黒い城


 領地の境には、門のような検問所はない。

 だが、街道に武装した騎士の集団がいて、警戒に当たっている。僕らは集団を作らず、二人一組で彼らの前を通った。

 ズヴォレの街には、公爵家の諜報員がいると考えるのが適切だ。公爵家に急報が向かったことだろう。



 ラーデヤール公爵領、公都エーレブルー。

 外側を高い街壁が取り囲んでいたベルグンの街と、かなり違っている。家屋や農地、放牧地が多くなり、ある程度の街並みが街壁の外側に作られている。


 最初は魔物や外敵に備えたベルグンのようだったものが、人口増加で外に広がったのではないだろうか。

 人口が増えれば魔物を狩る人手には困らないのだろう。全てを街壁で守らなくても良いのか。

 ゴドが使っていた魔物よけの薬草などもあるけど、きちんと調べなくていなかった。探知魔法の弊害か。


 公爵家の紋章のついたサーコートを着用した騎士たちが、門衛と一緒に警戒している。冒険者証を見せて通ろうとしたが、足止めされた。冒険者ギルドの職員が呼ばれ、魔道具できちんと銅証を確認させられる。


 警戒厳重ってことか。他にもヨリックのようなのがいるからか?

 なぜ? 僕はなぜイライラしている? すんなり通さない騎士に怒っているのか? 理不尽じゃないのに?



 ボルイェ商会が関係する宿、「宵の星あかり」を集合場所にしている。

 先遣が人数分の部屋を取ってくれたが、幾人かは別の宿になった。「宵の星あかり」にある次の間付きの部屋は全室借りきった。


「ラド、アザレア。着いて早々だが、ラーデヤール公爵家の周辺を探って。シュゼット夫人はもちろんだけど、気になるのは何に警戒しているのか、だ」

「はい。すでに商会に伝えてあります」

「うん」

「どうしましょうか? 新王と王都に関しても、もっと深く調べさせますか?」

「……察しがいい」

「エルク様が、なぜ情報をと求められるのか、いくぶんか理解できてきました」


 アザレアがそう言ってラドを見る。ラドはアザレアと視線を合わせたが、すぐに深く頭を下げ表情は見えなかった。


「情報収集に、新しい視点を付け加える。『今後は、どんな情報が必要になるのか』だ。『どこで、どんな情報を得たいか。得るべきなのか』これを予測して付加えて行動する」

「はい」


 僕は、じっとラドを見つめた。


「……差し当たってはラーデヤール公爵家、シュゼット夫人に面会依頼を出してくれ。ベルグン伯爵からの書状を、直接お渡ししたいと」

「了解しました」



 その日のうちに公爵家から、書状を受け取りに文官と騎士の使者がきた。

 シュゼット夫人に銅証冒険者エルクと直接会ってほしいと願う、ベルグン伯爵から公爵家行政官宛の書状を渡す。


 返事がなかなか来ないまま、数日が過ぎた。

 待っている間に、ベルグン伯爵が到着した。ボルイェ商会から、ラーデヤール公爵家に逗留するようだとの連絡で知った。

 あの時はあっさり引き下がったが、最初から来る気だったのだろう。僕がヨリックと衝突することも織り込み済みで、やはり彼の思うつぼ、手のひらの上だったってことか。


 次の日、明日の午後に、と面談の日程の連絡がきた。



 シュゼット夫人を訪ねる日、僕は衣装に悩んだ。

 最初は、ベルグン伯爵を訪ねた時のような軍服にしようと考えていた。

 赤い縁取りのされた黒の軍服。金の肩章と飾緒。随員は、僕よりも装飾が少ない黒の軍服で統一された「大鹿の角」全メンバー。


「威圧的か。これじゃあ、喧嘩を売りに行くみたいだ」


 敵対する相手ではない。あえて事を荒立てる必要はない。

 僕は、ベルグンで奥様方に勧められたレース襟でフリルの付いたシャツ、生成りのズボンに柔らかいモカシンのブーツ。随員のラド、ヴィエラ、アザレアは生成りのシャツにズボン。短剣以上の武装はしない。


 騎馬でシュゼット夫人の所に向かう。

 元々は要塞だったのではないだろうか。厚く黒い石壁で建てられ、物見の高い塔もある。館ではなく石造りの堅牢な城だ。水堀もある。水面、魚の波紋を無意識に探してしまう。

 ラドが門衛と話をすると、すでに案内役が待ち構えていた。


「シュゼット公女様がお待ちです。こちらにどうぞ」


 大きくて重々しい正面扉をくぐり、かがり火に照らされたホールを抜ける。初めてベルグン伯爵に呼ばれた時のような、謁見の間に案内された。


 ベルグンの領主館は明かり取りの窓が多かった。ガラス窓ではなく木製の鎧戸だったが、大きくて数も多かった。

 だがこの城は違う。城全体が薄暗く底冷えがする。謁見の間に換気と採光の鎧戸は付いているが、かがり火が燃やされ、陰の多い部屋だった。


 玉座にはドレスにショール姿の女性が、扇を持って座っている。

 ベルグン伯爵が脇に立ち、反対側には地味なドレス姿の女性が、厳しい表情を浮かべ、ピンと背筋を伸ばして立っている。

 玉座の女性は緊張した顔をしているが、脇の女性からは敵意が感じられる。居並ぶ家臣たち、騎士たちも僕に敵意を持っているようだ。悪意と害意を持っている者もいる。



「お初にお目にかかります。銅証冒険者エルクと申します。以後、お見知り置きの程、よろしくお願い申し上げます、マイレディ」


 僕の口上を受けて、玉座の女性が口を開いた。


「よく参られた、エルク殿。そなたの活躍をベルグン卿から聞きました。大層お強いのですね」

「お誉めいただき光栄に存じます、マイレディ」


 玉座の女性は横に立つ女性を見ようとして、ほんのかすかに視線を動かした後で、僕に向け直す。扇を持つ手にもわずかに力が入ったようだ。


「そなた、高貴な生まれとか。冒険者と名乗り、身分を名乗らぬのは何故ですか?」

「私は孤児です。両親がどのような身分だったのかを知りません。生まれた国も知りません。ベルグン伯爵には誤解をさせてしまったようですが、ここに控える者たちが高貴な生まれと申しているだけです。マイレディ」

「えっ? ……あ、証しの宝剣を、お、お持ちなのでしょう?」

「はい、マイレディ」


 ベルグン伯爵にも立っている女性にも視線を移さないようにして、眼の前の女性だけに答える。


「ですが、ベルグン伯爵にはお詫びいたしました。とある陰謀を暴くための策略であり、その小道具、いわば詐欺の道具にも等しい物でございます。ベルグン伯爵にはご納得いただけませんでしたが。マイレディ」

「……い、陰謀? ……さ、詐欺? ……べ、べ、ベルグン、き、き」

「もうよい、キーラ」


 立っている女性がため息をついて、もつれる言葉をさえぎった。

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