初心者講習会
屋台を食べ歩いてお腹を満たす。
ソーセージも屋台によって味が違う。牛、豚、羊、鳥。合わせる香草やスモークの加減、塩加減と無数の組み合わせで至福の時間。お湯で温めた白ソーセージもいいね。これは中身のお肉だけをいただける。
お肉の種類も多いから、内蔵料理、ハツにタン、ホルモンも期待したい。どっかで出してないかな。
冒険者ギルドの訓練場に向かう。
荷馬車の入り口から中に入り、イェルドの倉庫や作業場、工房が並んでいる道を抜けると、運動場のような広いところにでた。平屋の建物が数棟建っている。
冒険者ギルドの看板がある一番手前の建物の前に子どもが何人か、所在無げに立っている。マント姿で木証を下げている。子どもといっても僕が一番年下のようだね。
「なにあの子。あの子も受講するの?」
「まだほんの子どもじゃないか」
「うーん、いい服着てるから、誰かの子? 女の子? 男の子?」
周りのヒソヒソ声は聞こえてるんだけどね。
運動場で素振りや模擬試合などの訓練をしている冒険者がいる。それを眺めていると、声がかかった。
「木証の初心者講習に出る者! なかに入って座って待て!」
いつの間にか男性が書類を持って平屋の戸口に立っていた。
言われるまま中に入るとベンチが数脚あり、演壇の方を向いて座るようになっている。
受講者は僕以外に七名。一番年上は髭の男で、女の子も四人いる。
先ほど声をかけた男性が入ってきた。書類を見て、名を読み上げ出欠をとる。
「昨日? 一昨日だったか? 登録したばかりのエルクもいるっと。よし、全員だな。これから初心者講習会を始める。まずは座って講義を聞け。その次は運動能力を見て、訓練のやり方を教える。最後に模擬試合をして終了だ。最後までいないと木証は無効。登録費用は返さないし、冒険者ギルドのリストに載せて、次に再登録するときは費用が高くなる。さぼるなよ、いいな」
男性は受講者を見回して続ける。
「それとな、この講義は真剣にやれ。真剣にやらないものから死んでいくんだ。おまえたちが死なないためにやるんだ。真剣にやれ」
男性は、冒険者としての心得や注意点を話してくれる。
「おまえら木証が、一番注意しなければならないものがある。人間だ。おまえたちを食い物にしようとする者は多い。魔物も危険だが、甘い言葉で寄ってくるやつや、獲物を奪い取ろうとする人間が、一番危険だ。いつも自分の身を守ることに注意を払え。だが、いざとなったら、わずかばかりの金などくれてやれ。自分を守れ。いいな」
受講者の顔を見渡した後で付け加えた。
「パーティーに入れてやると言われて、木証を取ったやつもいるだろう。そのパーティーの奴らは本当に信頼できるか? 信用できるか? 食い物にされてないか? 十分用心しろ。死んだら終わりなんだ」
……いい人らしい。
採取物や魔物についての座学を受け、その後は運動場に出る。講義した男性以外にも、数人の男女が一緒に出てきた。
「よし、この訓練場を取り囲むように、木杭が打たれているのが見えるな。その外側を三周走ってもらうぞ。後ろから魔物役のものが追いかける。背中を叩かれたら、お前は魔物に襲われたことになる。追いつかれるな。よし走れ!」
一斉に走り出した。
力の限り飛び出す者もいた。僕は後ろを確認しながら、集団に速度を合わせて走る。
魔物役がスタートした。
僕は、先日ゴドたちが灰色狼の前を走ったように、魔物役との距離を測りながら走る。半周で、先頭で走っていた者に追いつき、追い越した。
一周回ったところで、遅れた者が背中を叩かれ、宣言される。
「お前は魔物に襲われ、傷を負った! だが足を止めるな! 最後まで走らなければ待っているのは死だ!」
結局、最後まで追いつかれなかったのは、僕と二人の女の子だけだった。その二人も汗まみれで荒い息をしていたけど。僕は汗もかかず、呼吸も乱れてはいないんだよね。
でも、買ったばかりの服で走らされるとは思わなかった。汗でドロドロになるのはカンベンかな。
走りながら、浄化と洗浄、乾燥の魔法を使っていた。
「おーい! そこでしゃがんでいる走れなくなった者! 真っ直ぐこっちに戻ってこい!」
次は、集団になって、木剣や棒などが並べてある棚のとこまでいく。水がめと柄杓を示された。
「いつも水分は十分にとれよ。のどが渇けば体力が落ちると思え」
七人が先を争って水を飲むが、僕は最後に水を飲んだ。走りながら、パックから水を出して飲んでたからね。
「いいか、冒険者にとっていちばん大事なのは体力だ。生きて帰ってくるためにも絶対必要だ。朝晩走る訓練をしろ。空いた時間があれば走れ。魔法を使う者も最後は体力だ。パーティーが全滅する時、最後に残るのは魔術師だ。なぶり殺しにされるぞ。いいな、体力をつけろ!」
それから、木剣や円盾、棒を使った練習方法、弓の扱いと一通りやり方を教わる。
「弓は特に練習が必要だが、魔物に近づかなくて済む。おぼえろ! 自分が得意とする武器以外も、使いこなせるように練習しろ。死ぬ確率を少しでも減らせ」
「攻撃魔法が使えるものは、あちらの土壁にある木の的に向かって魔法を使う。支援魔法が得意なやつは、この女性職員に魔法をかけろ」
女の子二人が魔法を使うみたいだね。他の人が魔法を使うのは初めて見るよ。
……どれどれ? 興味津々、ワクワク!
一人の少女が女性職員に向かって長く詠唱し、防壁の魔法を使った。横に立っている男性職員が木剣で打つと、二合で防壁は消え失せたようだった。
……えー? 詠唱にあんなに時間かかるんだ。で、あの硬さかぁ。
「うーん、もっと強度が必要ね。素早く出せれば役には立つわ。訓練しなさいね」
女性職員の批評を受け肩を落としていた。
もう一人の女の子が、これも長く詠唱し、火の玉を的に放った。火の玉はゆっくり飛んで、的を外して奥の土壁をちょっと焦がす。
「なかなかいいけど、速度と威力、それと命中精度を鍛えないとだめね。練習あるのみよ」
女の子は肩で息をしながら、うなずく。
僕の番だ。魔力をごくごく僅かに抑え、ゴニョゴニョと詠唱の真似事をして、小さな火の玉を的に放った。勢いよく飛んで「バチンッ!」と、音が響き、木の的が割れる。
「いいわね。威力も十分。連続して撃っても、魔力切れを起こさないように訓練してね」
「はい」
「では、最後だ。二列に並べ。エルク、お前はこっちの一番前に並べ。それとお前はこっちの列の一番前だ」
並ぶ順番を告げられ、隣の列と対面するように向きを変えられる。
僕と向かい合ったのは、一番年上の髭男だった。
「よし、今対面しているのが、模擬試合の相手だ。魔法の使用は禁止。よしと言われるまで打ち合え。心配しなくても怪我には治癒魔法をかけてやる。思いっきりいけ!」
みんな順番に試合をしていく。僕と髭男は一番最後だ。
途中で講師たちから、助言が飛ぶ。どの試合も、おっかなびっくり木剣や棒を振り回すだけで、体力が続かず、早々に終わってしまった。
「最後の試合だ。気合を入れていけよ! はじめ!」
開始の声がかかる。
髭男が大声をあげ、木剣を大上段に振りかぶる。僕めがけて力いっぱい振り下ろしてきた。ゴオッと音がするような打ち込みを、円盾で軌道を変えて、体をくるりと一回転させる。
その後も、力任せに振るわれる木剣をそらし、かわし続ける。
「エルク、攻撃しろ! かわすだけでは、相手を倒せないぞ!」
「くそっ、なぜ当たらん!」
髭男が声を荒げて、再び大上段から打ち下ろしてきた。
僕は正面から円盾で受け止め、相手の動きを止めた。その瞬間に木剣を突きだし、鳩尾に当てた剣を素早く引く。
髭男は「グウッ!」と声を上げて、膝をついた。
「それまで!」
個人個人への評価と助言が申し渡される。
「いいか、できるだけ訓練しろ。なんでもいい。生き延びることに必死になれ。生きてさえいれば、逆転もできる。逃げ出すのも戦法のひとつだ。逃げて生き延びれば勝ちなんだ。死んだらそれまでだ。いいな! ではこれで初心者講習会を終わる! 忘れるな! 生き残れ!」
こうして講習会は終了した。
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