地面に敷いただけでは、地面からの冷気とゴツゴツ当たる石が辛いなぁ。
空気と重力の魔法で、マットと掛け布団みたいなものをでっち上げる。身体能力の高いこの体は、あまり睡眠を必要としないが、脳の情報更新には眠ったほうが良いだろうね。
横になり宝物庫を確認する。
この世界で初めて出会った人、クラレンスからは毎日羊皮紙の手紙が届く。几帳面な字で要点だけを伝えてくれる。僕に派遣してくれる人選は済んだようだ。数名をよこしてくれるとあった。
『ガラン。今、大丈夫?』
『はい、エルク様。大丈夫です』
『僕は、これからノルフェ王国にあるベルグンの街に向かうよ。到着する日は未定だが、冒険者ギルドで冒険者の登録をする予定。冒険者ギルドで、ガランに言われてエルクを訪ねてきた、を合言葉に連絡を取れるようにしておく。クラレンスに伝えてくれないか?』
『はい、かしこまりました』
『そちらから、何か伝えたいことはある?』
『いいえ、特にはございませんが、お待ちいただけますか。今、クラレンスがそばにおりますので伝えます』
『ああ、待つよ』
夜空を見上げると、満天の星。雲がかかっているように見える天の川。別世界の銀河なんだろうなぁ。
『エルク様、お待たせいたしました。朝になったら出発させる、馬を使うので十日から十五日ほどかかるだろう、とのことでした』
『そう、わかった。じゃあ、またね。お休みなさい』
『ゆっくりとお休みになってください、エルク様』
黒竜ガランとの念話を終え、いろいろな事に思いをはせた。
ふと、前世の妻子を思い出した。
若い頃に出会い、いつも、いつでもふたり一緒にいた。怒らせてしまい、喧嘩もしたけど。いろんなことで笑いあったあの時の、あの嬉しかったこと。
望んで、望んで、やっとできた子。あの赤い顔。小さな紅葉の手。初めて笑ってくれた顔。なにかをじっと見つめている時の真剣な顔。
幸せだった。本当に幸せだった。
輪廻転生……。どこに生まれ変わっているだろう。幸せだろうか。
ぼんやりとそんなことが浮かんでは消え、ルキフェとの、あの出会いを想う。
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