平穏無事な毎日とはいかない


 すこし空いてきたので、列に並ぼう。

 ブリッタが窓口にいる列。人気なのか他よりも並んでいる人が多い。どうしようか、他の列にしようか。悩んでいると声がかかった。


「エルクくん! エルクくん! テーブルで待ってて!」


 立ち上がったブリッタだ。

 後ろを振り向いて男性職員に窓口を代わってもらい、奥の部屋に入っていった。その列の冒険者の目が、怖いんですけど。ブリッタ目当てに並んでるんだろうな。


「せっかくブリッタちゃんの順番が来たのに、くそ、誰だ、あいつ」

「あのガキ、木証じゃないか、なんでブリッタちゃんが」

「くそ、誰かのパーティーか? じゃなきゃ……」


 聞こえてます。


 しばらくすると、ブリッタが上司の女性をつれて戻ってきた。

 立ち上がった僕に、挨拶もなしに聞いてくる。


「あなた! 昨日イェルドに渡した灰色狼、どこで、誰が、どうやって倒した!」


 声は周りに聞こえない程度だったが、きつい口調だ。

 うん、昨日会ったけれど、まだ紹介されてないよね。


「……」

「答えなさい!」

「ブリッタさん、ボク、お母様から、紹介されていない知らない人とは話してはいけませんと、きつく言われています」


 ブリッタも上司も、口を開けてしまった。しばらくそのまま二人を見ていたが、ため息をつく。


「冗談です。でも、どこの誰かも知らない人から、小僧やお前呼ばわりされり、突然詰問されたりするのは好きじゃない。子どもだからといって、礼儀を払わなかったり、人格を否定したりしていいわけじゃない。礼儀を払わないやつは、自分も礼儀を払われない。当然だと思うけど。まちがってる?」

「いえ、いえ、その通りだわ。ごめんなさい、名乗ってもいなかったのね。私は冒険者ギルドのロッテです。ブリッタの上司、受付部門の部長です」

「見習い冒険者のエルクです。よろしくおねがいします」


 僕は左手を横に出し右手を胸に当て、にっこり笑って会釈をする。


「では、ロッテさんの先ほどの質問ですが」

「ロッテでいいわ」

「はい。ジュストさんの隊商が襲われているのを見つけて助けた。三十頭全部、僕が魔法で倒した。魔法の分類は習っていないので、そういう魔法としか言いようがない。こんなところかな」

「わかったわ、ジュストさんの話と合っている……。エルクくんをどうしたものかしら?」

「……なにか、問題でも?」


 ロッテに聞くと、額に手をやって首を振っている。


「なにか問題……。あのね、見習いが灰色狼を倒すのは、普通は一頭でも無理なの!」

「へ? そうなの?」

「ましてやあの大きさ。それが三十でボスもいる。ゴドによると群れを一瞬で、ボスもあっという間に倒したって。それって少なくとも銀証、いえ、金証でもおかしくない実力があることになる」

「うん?」

「あなたを見習いにしておけない。でもどの階級にすればいい? 一度の討伐で階級が上がった者はいない。昨日登録したばかりで、試験も講習も受けていない」


 ここで、小首をかしげたかったが、逆鱗に触れそうだからやめておく。


「まあ、それは幼いときから魔法の修行をしていたし……。剣士とか魔術師とかの子どもで、最初から力がある子はいないの?」


 ロッテが首を振って答える。


「そんな子は冒険者にならないわ。学院に行くか、騎士団に入る、魔術師の弟子になるとかなの」

「ふーん。……学院ってなに!」

「知らないの? 魔王に対抗するため、勇者を鍛える学院のことよ。聞いたことあるでしょ?」

「ない! 勇者を鍛える! 勇者を育てるの? 勇者は教育で出来るの?」

「厳密には違うわ。勇者を支える人材ね。歴代の勇者は、学院が教育した者とパーティーを組んで魔王を滅ぼしてきた。まあここ百年ほど、勇者も魔王も現れてないけど」


 この話が本当なら、勇者は誰かが育てるってわけじゃないのか。

 ある日自分が勇者だと気づくのだろうか? 俺は勇者になる! って努力するのだろうか? だがロッテの言葉を信じるなら、「学院」というところは、勇者に繋がりがある。


「その学院って、ここにあるの?」

「いいえ、フラゼッタ王国の王都よ。そんなことより、あなたのことよ。……ギルド長と相談は必要だけど、エルクには初心者講習と鉄証への昇格試験。それと銅証への試験を受けてもらうわ。そのうえでもっと上の階級なのか判断する。エルク、この街から出たりしないわよね?」


 出ると言ったら、怒られそうだ。


 不思議だ、ロッテに怒られるのが、楽しいような気がしてくる。

 精一杯頑張ってる真面目な娘が、本気で怒ってくれる。嬉しくて、茶化してみたくてしかたがない。うん、からかっちゃ、だめだよね。


「今のところ出る予定はないよ。しばらくはいるつもり」

「そう、よかったわ。じゃあ詳細が決まったら連絡するから。ブリッタ、あなた、エルクの専任にします。連絡、ううん、エルクのことは全て、任せるわ」


 そう言うと、ロッテは受付の奥に戻っていった。


「……エルクくん、初心者講習は明日の昼過ぎにあるわ」

「はーい。あ、昇格試験ってどんなものなの? 筆記は苦手だな」

「上位階級者と模擬試合よ。支援魔法、斥候は、その専門家の課題かな。戦闘力が高ければ合格するわ」

「戦闘力ね。あ、そうだ。昨日、出し忘れてた物があって、買取ってほしいんだけど」


 ブリッタはビクッとして、恐る恐る聞いてくる。


「……もう驚かされるのは、いやよぉ。……なに?」

「あ、大丈夫、灰色狼の毛皮が一頭分あったの忘れてたんだ」

「ほんとに一頭分ね……」

「うんうん、魔石は売っちゃったんだ。イェルドさんはまだ解体中でしょ? で、ご相談。灰色狼三十頭の討伐は証明できるんだから、討伐報酬だけ先に支払ってもらえないかな?」

「うーん、そうね。多分出来ると思うけど。毛皮を預かって、確認してくるわ」


 買い取りカウンターでブリッタに毛皮を渡す。鑑定してもらう間に、また掲示板を見に行った。


 見習いと鉄証階級では大した稼ぎは期待できないなぁ。銅証でもそれほどでもないね。ゴドと同じ銀証ならまとまった金額になりそうだ。あ、ガランのウロコもあるけど、どこで手に入れたのか説明が面倒臭い、って言うか大騒ぎになりそう。



 探知魔法を常時使っていたおかげか、意識しなくても周りを感じることが出来るようになってきてる。悪意を感じ取った。後ろから誰かが肩を掴もうとしている。

 後ろを振り向かずに、するりと身をかわす。


「え?」


 掴もうとした手が空振りし、つんのめって驚いている男が立っていた。


「だれ? 後ろからこっそり近づいて。殴り倒されても文句ないよね」

「て、てめえ! このガキィ!」


 荒げる男の声に、周りの注目が集まった。


「フーゴか。あの子災難だな」

「助けるか?」

「……まて、そら、ロッテがくるぞ。いつもより怖い顔してる!」


 ロッテとブリッタが小走りに近づいてきた。


「エルク。あなた、フーゴと知り合いなの?」

「ん? ロッテ、フーゴってこの人? 今、初めてあったけど」

「なんだと、このガキ。昨日うしろから俺を襲ったくせに! ロッテさん、このガキはうしろから人を襲うクソガキだ!」

「あらー? 話は聞いてるのよ。列を乱して、子どもに暴力をふるおうとしたってね。このエルクくんに、逆に気絶させられたんでしょ? 冒険者登録前だから、一般人の子どもに、のされたのよね?」

「なっ!」


「聞いたか、あの子どもに、フーゴがのされたんだと」

「なっさけねー」

「いやダメな奴とは思ってたけど、そこまで恥ずかしいやつかぁ」


 周りからの声にフーゴの顔が真っ赤になった。僕は、そこに油を注ぐ。


「へぇー、ロッテ、昨日そんな事あったんだぁ」

「あら、あなたがやったんじゃない」

「ええっ? 僕? うーん、昨日ここでゴミを蹴ってどかしたけど。ねえねえ、おじさん、昨日、僕に蹴られたゴミ?」


「うわー」

「あの子大丈夫か? 恨まれるぞ」


 フーゴは口をパクパクさせたが、ものも言わず、向きを変えてギルドを出ていった。


「エルク、あいつには気をつけてね」

「はーい、注意するよぉ」

「……」


 灰色狼の討伐報酬は、今日支払ってもらえることになった。

 毛皮は、他のものの鑑定結果が出てからまとめて買い取るので、追加の預り証がでる。ブリッタと一緒に二階の小部屋に行き、報酬を受け取った。


「エルクくん、これだけまとまった金額だから気をつけるのよ。口座に預ければ安心なんだけど、木証じゃあ作れないから。明日の昼、忘れずに来て講習会を受けてね。講習会の場所はここじゃなくて、イェルドの倉庫の横を抜けていくとギルドの訓練場があるわ。すぐわかるわ」

「明日の昼ね、了解。……ねえ、服を売ってるお店を知らない?」

「服? そうねぇ、ギルドを出て西に向かうと商店や市場があるから、そこで買えるわ」

「商店や市場か。洗面道具や筆記用具もそこで買える?」

「ええ、服を扱ってるお店の先で買えるわ」

「そうか、じゃ一緒に買えるかな」

「服なら、大通りに面したところが高級店、奥に行くと手頃なものを売ってるの。私もそのあたりで買うわね。いつも買う店は、普段使いには高めのお値段だけど、品質はとっても良いのよ。それに親切だし。でも女性向けのお店ね。うーん、その隣がたぶん同じ経営者で、男性の服があるはずよ」

「わかった、ありがとう。あ、本もそのあたりのお店で売ってる?」

「本? 本を売っているところはないわね。というか本はお店では売っていないわね。貴族やお金持ちのものだからね」

「そうか、やっぱり本は高級品か。図書館とかない? 本がいっぱいあって、読めるところ」

「……図書館? ……どこで聞いた言葉だったかしら……ベルグン伯爵の館には本の部屋があるけど、入れてもらえないわね。あ、でも冒険者に役立つものは、ここで読めるの。魔物や薬草なんかの図鑑があるわ。預り金と閲覧料が必要だけど、エルクくんなら払えるわね」

「ここでも本が読めるんだね。図書館、どこにあるか思い出したら教えてね。勉強するには、やっぱり図書館だからね」


 受付でお金を払い、図書室の鍵を受け取った。

 二階の図書室には所蔵図書総覧のようなものがあった。けど、ギルドの規則、図鑑類がそれぞれ数冊あるだけ。


 図鑑は簡単な線画の絵入りだ。

 灰色狼も載っていたが、本物はこんな姿じゃなかった。画家が冒険者から聞いて描き、幾度も写本して変わっていったのかもしれないね。

 特徴や注意する点は参考になる。灰色狼は二頭ぐらいが普通の群れで、大きな群れでも四、五頭らしい。体高は人の膝から腿ぐらい。みんなに驚かれるのは無理ないね。

 領主館の図書室も見てみたいが、木証の冒険者に許可は出ないだろうしなあ。忍び込む? なんかいい方法ないかな。


 午後を図書室で過ごし、日が傾く頃にギルドをでた。そろそろ宿の夕食の時間だ。買い物は、明日の講習会前にしよっと。

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