世間を知りたい


 ゴドの後ろから、長身でこれまた髭面の痩せた男が、声をかけてきた。馬車から下りてきた男の一人だ。男たちは全員髭面か。むさ苦しいなぁ。


「ゴドすごいな! 灰色狼を全部倒したのか。護衛に頼んで正解だった」

「ジュストさん、俺じゃありません。この子が、全部倒したんだ。ジャンを助けてくれた」


 ジュストと呼ばれた男は、僕と介抱されているジャンを見ていった。


「こんな子どもが? なにを言ってる、こんな子どもでは無理だろ?」

「いいえ、全部、この子がやっつけた。俺は一頭も倒しちゃいない」


 ジュストは倒れている灰色狼を見渡して、頭をふった。


「見てみろ。この数で、それも、どれも大きい。あっちのなんか、この子の三倍以上もあるぞ。……この子が……本当か?」


 顔をしかめているゴドを見て、言葉が途切れる。


「おい、おまえ。おまえがたおしたのか?」


 ……おっ、その言い方なに? カチンとくるね。


 僕は肩をすくめてみせる。


「慌ててるんだろうけれどもねぇ。そんな口の利き方されたくないね。それが初対面の人に、ものをたずねる態度? 偉そうな物言いのあんたこそ、だれ?」

「なに!」

「エ、エルクさん、こちらはこの隊を率いるジュストさん。こちらは魔術師のエルクさんです。さっきの青い光は、たぶん防壁の魔法。狼たちを倒したのも魔法だろう? ジャンに治癒魔法も使っってくれた。エルクさんの魔法の力は大したものです」

「僕は魔術師じゃないよ。ってか魔術師ってのもいるのか。初めましてジュストさん。エルクです。よろしく」


 ジュストは間に入ってくれたゴド、僕と交互に目を向け、わずかに目を細める。


「フラゼッタ王国ジュスト商会、会頭のジュストです。エルクさん、失礼な物言いをしました。許してください」


 さすがは商人。即座に客に応対する態度に変えてきたねぇ。


「ジュストさん、僕こそ生意気な口を聞きました。ごめんなさい」


 ジュストが頭を下げなかったので、僕も下げなかった。

 つい前世の癖で頭を下げちゃうな。今はいわば海外旅行中ってことだよね。地元の習慣に合わせないとね。人付き合いの常識は、早めに身に付けたい。


「エルクさん。これだけの灰色狼を一人で倒すとは、お若いのに大した力です。どちらの魔術師ギルドでしょうか?」

「ジュストさん、エルクと呼び捨てで。ゴドさんもね。僕は魔術師じゃないよ。魔術師ギルドって、今、初めて聞きました。ああ、ジャンさんには安静が必要だよ。馬車に乗せたほうがいいよ」

「わかりました。運ばせましょう」


 ジュストは他の者たちに命じて、ジャンを運ばせた。


「ゴドさん、この灰色狼たちはどうします? 放って置いて、腐るのはまずくない?」


 僕はゴドに聞いてみた。


「うむ。これはエルクが一人で倒したものだから、好きにすればいいんだが」

「僕はあまりものを知らなくて。教えて下さい。普通はどうするの? 穴ほって埋める? 焼いて灰にする?」

「いやそんなもったいない。だが、これだけの量だからな。運べない時は魔石と、討伐証明になる尾か耳を切っておくが。ここで作業して、血の匂いに魔物が寄ってくるのもまずいし」

「ほぉー、魔石があるんだ。うーん、ゴドさんたちって今夜はどこか宿に行くの? 野営するの?」

「ゴドでいい。このあたりに宿屋はない。この先の野営地に泊まることになる。そこでなら川があるから解体できるが、持ってはいけないだろ? 街道からよけて捨てるか、焼くしかない」

「じゃ、持っていく。この子たちの毛皮って売れるかなぁ」


 そう言うと、ボスの横にしゃがみ込み毛皮を撫でた。気のせいか、死んで小さくなってしまったように見える。


 ……すまないね。犬を殺したのは初めてだ。次は良い転生を。


 しばらく頭を垂れ、背負っていたパックを下ろして、灰色狼たちを収納していく。


「エルク! そ、それは、アイテムパックか?」


 素っ頓狂な声を上げてゴドが驚いた。その声を聞きつけて、ジュストが走ってきた。


「アイテムパック……。それも容量が大きい。あれだけの灰色狼が全部入るなんて」


 入れ残しがないか周りを見て回った後で、二人のところに戻った。


「うん。師匠からもらったアイテムパックだよ。結構なんでも入って便利」


 本当は魔王城の宝物庫に入れてるんだけどね。時間経過がないから腐らないし。

 でも、入れる時にちょっと引っ掛かりがあった。

 無理に生きたものを入れると死んでしまうらしいから、狼たちの体にノミやダニでもいたのかも。引っ掛かりはアラームみたいなものかな。


「エルク、君はどこか行くところがあるのか? この辺りには人は住んでないはずだが」


 ジュストが聞いてくる。


「特にどこって目的地は決まってないよ。人の多いところに行って勉強してこいって、師匠から言われてるんだ」


 三人は、馬車が集まっている方に歩きだした。


「エルク、私たちはベルグンの街に行くところだ。良かったら護衛を引き受けてくれないか? すまんゴド、君を信頼していないわけじゃないんだ。だがあの灰色狼の数はおかしい。多すぎるし、大きすぎる。用心のためにエルクに護衛を頼みたいんだ」

「ええ、わかります。エルク、とりあえず野営地まで一緒に行ってくれるか?」

「はい。もちろん。ジャンの様子も確認しておきたいしね」


 四台が集まっているところに来ると最後尾の馬車の戸が開き、中から赤毛の豊満な女性が顔を出して呼びかけてきた。きれいな女性だ。


「ちょっとゴド、その子はどうしたの? どこから連れてきたの? さらって来たんじゃないだろうね!」


 問いただすようなその声に、ゴドは怯んだようだ。


「マイヤ、人聞きの悪いこと言わんでくれ。俺たちを助けてくれた魔術師のエルクだ。こっちの美人はマイヤ、オッシの嫁さんで」

「魔術師! だって子どもだよ、ゴド。うちのヘリより、ちょっと年上なだけじゃないか!」

「その子どもが、灰色狼を一人で全部倒してくれたんだ。ジャンも治して」

「一人で全部? 馬鹿なこと言っちゃいけないよ! そんな可愛い子がそんなわけないだろ。あんた頭でも噛られたのかい。まさか、あんたの子じゃないだろうね。ジャンはあたしが見てるけど。それがおかしいんだよ。ジャンの服は血まみれなのに傷がないんだよ。狼の血かとも思ったんだけど。ああ、骨は折れてないみたいだよ。まったくあんな数の狼が出るなんて」

「あ、あのマイヤさん、僕、エルクです。ジャンの傷は塞ぎました。もう出血は止めましたので大丈夫だと思います。でも体温が下がって死ぬこともありますから、注意してください」


 ようやく口が挟めた。


「あんた、エルクかい。マイヤでいいよ。良く知ってるね。そういうので死ぬのはたくさん見たからね。まかせときな」


 僕はため息をついて、さらに続けようとしたが、マイヤが早かった。


「エルク、あんた喋り方といい、知ってることといい、いいとこの子かね。うちのトピにも見習ってもらいたいもんさね。この辺りに人は住んでないけど、親御さんはどこだい? あたしたちと一緒に来るかい? 次の村まで二日はかかるよ」

「マイヤ、マイヤ。エルクとちょっと話があるんで前に行くよ。エルクも野営地まで行くから、後でな」


 ゴドに助けられて、マイヤから脱出できた。ジュストも苦笑いしている。

 マイヤの家馬車の窓。さっきの少女が頬を染めて、こちらを見ているのに手を振り、隊商の前方に歩いていく。


「マイヤは興奮するとああなる。普段はあんなしゃべり方じゃないんだが。エルク、嫌わないでやってくれ。優しい美人さんなんだ」

「はい。怖かったのでしょう。もうちょっとで追いつかれるところだったから」

「ああ、息子と娘が襲われることを心配したんだろう」

「息子と娘……家族で馬車に?」

「オッシの一家は行商しながら、歌ったり踊ったりしている旅芸人だ。マイヤ似の子どもたちだから美男美女になるだろうなぁ。オッシもそろそろ腰を落ち着けたほうがいいんだが……」


 ゴドもおしゃべりなのか、マイヤのように怖かったのか。聞くのは止めておこう。


「エルク、私の馬車に乗ってくれ。ゴド、交代で馬車に乗ってもいいぞ。馬に水をやったら出発だ」

「はい、ありがとうございます、ジュストさん。交代で乗せてもらいます」



「よし、出発だ!」


 ジュストが声をかけて、僕と一緒に荷台の後ろにある出っ張りに腰掛けた。

 動き出してわかったけど、馬車は乗り心地が悪い。大きく揺れる。おまけに街道にわだちがあり、つかまっていないと落ちそうだ。寝かされてるジャンが心配だね。


「エルク、さっきの護衛の話、受けてくれないかな。護衛代はそう出せないが」

「ええと。……いくつか確認したいことがあるけど、ベルグンという街までは護衛を受ける方向で検討します。ただ正式なお返事は確認が取れてからでいいですか?」

「確認をとってからか……ああ、いいとも。……君は礼儀を知っている。いい教育を受けてきたようだね。良家の出身なのかな」

 

 前世は大人だからね。子どもの言葉づかいって、意外と難しい。

 僕は頭を振って言った。


「僕は、孤児だよ。拾われてから今までずっと、森の中で魔法の師匠と暮らしてた」


 ルキフェと考えた設定を話した。


「師匠以外の人とは会ったことがないんだ。師匠も世間に出ずに魔法の研究をしていたから、世事に疎い。いくらか魔法が使えるようになったので、世間に出て学んでくるようにと言われて旅を始めたばかり」

「ほう、魔法の師匠に。……エルク、そのアイテムパックだが……売るつもりはないかね。相応の金額を出すが、どうかな?」

「このパック? ふふふ、買ってもジュストさんは使えないよ。僕以外は出し入れできないようになっているから」

「そうなのか? 君以外は出し入れできないのか。……ではどうだろう、私の商会に雇われ……いや、すまん。つい悪いこと言ってしまった、忘れてくれ」

「いえいえ、商売向きな魔道具なのは、僕にも分かるよ。けどもっと勉強したいのでね。誰かの下につくことはできないんだ。それがどんな人でも」

「……そうか、護衛を受けてくれるだけでも、ありがたい」

「はい。あ、そうだ。ジュストさんは旅の間は忙しい?」

「いや、考えねばならないことは多いが、特に忙しいわけではない」

「じゃあ、護衛代金をいくらかまけるから、僕に色々教えてくれませんか?」

「こうして話をするのは気が紛れる。私に教えられることならかまわんよ」


 ジュストがニヤリと笑って言い添える。


「教える代金は高いぞ」

「お手柔らかに。では、お願いします」


 こうして世の中の事を教えてくれる先生を確保できた。



 ガタゴトと進む四台の馬車を、五人の男たちが守って歩く。

 一人が先行し、前に二人、後ろに二人。歩いているのはゴドの仕事仲間なのかな。

 ベルグンという街まで歩いて移動か。空を飛べば早いが、人と関わりを持つならこの先は徒歩旅行だ。この体なら体力は十分だろうな。


「ジュストさんはフラゼッタ王国の方なんですよね。ここはノルフェ王国でしょ? 国を超えて商売をするんですね」

「ああ、利益になればどこにでもいくよ」

「国を超えるとき税がかからないの? 税がかかっても利益になるの?」

「昔は税がキツイかった。今はそうでもない、と言いたいところだが、ここ数年は雲行きがあやしい。まあ、上手くやってるがね」

「ふーん。僕は物を買ったことがないんです。師匠がお金を持たせてくれたけど、どうすれば物が買えるのか知りたいです」

「そうか、エルクは人に会ったことがないんだったね。物の買い方から教えてあげよう。集落や村では物と物を交換している。ある程度人がいて店があれば、お金と物を交換する。どちらも買うってことだね。お金は通貨、十テラ、百テラと数えるんだ。通貨があれば物をいっぱい運ばなくてもいいから、商売の中心は通貨になる。金、銀、銅貨の種類があって、それぞれ大、中、小硬貨がある。まあ、中硬貨は、どれもほとんど使われないな」

「ふむふむ。あ、これが持たせてもらったお金です」


 僕はパックから革の小袋を取り出した。宝物庫に入っていた硬貨を、あらかじめいくらか小分けにして入れておいたものだ。

 金貨と銀貨を取り出して、ジュストに見てもらう。


「……中金貨と中銀貨かな。いや、小? でもこれは……かなり古い時代のものかな。彫られている意匠に見覚えがない。金と銀の価値はありそうだが。かなり大きな街の両替屋か大商店でなければ、使えないかもしれない。村や小さい街だと偽物扱いされるな。私もこれで支払われても、すぐには受け取れないな」

「そうですか……」


 ありゃりゃ、金がない、ということになっちゃった。他にも宝石や装飾品もあるが、これも大きな街でなければ換金できそうにないねぇ。


「さっきの灰色狼はお金になる?」


 ゴドも、焼いてはもったいないと言っていたから、望みはありそう。


「毛皮も部位も売れるだろう。なにより魔石が売れる。私もいくらか運んでるよ。需要のあるものだからね。あの数だ、しばらくの旅費には困らないだろう」

「そうなんだ。魔物を狩ればお金になるのか」

「ゴドたちに今回は護衛を頼んだが、本来冒険者は魔物を狩り、魔石を集めるのが仕事だ。詳しくはゴドに教えてもらうといい」

「うん、わかった。じゃあ……」


 僕は硬貨をしまうと、次の質問を始めた。

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