水と氷

火の粉を払う


 街道で、大きな荷物を担ぎ子どもの手を引いて、とぼとぼと歩いてくる人々と出会った。

 手押し車に老人を乗せている人もいる。皆、痩せこけ、ボロをまとって薄汚れている。

 僕ら「大鹿の角」の騎馬に気がつくと、全員が道を外れ森の中へと逃げていく。


「うーん?」


 小休止の時にラドに尋ねてみた。


「逃げているのでしょうね」

「ひとりふたりじゃないですね。一家総出、いえ、人数からすると集落全部でしょうか」


 ラドの答えにメルヤが続けた。ベルグンから、ラドの部下が加わっている。


「あれかな?」

「ええ、ヨリックでしょうね」

「そんな名前だったねぇ」


 権力と暴力装置を握った悪党。やることは、どこでもみな一緒ってことだな。他山の石。気をつけよう。


先遣せんけんからの報告にあった、逃げ出す者があとをたたない、なんでしょう」

「……嫌な予想だけど、逃げだした方も、職変えしたってことも?」

「あるでしょうね」


 ベルグンから王都へ向かう街道をラーデヤール公爵領へと向かう別街道へと折れる。それから五日。

 もう公爵領に入ったはずが、領地替えがあったらしい。

 叙爵に関する王令があり、このあたりは新しい騎士領になったという。ラドの部下に、周辺の情報を集めてもらって知ったことだ。

 その騎士については、あまり芳しくない噂が流れてきた。



 丘の向こうに黒い煙が上がっている。近づくと集落があり、そこの一軒が燃えていた。

 集落の手前、川にかかる橋に丸太が置かれ塞がれている。欄干や丸太には焦げた跡が残っているが、橋は渡れるようだ。争いがあったんだろうな。

 橋のすぐ横に縄を張り渡した、沈みそうな筏の渡しがある。数人の男たちがこちら岸にいるが、僕らを見て剣を抜いたね。 


「止まれ!」


 髭面で、汚い服と手入れの悪い革鎧をつけた大男が声を掛けてきた。


「橋は通れねえ! この渡しを使いな!」

「こりゃまた、大勢さんで。ひとり大銀貨二枚だ!」


 汚い無精髭の小男が渡し賃を要求してくる。ま、小男と言っても僕より大きいけどね。


「いやまて! 馬もいるしなぁ」


 最初に声を掛けてきた大男が、アザレアたち女性陣に気づき、ニタリと下卑た顔になる。


「ひとり小金貨三枚だな。全部で、えーと、いくらだ?」

「あ? いや、ひとり、ふたり、さん……」

「ええい、三十! 小金貨三十枚置いていきな! それと馬も!」


 僕はみんなを振り返り、肩をすくめた。


「まあ、そのネエちゃんたちはただにしてやるぜ。てか、ここに残りな」

「ひゃーはははっ!」

「いいねぇー」

「男三人は筏だ。馬とネエちゃんたちは、オレたちが面倒見てやる」

「おお、面倒見てやるぜ! タップリとな!」

「ひゃははは!」

「おりぁ、あの先頭の小娘がいい!」


 ……先頭の小娘? だれ? 僕? 


 馬上から男たちと筏を見ていて気がついた。

 筏に乗っている渡し守。泥まみれのボロ服に、ひどく殴られたような顔をしている。僕らを見ないように視線を逸しているが、竿を持つ手は、拳が白くなるほどの力が込められている。


 橋の袂に、血にまみれたいくつかの荷物が置いてある。男たちの革鎧にも返り血を浴びた跡がある。まだ濡れているものも。

 少し手前で落ち合った先遣の報告で知っていた。通りかかる商人や旅人を襲っている。斬り殺し、死体を裸にして川に流しているのを見た、との報告を受けている。


「それって、法外な値段ねぇ」


 うっすらと微笑むメルヤに、男たちがニヤニヤする。

 メルヤは栗色の髪で悪戯っ子のような緑の目をした、にこやかな女性。魔族の剣士だが、彼女の火魔法はラウノより詠唱が速いんだ。 


「上流に渡れる浅瀬があるんじゃない? ここ通る必要ないしね」


『こいつらを釣り出すよ。バラけたところを各個撃破で』


 念話でみんなに指示を出す。


「浅瀬なんか無い! 馬をおりろ!」


 僕らは男たちを無視して、常歩なみあしでトコトコ上流に向かう。


「あ、待てコラ!」

「追え!」


 泡を食った男たちが、抜き身を手に追いかけてくる。

 塊がほどけ、走ってくる男たちが一列になったところで、先頭の僕が馬首を左にめぐらす。抜剣し拍車をくれて駆けさせ、パーティーメンバーの横をすり抜ける。

 迫ってくる僕を見て、足を止めた男たち。その最後尾、大男の顔を素早く突き、馬体で吹き飛ばす。

 他の男たちは、ひとりずつ二頭一組に挟まれ、左右からの剣を浴びる。


『確実に全員が死ぬよう、とどめを刺しておいて』


 短時間で全員、息の根を止めた。


「うん。連携の訓練通り上手くいったね。今後も想定を変えて練習しようね」



 橋まで戻り、ポカンと口を開けている渡し守の前で下馬した。


「あなたはあの集落の人?」

「ばび、ぞぐでず」

「ひどく腫れてるね。治療するよ」


 僕は手をかざして、渡し守に治癒魔法を使う。痛みがなくなったことに驚いてた。



「あそこにはまだあいつらの仲間がいる?」

「ええ、三人、残っています」

「ふむ。アザレア、ふたり連れて行って偵察を。三人以外にいるか確認をお願いね。状況によっては退路を塞いでね」

「はい」


 アザレアはリトヴァ、オネルヴァに合図して馬を降り、三人は駆け出した。リトヴァとオネルヴァはラドの部下、エルフの狩人だ。

 ふたりの技量はアザレアに劣らないんだ。でも、普段の獲物は魔物じゃない。人を狩るのが仕事だって。


「よし、障害物をどかそう」

「了解しました」


 アザレアたちが欄干の影を走り抜けたのを見定めて、騎乗した僕たちが音高く橋を渡る。

 集落の広場に来るまでに、いく人かの倒れている人を見かけた。全く動かずに地に伏していて、地面は黒く色が変わっている。



 広場のはずれから、リトヴァがこちらに顔を出した。

 燃えている家を片手で指し、サムズダウン、親指、人差し指、中指の三本を上げた。自分の首を掴んだあと、親指を折って四本の指を立てる。

 僕は親指と人差指で丸を作り、「了解」と返事をする。


 集落全体が薄く煙り、血の匂いと肉の焼ける匂いが混じっている。半開きになった戸から倒れた人の足だけが出ている家もあった。


 燃えている家の前に、椅子を出してこちらを向いて座ってる者がいる。

 無帽だが鎖帷子を着て、柄の長い戦斧を担いでいる。その脇に抜き身を手にした男がふたり控えていた。

 足元には裸の女性が四人、這いつくばっている。体は痛々しい傷や痣だらけだ。


『作戦変更。女性たちの安全を優先する。僕が三人を足止めする』


「なんだお前らは。橋の衛士はどうした? 役立たずめらが」

「衛士? そんな御大層なもんだったの? あの汚い奴らなら、僕らが始末しといたよ。手間を掛けさせられて、まったく迷惑なんだよねぇー」


 僕の声に鎖帷子が立ち上がろうとした。だが、いくら力を入れても椅子から立ち上がれない。踏み出そうとした脇のふたりも動けない。腕もあげられない。


「な、なに!」

「動かない!」

「あ、うるさいからちょっと黙ってて!」


 がきんっ!


 声を上げようとした三人の口は、大きな音を立てて閉じられた。僕は燃えている家に手をかざし、大量の水で消火した。


「よし。みなさんを介抱して」


「この三人以外には誰もおりません。住人らしき姿もありません。集落の反対側をオネルヴァに見張らせています」


 合流したアザレアが報告してくれる。取り出した毛布で女性たちを包み、水を飲ませた。

 渡し守が追いついてきて、震えている女性たちを気遣う。僕はその様子を見ていて沈んだ気持ちになった。



「さて、そんなふうに、ムームー唸ってもね。もう終了だよ、あんたたちはね。武装解除で暴れられても面倒だね」


 そう言って、僕は男たちの手首、足首を関節から切り落とす。

 見ていた人質の女性たちが大きく目を見開いて驚愕するが、暗く獰猛な表情になる。


「死なれても勿体無いしなぁ。血止めしたら、裸にして尋問練習ね」


 ラドたちが男たちを丸裸にして、個別に尋問するため三方に引きずっていく。



「エルク、終わりました」


 ラウノが報告してくれる。この先に待ち受けるものについて、情報を集めさせたんだ。

 三人とも強情だったらしく、切り落とされた手足の傷がまた開いて血を流している。ラドの尋問実地訓練だからねぇ。痛みは人を正直にするよね。

 ああ、腰のあたりからも血を流しているね。剥ぐはずの爪は全部先に切り落としちゃったからね。僕もまだまだ訓練が必要だよ。



 みんなに橋にあったものや、三人の周りに集められていた荷物を検めさせた。

 個人を特定できる物を探してもらう。遺族に知らせがいくよう各ギルドに預けたい。金は僕らのものにした。所有者不明の物は、発見者が自分のものにできる習慣があるんだ。

 渡し守と女性たちには、集落の所有物を渡した。武装もさせる。男たちの馬に乗って、ここから離れることを勧めた。

 五人は顔を見合わせると、渡された剣を抜き、裸の三人に近づいていく。


「さあ、僕らも行こう。ここからは訓練通り二人一組で。先頭出発!」


 僕らは順次集落を出る。

 後にした集落からは、いつまでも男たちの悲鳴が響いてきた。

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