シュゼット夫人


 玉座の女性は体を震わせて、うつむいてしまう。

 僕は立っている女性に視線を移して、軽く会釈をした。


「エルクとやら、なぜ、我が子だとかたるのです」

「マイレディ!」


 丁寧だが、寒気を覚えるような声で問いただす女性に、ベルグン伯爵の声がうわずった。


「両親を知らないと言いましたね。宝剣には紋章が入っているのでしょう? 親の家の紋章、出自は明らかです。……いずれ国を継ぐ者と偽ったのなら、単なる騙りでは済みません」


 豊かな黒髪を後ろでまとめ、刺すような黒い目。眉を釣り上げているけど、その美しさを損なうことはない。それどころか、気高さが強調されている。


「はい。紋章は入っています。策略と申し上げましたが、それが一番波風を立てない言い方でした。国を継ぐ者である事に、偽りはありません。ですが、この国、ノルフェ王国を継ぐ者とは申しておりません。私はここではない、別国の王位継承者です、マイレディ」

「ノルフェ王国ではないと? どこです? どこの国の継承者ですか?」

「それは申し上げられません。敵が多いのです。そこにいる公爵家右筆ケルッコ殿が、エイリーク・オスモ・コルペラ、エイリーク王の配下であるように。どこに耳があるか知れません。マイレディ」

「なに!」


 玉座より一段下がったところに控えている禿頭の中年男性に、この場にいる全員の視線が集まる。


「なっ! 何を根拠にっ! い、言いがかりだ! 嘘をつくな!」

「エルク様!」


 ミヒェルが一瞬慌てた声を出したが、何かを思い出したようにハッとして、部屋の壁に目をやる。そう、デジャブ、憶えがあるよな。

 壁に白い膜が広がり、ケルッコの姿が映し出された。フードを被っているが顔は見えている。裕福な商人の格好をした人物に、紙片を渡す。


『これを陛下に。新たな王位継承者が現れ、担ぐ公爵家の叛意は明らかだ。公爵家派閥では武具をかき集めている、と』


 そこで映像を止めた。

 ザッ! と剣の柄を握った騎士たちが寄ってくる。僕は紙片をアイテムパックから取り出して、手近の騎士に渡した。


「これをシュゼット夫人に。今映し出された物です。受け取った男は、私の部下が押さえています。新王には、まだ伝わっていないでしょう」

「な、なにを?」

「ケルッコ。あそこにいるのはおまえですね。ベルグン卿から聞いた、エルクの魔法。確かに興味深いわね」


「さ、さわるな! 離せっ!」


 ケルッコは騎士たちに取り押さえられた。あまりのやかましさに猿ぐつわも噛まされる。



「で、エルク。ノルフェ王国の王位継承者ではないのですね」

「はい、ノルフェ王国王家とは、直接血の繋がりはありません。マイレディ」

「……ケルッコのことは、どのようにして知ったのですか?」

「はい、マイレディ。ベルグン卿が、私にラーデヤール公爵家を訪ねるように願ったのはなぜか。まずは、そこに疑問を持ちました。調べれば、この二年間の新王からの圧力で公爵領が分断され、周囲が荒れているのがわかりました」


 この場にいる者の中で、ケルッコ以外にもエイリーク新王の配下はいる。騎士団の副団長、彼も新王側だ。


「騎士ヨリック・カルスが悪逆をつくしても、公爵家から攻められぬ理由。あまり知恵が回る方ではないヨリックは、愛人の指示で非道を働いていました。時にマイレディ、ラーデヤール公爵家騎士団、副団長トルッキ殿の妹御をご存知ですか?」

「トルッキの、妹? いえ知りません。トルッキ、あなた、妹がいたのですか?」

「……」


 急にふられ、騎士たちの中に立つ副団長トルッキが、目を泳がせる。


「トルッキ・ヘイノラ殿の腹違いの妹御、イーリス・ヘイノラ。ヨリック・カルスの愛人です。マイレディ」


 壁のケルッコが消える。右肩を射られ、こちらを見上げている女性が代わって映される。


『では、イーリス・ヘイノラ。おまえはラーデヤール公爵家騎士団トルッキ・ヘイノラの妹だというのだな』

『そうよ!』

『なぜヨリック・カルスを焚き付け、非道なことをした?』

『クククッ、快楽よ! この血をだぎらせる快楽を得るため! 兄が教えてくれたあの悦楽! 人の命をもて遊ぶ楽しさ! ああ、早くエイリーク王のもとで、溢れる血を! お兄様! 公爵家を滅して、あのオンナの血を!』


「トルッキの愛人で、ケルッコの愛人でもあり、新王に献上されることを望んでいたイーリス。同じ性癖を持つ新王にな。シュゼット夫人も害そうとしたんだな、トルッキ?」


 騎士たちがトルッキに跳びかかり、抜こうとした剣を取り上げて押さえつけた。


「私は、ヨリックを取り除きたいベルグン卿の思惑に乗ったのです。いろいろと調べた結果が、ラーデヤール公爵家の裏切り者たちに繋がりました。マイレディ」

「……」

「……エルク、暴くべきものは、これで全てですか?」

「はい、マイレディ」

「早急にケルッコとトルッキに関係する者、一族郎党、みな捕らえて詮議なさい」

「はっ!」

「……エルク卿、ベルグン卿、私たちは場所を移しましょう」



 謁見の間からホールの扉と反対側、簡素だが品が良く装飾された扉から抜けて、公爵の私用であろう談話室に案内された。


 紋章と様々な武具、戦旗に埋め尽くされている壁、その半分を占める大きな暖炉。落ち着いた色合いの革製と木製の家具。雰囲気だけは、とても暖かな部屋だ。

 火の入った暖炉の前、並べられた席につき薬草茶を勧められる。ラドたちも近くのテーブル席に座らされている。


「ミヒェル、この子は、確かに普通ではないわね」

「ええ、シュゼット。私も驚かされたよ」

「……」

「ここは私的な場所です、エルク。言葉を乱しても構いません。言葉遣いに無理が見えましたよ。気楽にしていいわ」

「ありがとうございます」

「……。エルク、立ち上がって回ってみて。姿をよく見せて頂戴」

「はい」


 僕は立ち上がり、シュゼット夫人の前で体を回す。


「ミヒェル、この子は、元から……こんなに子どもらしくない、冷たい、厳しい顔なの?」

「……いえ、もっと明るく、いたずらを企むような男の子。私の街では、そんな顔だったのだが。確かに今は厳しく、陽気な部分が消えている」

「そう。いたずら……、陽気……ミルカ……生きていれば、このくらいなのね。こんな表情をしなければ、生きられないのなら……。この手には、まだあの子のぬくもりが残っている」


 僕を見つめた後、視線を落として、おのが手をゆっくりと撫でた。


「ミヒェル、あなたにも話していなかった。いま生きている者で知っている者はいない。ミルカ、あの子は、私の、この手の中で息を引き取ったの」


 ベルグン伯爵が息をのんだ。


「毒、だった。乳母のひとりが裏切り者。暗殺者を引き込み、火を放った。……生死不明ではなく、本当に死んだの……あの子は、ミルカは、もういないのよ」

「シュゼット」

「マイレディ」


 僕を見つめ返すシュゼット夫人の頬を、ひとつぶの涙が伝った。


 僕は膝をつき、深く頭を下げる。


「申し訳ございません。僕のせいで、僕が現れたことで、悲しいことを思い出させてしまいました。悲しい思いをさせてしまいました。お詫び申し上げます」

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