赤い布


 短期間の調査でも、ヨリックが残忍で欲深いことがよくわかった。調べれば調べただけ、生臭い所業が出てきた。

 前世にもたくさんいた悪党そのものだったよ。


「では、この目標でいいかな? 作戦も?」

「はい」

「オロフ、街長じゃなくて良いんだね」

「街長は信用おけません。第二のヨリックになりかねない息子がいますので。高齢ですが、部下と息子がしっかりしていている商業ギルド長が良いでしょう」

「うん。じゃ、始めようか」



 作戦本部に連絡係が入ってきた。


「予定通りです。冒険者ギルドへ向かうようです」

「よし。じゃ、メルヤ、こっちも出よう」

「はい」



 ズヴォレ街門の広場に面した冒険者ギルド。その建物は、ベルグンよりだいぶ小さかった。


 ラーデヤール公爵領、公都に支部があり、ズヴォレは支所という扱い。それでも綺麗に手入れされ、汚れた街中では浮いている。 

 中では冒険者が掲示板を見たり、軽食を取ったりしている。ボルイェ雑貨店の従業員も、そうそう、ボルイェ雑貨店のご近所さんたち、街の人もかなりいる。

 僕らは目立たないマントにフード姿で掲示板を見ていた。

 受付カウンターは女性ではなく、疲れた顔のおじさんと入街するときに門にいたモギルナが事務仕事をしていた。


 表からドカドカッと重い足音がした。

 振り向いてみると武装した男たちが入ってくる。

 皆、革兜、革鎧を装備している。だが警備隊のようにお揃いの物ではなく、色も形もバラバラで、見るからに手入れが悪い。体に合っていない真新しいものもあるが。


 入ってきたのはおよそ十人。その中で最も大兵肥満の口ひげの男。

 こいつだけ上半身が鎖帷子だな。太りすぎの腹で鎧が合わないらしい。強面の顔といい、目つきといい、傲慢ごうまんが歩いているようなもんだね。


 男たちの中のひとりが、疲れた顔のおじさん、支所長のタビオに近づき声を荒げる。


「タビオ! 魔石は用意しているだろうな!」


 目を上げたタビオは、ため息をついて言い返す。


「何度も申し上げましたが、現金との引き換えです。現金をご用意ください」

「ヨリック様の証文は渡しているだろうが!」

「あれでは、魔石をお売りできません。証文はお返しします。現金のみです」

「この! 逆らうのか! ご領主様だぞ!」

「どなたでも同じです。たとえ司教様や王様であろうとも。冒険者ギルドは、掛け売りでの取引はいたしません」

「この!」

「まあ、待てケネト。タビオはよく理解していないようだ。なあタビオ、何に逆らっているのか理解していないんだな、おまえは」



 僕は彼らの会話を聞きながら、忠告をくれたモギルナのところに行く。受付のカウンターに広がっている男たちの前でマントを脱ぎメルヤに渡す。


 今日の格好。

 ベルグン伯爵館に着ていった物よりも明るい赤の軍服。更にケープは三重で襞と金糸銀糸の刺繍に飾られている。肩から胸に幾本も飾緒しょくしょを吊るしている。

 僕の趣味ではないんだけど、とっても派手な格好だ。

 隣でマントを脱いだメルヤたち女性陣も、今日の軍服は赤で装飾過多。キンキラキンだよ。おまけにみんなの素晴らしい体型が強調されている。


「みなさん、タビオとお話している方のお連れですよね。僕はそこのモギルナとお話があるのですが、少し退いてもらえませんか?」

「は? あ、ああ」


 裕福そうな僕たちの格好に気圧されたのか、素直にモギルナの受付カウンター前を開けてくれる。


「どうもありがとう。モギルナ、約束通り魔石を持ってきましたよ」

「こんにちは、エルク様。ではこちらにお願いします」


 宝石で飾られた短剣が男たちの目につくように、僕は不器用にベルトをまさぐる。長剣は帯剣していない。

 ついで腰の小さな物入れから、紋章の入った上等な革袋を、次から次と取り出してモギルナの前に積み上げた。

 受付のカウンターは僕の肩ぐらいの高さなので、革袋の扱いにモタモタする。するとメルヤたちが色気たっぷりに歩いてきて、革袋から魔石を出すのを手伝ってくれた。

 ヨリックを始め、男たちは口をポカンと開けて女性陣たちを見つめる。

 モギルナが魔石を一つ取り上げ、しげしげと眺める。


「エルク様、確かにこの魔石の質ならば、お話の通り小金貨二百枚ほどにはなりまね」

「でしょ? 数はもっとあるんだ。どうしようか? 公都に持っていったほうがいいかな?」


 取り出した魔石と小金貨二百枚と聞いて、ヨリックたちの目が爛々と輝きだした。もっと振ったほうがいいかな、赤い布。


「失礼。エルク様、この椅子を踏み台になされてください」


 アザレアが男たちに軽く流し目をくれながら、椅子を持ってきてくれた。


「アザレア、ありがとう。僕も早く大人になりたいよ。背が低いってこういうとき不便だね。よっこいしょっと」


 僕は掛け声をかけ、アザレアの手を借りてグラグラと落ちそうになりながら、椅子によじ登る。


「あわわ、落ちないように押さえててね」

「はい、かしこまりました」


 そういって華やかに明るく笑うアザレア。うん、もうちょっと妖艶に笑うと彼らに受けそうかと思ったけど、この可憐な笑顔もそそるかな。


「エルク様、申し訳ありません。ズヴォレの冒険者ギルドには大金貨、小金貨ともに余裕がございません。大銀貨と小銀貨でのお支払いしかできません」

「うん、いいよ。口座に入れといてもらえれば、公都で出金するから。この街で買うものもないしね。公都なら大金貨数十枚くらいあるでしょう?」


「大金貨だと?」

「数十枚?」


「ありがとうございます、エルク様。ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「いいよ、モギルナ。あなたの質問なら何でも答えるよ」

「ありがとうございます。爵位継承のために王都に向かうとホルガーから連絡があったのですが、詳しく教えてはいただけませんでしょうか?」

「え? 爵位継承? ホルガーから? どこでそんな話になったんだろう? ミヒェルとの話がごっちゃになったかなぁ」

「ミ、ミヒェル? あ、あのミヒェル様でしょうか?」

「ミヒェル・ベルグン伯爵だよ。変だね。僕、継承しないし、無位無官だよ。自由気ままな冒険者だよ」



「あの女たち……」

「無位無官……」


 横目でヨリックをうかがうと、僕、魔石、女性たちと視線が目まぐるしく移動し、ニヤーっと欲望丸出しでわらったね。


「おい、おまえ。その魔石は俺様が買おう。ケネト、証文を用意しろ」

「はっ。タビオ、羊皮紙をよこせ。小金貨二百枚の証文をヨリック様に署名してもらう」


 ケネトと呼ばれた男は、羊皮紙を受け取り、証文を書き出した。僕は、モギルナとタビオをみた。ふたりとも肩をすくめる。ふたりとも芝居っ気があるねぇ。


「あのー、僕の魔石を買い取ろうってこと?」

「ああ、俺様が買うと言った」

「で、証文? 現金じゃないの?」

「領主の証文だ。不服はあるまい」

「あるね」

「は?」


 僕は髪をかきあげ、大仰にため息をついて肩をすくめる。

 あ、けっこう髪が伸びてるなぁ。爪も長いし。うんうん、この体も順調に成長してるね。髪はそろそろ切る? それとも伸ばす?


「自分のことを本当に『俺様』っていう人、初めてみた。で、あんた誰? なに勝手なこと言っての? 領主? 誰が信じる?」

「なんだと!」

「ふぅー。ものを知らないの? 信用のある冒険者ギルドだから、口座上の取引を了承できるんだ。でも、たかが騎士領の領主。それも今ここで、証文での取引を断られてるのに、信用できるわけ無いじゃん。どうしても売ってほしければ現金用意しなよ」

「なんと言った! たかが騎士領だと!」


 ヨリックが詰め寄ってきて、大きな声を出す。僕は大げさにビクッとして椅子から落ちそうになって見せる。


「驚いたぁ、でっかい声だねぇ。うっ、ひどい匂い!」


 鼻を指でつまんで、手のひらでパタパタ扇ぐ。


「サビくっさー! 鎖帷子の手入れも満足にできないビンボー騎士? 近寄らないでよ。おまけに、なにこの体臭。豚小屋並み、あ、豚は清潔な動物、豚に失礼だったね。豚以下のくっさいやつだな!」


 真っ赤になったヨリック。

 でも、僕を見つめている目、激高して訳がわからなくなった目じゃない。キュゥーっと口の端があがり、ニタァーと嗤った。

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