魔族


 いくつかの集落、その多くが焼けた家屋跡しかない集落を通り過ぎる。


 土塁と丸太、石材で作られた高い街壁の街についた。

 空堀の跳ね橋は降ろされ、門が開かれている。手入れが悪く、崩れた部分や黒く焼け焦げている所もあった。

 門の前には多くの人が並び、通行税を払わされている。汚れた格好の門衛が声を荒らげ、中には槍の石突で打たれている者もいた。

 僕らは冒険者証を見えるようにして騎馬の列に並ぶ。通り抜けようとしたところで大声がかかった。


「待て!」


 大柄な男が槍を横にして道を塞いだ。たぶん僕だね。


「そこの子ども! そんな子どもが冒険者のはずがあるか! 通行税を誤魔化そうとしても駄目だ!」


 僕は大げさに天を仰いで見せる。まあ、お約束かな。


「待ってください! 冒険者証を確認します! 待ってください!」


 門の横に立っていた男性が、慌ててとんでくる。胸に大きく冒険者ギルドの紋章がつけられた、ビブスか、サーコートのような物を着ていた。痩せ気味で疲れた顔をしていて、若いのか歳を食っているのかわからない。

 僕は下馬し、銅証を渡した。魔道具で確認してくれる。


「間違いありません。ベルグンの街、銅証冒険者です! さあ、どうぞ、お通りください」

「おい! 俺が待てといった! 逆らうのか!」

「ですが、よろしいのですか? 冒険者ギルドと冒険者に何かあれば、この街には魔石が入らなくなりますよ? ヨリック様もお望みじゃあないでしょう?」

「ぐっ……」

「では、よろしいですね」


 冒険者ギルドの職員はそのまま僕と並んで歩きだす。


「エルク様ですね。冒険者ギルドのモギルナといいます。ベルグンのホルガーから連絡は来ています。ここカルス騎士領はギルドが縮小してきています。男爵領が騎士領に格下げになりましたから。ヨリック・カルス、ここの頭目にご注意ください。愛人のイーリスにも」


 小声の早口で忠告してくれ、門へと戻っていった。

 でもねぇ、騎士だよね? 「頭目」って。ここの言葉でも、良からぬ集団に使うんだよね。


「ヴィエラ、集合場所は?」

「ボルイェ商会ですが、ここでは小さな店、ボルイェ雑貨店です。先に冒険者ギルドに寄りますか?」

「いや、先にボルイェだな。みんなの顔を見てからギルドに行くよ」


 騎乗してボルイェ雑貨店を目指す。ラドの部下を加えて、十名が「大鹿の角」として動いている。他にも数名をベルグンの街でパーティー登録している。



 ここズヴォレの街、第一印象は一言。

 汚らしい。

 何処も彼処も手入れされておらず、家の壁は汚れ、道にはゴミが散り、敷石が剥がれて泥まみれ。汚水と思しき水たまりも出来ている。

 歩いている人々の表情も不機嫌。肥えた野良犬や野良猫が、物陰から人の様子をうかがっている。

 ただ、門の広場にある剣を握った拳の像だけは綺麗に掃除されて、花も飾られている。この汚れた街にも花を育てる人はいるんだな。


 ボルイェ雑貨店は比較的キレイに手入れされているが、薄汚れているのは変わりない。

 ベルグンの屋敷からすると、周りに合わせて、目立たないようにわざとなのかもしれない。店の間口は狭いが奥へと深く、意外と広い店だ。

 僕らが最後で全員が揃った。店主と従業員が応接室で歓待してくれ、いろいろとズヴォレの状況を話してくれる。

 橋の集落のような強盗は、珍しいことではなく、街も領地も徐々に衰退しているという。

 領地を獲物としかみていない。食いつぶしたら、次を求めるのか。


「さて、みんな、こっちに集合で」


 雑貨店で興味深そうに商品を見ていたアザレアたちを、応接室に呼び入れる。


「ズヴォレの街、ボルイェ商会オロフさん、歓迎感謝します」


 中年の小太りおじさんが、ニコニコ笑いながら礼を返してくれた。一見人が良さそうに見えるけど、目がね。ある一瞬、鋭くなるんだ。


「ラド。オロフさんも? 従業員さんたちもかな?」

「はい。全員、同じ傭兵団です」

「わかった。改めてよろしくね。さて、僕らはこのズヴォレの街で実地演習をしようと思うんだ」

「エルク様、街中まちなかで、演習ですか?」


 オロフは、ラドを見て不思議そうな顔をしている。


「オロフ、エルク様は私たちの、密偵の技量を買ってくださっている」

「ラド、オロフさんも、敬称は無しにしよう。とっさの時におかしなことになるからね」

「はい」

「オロフに、もう少し説明が必要かな。僕ら『大鹿の角』は、便宜上作った冒険者パーティーだよ。本職の冒険者じゃない。その目標は魔物じゃないんだ。世界の情報を集めることなんだ」


 オロフを見て話しだしたけど、本当のところはラドに聞いて欲しいことだ。僕について、何も尋ねてこないラドに。


「僕は人間に見えるだろう? でも、僕の種族、実はよくわからないんだ。魔族や人間、いろいろ混じり合っている混血なんだ」


 ま、ホムンクルスのデッカイの、人造人間かな。あ、魔王造人間? いや、魔造人間? 魔造人間エルク。病っぽくて、いい。


「ラウノは魔族。アザレア、オディーはエルフ族。魔族の一部族だったね。つまり、ここにいる全員が、魔族だよ」


 ラドは無表情で聞いている。


「世界の情報を集めたい理由はこうだ。魔王ルキフェ様は、いつか復活するだろう。その時、討伐軍が魔王国に侵攻してくる。それを防ぎたい。魔王国国民に被害が及ばないようにしたい」


 ラド以外の傭兵団全員が、顔を見合わせている。


「そのために、情報を集める技術を実地で訓練したい、それが実地演習だよ。ノルフェ王国内の貴族の関係性、地理的情勢、特に政治と経済、軍について知りたい。手始めにヨリック・カルスを丸裸にしたいんだ」


 ラドがオロフにうなずいた。


「オロフ、隣の宿は空けられるか?」

「あれ? 隣は宿屋なの?」

「はい。私が経営しています。ラド、幾人か客がいるが、移ってもらおう。費用こちら持ちで、もっと良い宿に移れるなら文句は出まい」

「ああ、そうしてくれ。エルク、必要な物は『蛇の牙』と同じでよろしいでしょうか?」

「うん。そうだな宿全部がこちら側なら、作戦本部として一室を使わせてもらおう。そこにこの板より大きいものを何枚か用意して」


 僕はベルグンの街で作った関係図を取り出してみんなに見せた。今回は人数が多いからいろいろとできそうだ。


「僕がみんなにして欲しい事は、情報収集、分析、評価、作戦立案、実行、実行後の効果と影響分析。それから、将来予測だな」



 その日のうちに宿の客に移ってもらい、僕たちが借りきった。次の間付きの部屋を作戦本部に設えたんだ。


「ラド、教えて欲しい。どうやって情報を集めているか、手法をもっと教えて欲しいんだ。知識の提供料、教授料は別立てて請求して欲しい」

「……わかりました。ズヴォレに常時いる人数は少ないですが、騎士領になったことが、いえ、新王が私たちにどんな影響を及ぼすのかを注視しています。演習の基にできるでしょう」



 六日間かけて、実地演習を行ったんだ。希望通りにヨリック・カルスは丸裸に出来た。ちょっと表現に語弊があるけど、愛人のイーリスも。

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