お買い物
日の出とともに起き出し、日の入りとともに寝る。
この街に限らず、明かりを得るのに金がかかるので、そういう生活になるそう。金額を聞くと前世の電気代よりも高かったから、うなずけるね。
豆と干し肉を使ったシチューと柔らかいパンの朝食をとっていると、鐘の音が聞こえてきた。一昨日から聞こえてはいたが、あまり気にしてなかった。
なんだろう? この鐘の音。教会の鐘? お祭りとか結婚式? 領主館の方から聞こえてくるね。
「ねえ、ハイディ、今の鐘の音はなに?」
「鐘の音? ああ、時の鐘ですね。領主様にお使えする方たちに時間を知らせる鐘です。日の出と登庁時間、昼、退庁時間、日の入りに鳴らしています」
「なんだぁ、時刻の仕組みはあるんじゃん。じゃあ、昼って鐘が鳴ったら昼?」
「ええ、そうです」
「そうか、アバウトはアバウトなんだ」
「あば……? 昼にと約束したら、昼の鐘になりますね」
「教えてくれて、ありがとう」
買い物のために宿を出ると、もう街は活気づいている。
昨日ブリッタが教えてくれたあたりの店を覗きながら歩く。ガラス窓はどの店にもない。広い通りに面した店は、何を売っているのか表からはわからないね。
細めの道沿いの店は、開け放たれた扉から布や衣服が吊るされているのが覗ける。生成りの服が多いが、チラホラと赤や黒に染められたものもある。草木染か、柔らかい色合いのものも。綺麗な緑や黄色が目につく店もあった。
路地のさらに奥には、日よけのある露天の市場のようになっていて、最奥は地面に敷いた布に置いただけの露店と続く。値段帯に合わせた売り方のようだね。
懐かしい。アジアに限らず、他所の国で市場を見て歩くのが、大好きだった。
何本か通りを見て回ったが同じようなものだね。通りを南に抜けると木製品、その先は金属製品の通りになるのかな。
服屋の通りに戻り、品物を見ていくと、多くが中古らしい。
表通りに近い店で、ブリッタが教えてくれたお店、の隣に入ってみる。男性向けらしいが、どの服も大きく、種類が少ない。
隣の女性向けのほうが店構えが大きいから、種類も多いのかな。
経営者か店員らしき男性に、聞いてみた。
「こんにちは。僕が着れる大きさの服ってありますか?」
「いらっしゃいませ。はい、いくつかございます。失礼ですが、ご予算はいかほどでしょう? こちらのシャツなどは大銀貨一枚ほどになりますが、ご予算に合いますでしょうか?」
……こっちを木証と見て、確認してきたね。でも、おまえには無理だから出てけって言われるよりは、感じがいいね。
「うーん、今日は一通りそろえて、小金貨数枚と思っているんだけど」
……ホッとした顔をしないところも、好感度が上がるね。
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
店の奥に通されけど、そこに並んでいる服は、古着を仕立て直したものらしい。
お古か? 清潔だけどね。新品はないのかな。
「あいすいません。あいにくと、お客様に合う大きさは、こちらの仕立て直しになってしまいます」
「そう。新品はないんですか?」
「ええ、育ち盛りの方は直ぐに着れなくなってしまいますので。大きいものを買って紐などで調節する方が多ございます。それでも、体に合わせたものをとなると、新たに仕立てることになります。ですので中古が多くなります」
「ああ、そうなのね。大きいのを買って寸法直しね」
「お客様、こういってはなんですが、お顔が大変お美しいので、女性向けもよろしいかと。隣の店のものがお似合いかもしれません。隣も私どもの店ですので、品物をご覧になってみませんか?」
複雑だけど、美しいって設定だしなぁ。女の子に変装して諜報活動もありかな。あ、そうだ魔術師ってどんな格好をしてるんだろ?
「僕は木証の冒険者だけど、魔法で獲物を倒してるんです。でも田舎の出なのでものを知りません。魔術師ってどんな格好するものか知ってますか?」
「おや、これは失礼いたしました。剣を佩いてらっしゃるので、剣士の方なのかと思いました。魔術師の服装ですね。ではなおさら、隣の方が良いでしょう。こちらは動きやすさと『たくましさ』を気にする男性の方向けですので」
この時、僕はまだ知らなかったんだ。隣の店で「着せかえ人形」になるって未来を。
隣の店に案内されると、中には娘さんを連れて買い物に来ている裕福な奥様って感じのお客が、数組いたんだ。
「女の子かしら? 凛々しいから男の子?」
「ホゥー。なんてきれいなお顔」
などと、女性たちが注目する中、男性店員が女性店員に説明してくれる。
「魔術師の方は、布地をたっぷり使い、緩やかな袖口で動きを見えにくくするのを好まれると聞いています。もちろん動きやすく素早く身をかわせる必要はありますが」
「動きが見えにくくか。印を結ぶのかな?」
「はい?」
「いえ、こっちのことです。気にしないでください」
「それから、マントは袖付きでフードの付いたローブ。魔法陣が装飾されたものを着てらっしゃいますね。当店では魔法陣の装飾は、特別注文となっております」
「魔法陣ねえ。どんなのがいいかおまかせしますので、見繕ってもらえますか」
「かしこまりました」
店員が服を選んでいる間、女性客たちに視線を移すと、興味津々で僕を見ている。目のあった娘さんたちは顔を赤らめながらも、爛々とした目をしていた。
「では、こちらをお召ください」
試着の仕切りで着せてもらう。店の真ん中にある磨いた金属の前で、自分の姿を確認してみる。
浅緑色のシャツに、生成りのズボン。
「うん、悪くないかな。着心地もいいなぁ」
「よくお似合いです。男性向けですと肩幅や丈がお客様には大きいですから、お嬢様方のものがよろしいようですね」
「あらあら。ちょっとよろしいかしら? それもよくお似合いだけれども、こちらのレースの付いたシャツのほうがふさわしくない?」
「いえいえ、こちらのドレープが入った方のお色が、お顔を引き立てて、お似合いだと思うわ」
奥様方が参戦してきた。
キャーキャー歓声をあげる女性たちが選ぶあれこれを、着替えることになった。
「ああ、お顔がお美しいもの! これがよろしいわ!」
「こちらが、気品もピッタリ! この花柄模様は下品な派手さはないから、ぜひスカートも!」
「あら、こちらのワンピースも、きっと素敵よ!」
可愛らしいフリルと刺繍のシャツにスカート。レース襟が大きいワンピース。
奥様のリクエストで、女の子用を着せられてしまう。
試着室からでた僕の姿に、奥様方、それにお嬢様方までも、大騒ぎをする。しかも、購入を決めなければ、女性たちの収まりがつかなくなったんだ。
その他は派手にならない程度で、数着決めた。
前開きでトグルで止めているシャツや明るめでゆったりしたズボン、ローブに下着まで、結構な買い物になった。
ブーツは「羽」という靴屋を勧められたので、そちらで購入することにした。スリッパのような部屋履きは、この店にあったので購入する。
いろいろ見ているうちに、刺繍がされた小物を入れる巾着袋が目についた。ブリッタへのお礼に購入する。もちろん見繕ってくれた女性陣や縁のあった女性たちの分も。
店で新しい衣服に着替え、巾着袋以外は宿に届けてもらえることになった。
アイテムパックはあんまり見せないほうが余計な面倒事に巻き込まれなさそうだしね。女性陣の満面の笑顔に送られて店をでた。
うん、昼前だけど、もう、たっぷり運動したように疲れたよ。
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