隊商と出会う


 笑顔にほだされ、僕は話を聞き、白い猫に手を貸すことにしたんだ。僕の手には肉球がないけどね。


 十歳の子ども「エルク」に転生した。異世界に。

 大人の事情があって、自分のことを「わたし」から「僕」と呼ぶ習慣を身につけることにしたしね。十歳が「わたし」じゃあねぇ。

 強健な体。自分の魔力に加えて、ルキフェの魔力をもらって、いろいろと魔法も使える。魔法は、ほんと練習のしがいがあるよ。空まで飛べたし。



 今はノルフェ王国の上空にいる。

 この大陸の北、キノコの「かさ」みたいに突き出した大きな半島。スカンジナビア半島みたいかな。半島全部が、魔王国だそう。


 半島の付け根の西側。北から南に長く伸びる絶壁があり、魔王国側がとっても高くなっている。その断崖がノルフェ王国との国境らしい。

 海近くに崖を下るわずかな谷の切れ目があり、防柵と砦らしきものが作られていた。周辺には集落や村、街らしきものはない。

 崖と砦は、空を飛んで越えた。海岸沿いをさらに西に向かう。飛行中は光学迷彩のような隠蔽魔法を使った。


「見られてないよね。空の僕を探知する方法ってあるかなぁ。知らないというのは、怖いんですけど」


 目の前には湿地が東西に広がっている。

 北は海に面し、南は広大な黒い森。湿地と森の間を添うように乾いた土地があり、街道らしきものがある。



 僕の探知魔法に気になる反応があったので、空から降りて森の中を街道沿いに走る。

 街道に複数人の人間と動物、その周りに三十ほどの魔物。

 灰色狼という魔物のようだ。普通の灰色狼とどう違うのかわからないが、商人が襲われているのかもしれない。崖の砦からここまで、集落のようなものはなかった。


 馬車が見えた。四台ほどが、灰色狼に追われている。馬車は前方の三台が幌付きで、最後尾はロマワゴンと似た、家を載せたような馬車だ。

 男たちが柄の短い槍を持って、四台を守るように走っている。

 その後ろを扇形に広がって灰色狼が追う。灰色狼は体高が大人の胸のあたりまである。先頭のは、人の背丈を超えているなあ。あれボス?


「ダメ! 遅れたら置いていかれる! 遅れないでついてって!」


 最後尾の馬車から女性の大声が響いた。家馬車が遅れ始めたようだ。

 灰色狼は慌てていない。遅れる馬車を狙うつもりらしい。


「馬を抑えろ! 走れなくなったら終わりだ!」


 馬たちがパニックで全速を出さないよう男の声がかかる。だが、追いつかれるのは時間の問題に見える。

 灰色狼たちは太い尻尾を地に這うようにし、頭を低くした前傾姿勢。全力で追うのではなく、時にはゆるく走り、獲物の挙動を観察する。真っ赤な目は、獲物のどんな動きも見逃さない。取り巻いて寄せてくる。


 走る男の一人が、つまずいたのか派手に転んだ。


「ジャン! クッ、起き上がれ!」


 ころんだ男に灰色狼が飛びついた。足首あたりに噛みついて首をふる。もう一頭が槍を持つ手に噛みついた。二頭でいたぶるように馬車のうしろを引きずる。


 こらえきれず、僕は森から家馬車に向かって低く跳び出した。

 家馬車の横にでる。開け放たれた格子窓にしがみついている、赤い頭。

 赤毛の少女が僕に気がつき、びっくりした顔になる。目が合う。


『助けるから大丈夫!』


 少女に微笑みかける。あ、念話だった。

 家馬車の横で直角に曲がり、地を這うように灰色狼めがけて飛ぶ。灰色狼に引きずられているジャンに怒鳴った。


「助けます!」


 男たちの顔が一瞬ゆるんだが、声の主が子どもだと知ると表情が険しくなった。


「子ども! 馬車まで走れ!」


 男たちの一人が僕に向かって叫んでくれる。ころんだジャンに声をかけた男だ。


「防御の魔法をかける!」


 僕はそう声を張り上げ、手をかざした。青い光がジャンを包み、灰色狼を弾き飛ばした。青い光は馬車と走る男たちも覆う。


「その光の中なら、攻撃は届かないから! 落ち着いて!」


 ジャンの傍に駆け寄ると、灰色狼たちは一斉に僕を目指した。うまく自分だけを目標にさせることができたようだ。ヘイト関連も勉強しないとだね。

 足を止めて、灰色狼たちが追いつくのを待つ。


 最初に駆け寄ってくる灰色狼の延髄に狙いを定め、魔法で細い光の矢を撃つ。

 僕から放たれた光の矢が筋を引いて飛んでいく。キュキュと屈折し、背後から首筋の延髄に当たる。

 命中すると、「パンッ!」と音がして、狼は声もあげずに倒れ込んだ。

 残った狼の延髄も、全てロックオン。高速連射。

 何本もの光の筋が広がって、あるものは曲線を描き、あるものは鋭く折れ曲がり、灰色狼たちの背後から首筋に吸い込まれるように命中した。


 ボスの灰色狼は、背後からの光を上手く横にさける。

 さけられた光の矢が、ボスを追尾する。ボスは逃げ回り、上から光の矢が来るタイミングで鋭く右に跳んでかわし、光の矢は地面をえぐった。


「あれぇー。よけられちった。弾速が遅いかなぁ。まだまだ甘いな」


 足を止めたボスは、鼻にしわを寄せ、大きな牙を見せて低く唸り、こちらをにらんでくる。


 ……大きいなぁ。一呑みにされそうだ。生きるため人を襲うのは仕方ないよね。ごめんね、こっちも魔王として従わせると、面倒なことになっちゃうんだ。


 ゆっくりと歩いてボスに近づく。

 真っすぐ跳びかかってくるボスを、ギリギリで横にかわす。「ヒュ!」と耳元で音がする。熱い息が顔にかかる。

 かわして跳び退り、距離を取る。ボスは右に左にと不規則に動きながら、突っ込んでくる。先ほどと同じようにかわすと、ボスは予想していたのか、僕が着地したところへ体をひねり、噛みついてきた。

 ボスの牙を際どいところで避けて跳び、手を伸ばして首の後ろに触れた。


 ……ごめん。


 脳髄に至近距離から光の矢を撃ち込む。

 「バシッ!」と鈍い音がして、大きな体が硬直し、「ズシンッ!」と地に伏した。

 ボスはしばらくヒクヒクと痙攣けいれんし、やがて動きを止めた。


 僕は、周りを探知して危険な魔物がいないことを確認して、防御の魔法を解除する。

 手をかざす動作と防御に青い光を付けたのは、無詠唱を隠すためと魔法を使うアピールだな。


 男たちが荒い息をしたまま、槍を構えて近寄ってきた。離れたところに馬車が止まり、何人かが降りてこちらに向かってくる。


「……全部……倒したのか?」

「えっ? 倒しちゃだめだった? あっ、さっきのひと大丈夫かな」


 僕はジャンに近づいた。地面にしゃがみ込み手を押さえている。指の間から血が流れ出ている。左足はズボンが裂け、ひどく血を流していた。


「治癒魔法を使うよ。傷を見せて」


 ほうけた青い顔でこちらを見上げるジャン。押さえた手を無理にどけて、傷口に手をかざした。鑑定魔法が傷の具合を教えてくれたので、血管も神経も何もかも元に戻るように魔法をかける。

 足の傷も同じ様に傷口を塞いだ。手も足も腱と動脈が傷ついて、意外に出血が多い。ただ、傷は深いが、骨は折れていなかった。


「……治癒魔法だと? 子どもだぞ?」

「灰色狼をどうやって倒したんだ? あの子から光が飛んでいったけど!」

「青い光は何だったんだ?」

「だれだ、あれ?」


 集まってきた男たちが話している。治癒魔法はやりすぎだったかな。でも、目の前で苦しまれてもねぇ。


「傷は塞ぎましたが、出血と痛みのショックで死ぬこともあります。しばらく馬車に乗せて、安静にしておいたほうがいいですよ」

「お前は何者だ? 治療師か? どうやって狼を倒した?」


 ジャンが転んだ時に声をかけた男が、大声で聞いてきた。


「いきなりそれですか。助けた礼じゃなくて?」


 僕がため息をつくと、男がハッとした。


「あ、いや、す、すまない。ジャンを助けてくれてありがとう。おかげで助かったよ」

「いえいえ、どういたしまして」


 荒っぽい見た目だけど、悪い人じゃなさそう。大柄で筋肉質、濃茶の髪に鋭い灰色の眼、顔の下半分が髭だ。


「俺は銀証冒険者のゴドだ。怪我をしたやつはジャン」

「僕、エルクといいます。冒険者ですか? へぇー、冒険者って職業? あるんだねー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る