始末をつける
僕はヨリックの周りをすばやく巡り、剣をふるう。
「手入れも悪いし、強度の低い鎖だねぇ」
キンッ、キンッとヨリックの鎖帷子が音を立てて切り跳ばされていく。
「すぐ切れるなんて防刃効果が低すぎない? これじゃあ欠点の刺突攻撃したら、悲惨なことになるね」
ヨリックの正面に位置取りし、素早く剣を突き出した。腕、肘、肩、腹と連撃を受けて血飛沫が上がる。信じられないという顔をして口を大きく開けるヨリック。
「う、うぇー! なぜだ! ち、ちょっと待て。待ってく」
がきんっ!
大きな音を立てて、ヨリックの顎が下から突き上げられ、口が閉ざされる。
「だめだめ、喋って降参でもされたら困るからね。黙ってて。さて、みなさん! ズヴォレの街のみなさん! このエセ騎士ヨリックに多大な迷惑をこうむったでしょう? それも、もう終わりました」
僕はヨリックを固定し、集まっている群衆に手を広げて話しかける。
「難癖をつけ決闘に誘い込み、殺し、全てを奪う。娘を拐かし、犯し、売り飛ばす。村を焼かせ、村人の舌を切って奴隷として売った。公爵領に知らせにいこうとしたものを襲った。冒険者まで襲った。この悪行は誰の指示か。全ては、欲深い愛人、イーリスに焚き付けられてだ。イーリスは少年たちを慰み物にし、皮を剥いで悲鳴と血を浴びる。若さを維持できると言って」
僕は一言ごとに剣をヨリックに突き入れる。体中から血を吹き出し、よろけるが立ったままにする。
血まみれのヨリックに近づき、ゆっくりと両腕、両足を切り離し、止血する。
僕はさらに罪状をあげながら、鎖帷子ごとヨリックの腹を横一文字に切り裂いた。胸の悪くなる匂いとともに、臓腑がこぼれ落ちた。無い腕で受け止めようとあがいている。
街の人は沈痛な面持ちで、グッと拳を握っていた。
「だがそれもすべて終わる。今、ヨリックはその罪の報いを受ける。ヨリック、負けを認めるか?」
僕はルキフェの声を混ぜた轟く声で尋ねた。
「あが、あが、……お、おれの負け……だ。た、たのむ、治療、を……」
「聞いたね、みなさん。決闘は僕の勝ち! ヨリックの全ては、このエルクが貰い受ける! だが、ヨリックよ。なぜ治療してもらえて、許されると思っているんだ!」
あまりの痛みに混乱して、何を聞かされているか理解できないらしい。
「血は止めた。だが、命は取らぬ! 死に逃げ込むなど、お前への罰にはならぬ。その体のまま、生きていけ! そう、こうもしよう!」
魔力でヨリックの舌を引き出し、剣の刃を当て引き切る。口にあふれる血を撒き散らし、遠吠えのような悲鳴を盛大にあげる。
「哀れみと許しを求めないよう、舌を切り落とした。死にはしない」
「さてこれで、ヨリックのものは全て、僕のもの。館も金も人も女も。当然の権利だから、館にいこう」
僕が防壁魔法を解くと、ヨリックの手下たちが走って広場を抜けていった。僕がうなずくと、ラドの部下たちが跡をつけていく。
「さてさて、タビオ、モギルナ。こんな結果になりました」
冒険者ギルドのふたりに近づいて、小さく声をかける。三人でヨリックを見ながら今後を話し合った。
「これでエルク様は新しい領主様ですね」
「いや、僕は領主や領地に興味はない。僕はこの後ラーデヤール公爵を訪ねるから、行政官の派遣をお願いしてみる。ここは公爵家家臣の男爵領だったな? その頃の人材がいるかもしれん。それまでは冒険者ギルドと商人ギルドで仕切りなさい」
「はい」
「街長は好ましくないから、行政から排除だ。ヨリックにすり寄った責任を取らせるのがいいだろう」
「は、はい」
「じゃ、僕は騎士館を物色しよう。幾らかは僕の物にするけど、街の為に残すから、あっ!」
血を流して呻いているヨリックに、恐る恐る近づいていく街の人の中から、汚れた布を頭に被った女性が走り出してきた。
「キィィー!」
声を上げて、手に持った包丁をヨリックの腹の傷に突き刺した。それを合図に……。
凄惨な私刑により、ヨリックは原型を留めなかった。
広場は、開放を喜び、声を上げる者、泣き崩れる者、放心する者で溢れた。
僕はタビオに断わり、馬を連れてきてくれた大鹿の角のメンバーと共に騎士館に向かう。
騎士館の門にいたラドの部下から、報告を受ける。
「イーリスと男たちが馬で逃走しました。街門担当の者たちには、彼らに手を出さずに通すよう指示してあります」
「よし。この館の保全はまかせる。僕らは追撃に出る」
ズヴォレの街から出て、探知魔法を使い追跡する。イーリスたちが小休止に立ち止まったところで、下馬してアザレアに近づいた。
「やれるかい?」
「はい」
「これは戦いじゃない。イーリスは生かしておいては危険すぎる。暗殺、いや処刑だ。もう一度聞こう。やれるかい?」
「はい。魔王国を出た時から、用意は出来ています」
「わかった。じゃあ、訓練した通りに」
アザレアはアイテムパックから弓を取り出す。いつも使っている狩猟用ではなく、僕が強化したものだ。コンパウンドボウを装備させたいが、試作に手間取っている。カムの精度が難しい。
弓に弦を張り、矢筒を右腰につけたアザレアが、僕に向かってうなずいた。僕は彼女の革帯の背中側をつかみ、隠蔽魔法でふたりを包んで、宙に浮く。
イーリスたちの正面に回り込んで、アザレアの合図で停止する。上空からの超長距離、精密射撃。
ゆっくりと引き絞った弓から矢が放たれた。
イーリスの右肩を射抜いた。
「敵襲!」
「射手だ! 正面か!」
「どこだ! 見えんぞ!」
矢を受けてかがみ込んだイーリスを見捨て、男たちは馬に乗って駆け出す。
アザレアの指示で位置を変える。次々と連射し、男たちを落馬させてゆく。全員が落馬したところで後衛が追いついた。イーリス以外の生死を確認し、馬を回収する。
うずくまるイーリスの上空に停止し、僕は声をかけた。
「ヨリック・カルスの愛人、イーリス。少し、話を聞かせてもらおうか」
「は?」
イーリスは声のする方を向き、しきりに見回す。僕は隠蔽魔法を解いた。
「ここだ」
頭の上、宙に現れた僕たちを見て、大きく目を見開く。
「さて、聞きたいことは全て聞いた。おまえを処刑する。罪の償いに死は軽すぎるが、生かしてはおけぬ」
「なぜ? なんの権利があって!」
「権利? おまえは、子どもを殺す、どんな権利を持っていたんだ? 僕の権利は、ヨリック・カルスから奪った領主の権利」
「エルク様、私がやります」
「……いいよ。まかせる」
イーリスの心臓にアザレアの矢が突き立つ。
混乱した表情で己に刺さった矢を見つめ、イーリスは崩折れた。
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