メイス? いや金棒!


「おまえ、名は?」

「あんたに、おまえって言われる筋合いはないんだけどねぇ。僕は銅証冒険者エルク。以後よろしくお見知りおきを、しないでね」


「メイス!」


 ヨリックの笑みが深くなり、脇の男たちに手を差し出す。長柄のメイスが手渡された。先端に向かって太くなり、大小の棘がついている。


「栄誉ある騎士を豚呼ばわり! 聞き捨てならぬ! 決闘だぁー!」


 メイスを「ドンッ!」と突いて、ヨリックが吠えた。 


「決闘だ! この侮辱、許さん! 騎士ヨリック・カルスが、決闘を申し込む!」

「ええっー! そんなデッカイ体の人と決闘だなんて。ムリムリ!」

「いいや、受けてもらう。俺様が勝ったら、そのアイテムパック、魔石、そこの女たちも、お前の全てをもらう。逃しはせん! 受けなくても、お前の全てをもらう!」

「困ったねー。じゃあ、もし、こっちが勝ったら、あんたの全てをもらえるんだね?」

「はぁ? あっはっはっはっはー! 俺様に勝つつもりか! いいだろう。勝った者が相手の全てを取る!」


 そう言ったヨリックの笑いが、ますます獰猛になる。僕はできる限り素直で純真な笑みを浮かべて、大きくうなずく。


「よしっ! きーまり! タビオさん! モギルナさん! 冒険者の皆さん! 聞きましたね、証人になってください!」

「おおっ、なるぞ! 勝った方が相手の全てを、地位も名誉も財産も領地も総取りする! 騎士ヨリックが冒険者エルクに申し込んたこの決闘、確かに証人になるぞ!」


 ラウノが大声を上げる。つられて他の冒険者達も、街の野次馬も証人になることを承諾する。ヨリックと男たちは、急に周りが同調して騒ぎ出したことに驚いていた。

 大声を上げて、ラドが冒険者ギルドから飛び出した。


「決闘だー! 騎士ヨリックが冒険者エルクと決闘するぞー! 勝った方が相手の全てを総取りする! 正式な決闘だ!」

「おおっ! 決闘だー!」


 ギルドの表で待っていたオロフの部下たちが、大声で街中に触れ回った。ギルドの前、門前広場には、すでに多くの人が集まっていたけれども。


「じゃあ、さっさと終わらせよう。幸いすぐ目の前が広場。さあ始めよう」

「は?」

「あれ? 申し込んだのはそっち。申し込まれたこっちが方法を決めるんじゃないの? いますぐこの場でやろうよ。あ、加勢もいていいよ。こっちは僕ひとりね」

「いや、いますぐ?」

「おおーい、皆さーん! 弱虫騎士ヨリックは僕との決闘をしたくないんだって! 僕が怖いんだって! 自分から申し込んだのに、とんだ臆病者だねー!」


 僕はそう大声で叫び、ピョンと椅子から跳び下りる。そのまま、ギルドから広場に出ていった。ヨリックが慌ててついてくる。


 アザレアが、いつも使っている僕の剣を渡してくれる。

 魔石とアイテムパックでヨリックが乗ってこなかったら、次の手も考えていたんだ。

 見せびらかし用に、大小の宝石が柄頭とバスケットヒルトに飾られている宝剣。用意したけど使わなかった。どこかで売るか。



 広場に出てきたヨリックは、長柄のメイスをブルンブルンと振り回す。

 あのメイス、金棒って感じだ。見るからに物騒な代物で、戦い方が予測できる。けど、あれで小技が得意だったら危ない。ま、目撃談では力任せに肉体を粉砕してたらしいけど。


「ラド、合図を」

「これより騎士ヨリック・カルスと銅証冒険者エルクの決闘を行う! 始め!」



 僕は剣を抜いて、ごく普通の足取りでヨリックに向かって歩いていく。

一瞬、たじろいだヨリックだが、目を細め、僕に向かって突進してきた。金棒を後ろに引いて横薙ぎに振るう。


 ゴギャンッ!


 僕は金棒を剣で受けて、弾き跳ばされた。

 両足が石畳を擦り、取り囲んだ見物人のそばまで滑ってゆく。止まったところでヨリックがぼう然とした顔をする


「潰れると思った? ねぇ、思った? ザンネン。ほら僕はどこも傷もついてないよ」


 僕は攻撃を受けた剣をダランと下げたまま、また普通に歩き出す。剣だけなら砕けるか、折られるだろう。防壁魔法で小細工してるから大丈夫だ。

 ヨリックが眉を寄せたが、そのまま金棒を振りかぶり、間合いを詰めてくる。


「うん、太ってるけど動きは悪くないな。動けるデブだね」


 僕の軽口に乗ってこず、突進してきたヨリックが大きく振りかぶって金棒を打ち下ろす。体を開いて紙一重で避けて跳び退く。石畳が爆発したように打ち砕かれる。

 破片が見物人の方に飛び、悲鳴が上がった。


「メルヤ! 怪我を見てやって!」


 大鹿の角のメンバーが、悲鳴の方に駆けつける。



「あんた、ほんっと、領主なのに迷訳なやつだな。街の人が怪我をしちゃいけないだろうが。おおーい、広場を防壁の魔法で囲うから、この臆病騎士の加勢は中央にいてね」

「くっ、加勢などいらぬ! おまえなど、ひと捻りだ!」

「おお、大口叩くね」


 僕たちを中心に、青く色を付けた防壁を巡らせる。


「みなさん、この青い光は竜でも壊せない防壁だよ。安心してこのデブ騎士がやられるところを見物してね。じゃあ、実力の差ってやつを見せようねー」


 僕の声は大きくはないが、広場にいる人々全てに届く。ルキフェの声を混ぜてるから。

 歩み寄る僕に、再び横薙ぎの金棒が襲いかかる。


 ゴオーンッ!


 体の横で金棒を受け止めた。ヨリックは力を込めて振り切ろうとしたが、僕の剣はピクリとも動かない。


「ま、力が足りないかな」


 再び振りかぶろうとする動きに合わせて、ヨリックの脇に踏み込む。一閃した僕の剣は腕の鎖帷子を切り裂いた。そのまま背後に抜けて剣を切り返す。

 クルリと振り向いたヨリックが金棒を左右に振り回して、懐に入り込まれるのを嫌がった。

 僕が距離を取ると、金棒が大きく後ろに引かれ、石畳を強く打った。


 ドガンッ! 


 僕を目がけて角礫かくれきが飛んでくる。大きな塊を剣ではらい踏み出そうとしたときに、礫の後ろに光が見えた。


 キンッ!


 僕の心臓あたりにナイフが震えて止まっていた。


「クククッ」


 ヨリックから笑いが届く。投げナイフか、体のわりに器用だ。

 ナイフに手を添え、じっくり観察する。毒はない。かなり細身の刀身。これが盗賊出身のヨリックが、騎士まで登れた理由か。

 ちょっとよろける。ああ、思った通り追撃がない。


「大口たたいても、所詮は子ども。これで俺様の勝ちだ!」


 僕は目を一杯に開いて、口を半開きにしてヨリックに近寄る。ヨロヨロと剣を振り上げて止めた。

 

「そこまでだろう。さて、あの女たちは」


 僕は剣を力なくだらんと降ろしたが、歩みは止めない。訝しそうに瞬きを繰り返すヨリックにニコリと笑ってみせた。

 金棒が薙ぎ払うように襲ってくる。素早く剣を持ち上げ防ぐ。


「まだだよ。まだなんともない」


 ヨリックの手が腰に動き、投げナイフを掴み出した。左右に素早く動き金棒を振るい、石畳を打ち砕いて飛ばしてきた。

 礫の後ろからナイフが飛んでくる。最初のナイフと同じ場所、僕の胸に突き立つ。


「角礫を避けたり防いだりすると、ナイフが飛んでくるか。意外と器用で小技が効くんだね。そのメイスに騙されたら、簡単に致命傷をもらうってことね。やるね。でも、僕には通じない。終わらせよう」


 僕は両腕を天に差し上げる。カラン、カランと二本のナイフが足元に落ちた。

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