木証の冒険者


 日が昇る前に目が覚める。着替えて庭に降りていって洗顔する。

 うん、少し散歩しよう。


 この街には、幾本か水路が通っているんだよね。宿の近くにもある。

 釣人は、見当たらないねぇ。岸ギワや朽ちかけた杭とか、ストラクチャーが気になるよね。あそこを狙って疑似餌、ホッパーを投げると、ガバッと水面が割れて……。



 街はすでに起き出し、いくつもの人影が行き交う。

 明るくなっていく街並みに煮炊きの煙と匂い。少しずつ大きくなる、いろいろな生活の音、そして声。

 通ってきた村にも、この街にも、確かな人々の営みがある。世界も時代も関係ない。人々は生きてゆく。どこでも、いつでも、変わらない。


 散歩から戻ると、リリーと朝の挨拶をする。朝早くにジュスト商会の使いが来たが、僕が部屋にいなかったので、伝言を置いていったと聞かされる。

 伝言は簡単な内容で、朝に商館まで来てほしいという伝言だった。


「ねえ、リリーさん。朝に来いって、朝っていつかな? 何時ってある?」

「何時ですか? いえ朝は朝ですよ」

「え? うーんと。大体ってこと?」

「はい」


 日常に時計がないので、アポイントや待ち合わせに時間を約束することはない。厳密な時間の指定はないのか。


 ……これって、戦闘時にも時間合わせが無いってこと?


 食堂でハイディに案内されて、朝食をとる。


「ねぇ、ハイディ。みんなは、街の人は何回食事するの? 一日に朝昼晩の三回?」

「そうね。多いのは一日二回かな。でも私は朝が早いから、起きてパン粥がでるけど。あとは、昼と晩、食堂のお客様が済んだら、ここで従業員の食事がでるのよ」

「ふーん」


 中世ヨーロッパって感じか。労働者は三回? 四回? 肉体労働は間食ありじゃないともたないよね。この体、油断すると太るかな? 成長のためにバランスよく食べればいい? 糖分過多なジャンクフードや飲料がないから大丈夫?


 ちなみに朝食は、温めた牛乳で作る塩味のポリッジに、オムレツ。干し肉とソーセージのロースト。茹でた根菜。

 街では生野菜はあまり食べないとのこと。腹を壊すらしい。セルロースや虫のせいかな。


 朝食を取り、ジュスト商会に向かった。マイヤの馬車の前で家族が食事をしていた。僕を見つけたヘリが駆け寄ってきてくれる。


「おはよー、エルク!」

「おはよう ヘリ。今日も元気だね。うん、素敵な服、よく似合ってますます可愛いね」


 今朝のヘリは旅装とは違い、薄紅色のフワリとした服を着ている。褒められて顔を真っ赤にして、もじもじしている。

 オッシにジロリとにらまれる。僕はあわてて挨拶を続けた。


「おはよう、みなさん」

「おはよう、エルク。朝ごはんは食べた? どう一緒に?」

「ありがとう、マイヤ。宿で食べてきたんだ」


 オッシとトピが渋い顔をしているので簡単に会釈して、事務所の方に向かった。


 昨日は顔を合わせなかったが、御者の部下たちがいた。

 旅で一緒だった者に手を振り、事務所に入っていく。入口近くの机についている女性に名と用件を伝えると、奥の部屋に通された。

 奥の部屋は応接室で、椅子に座って待つように言われる。低いテーブルと向き合わせの椅子に座って待つことしばし。

 ジュストと御者が入ってきたので、立ち上がった。


「おはよう、エルク。座ってくれ」


 さっきの女性が、飲み物を持って入ってきて、皆に配った。


「さて、まずは、ここまでの護衛、ご苦労さま。これが約束の報酬だ」


 手に持っていた革袋を僕に手渡してくれる。すぐに中を確認する。


「ジュストさん、金額が違わない? 授業料引いても多いかな」

「うむ、昨日の分を足してある。おかげで助かった」

「ああ、自衛しただけだからいいのに。で、証拠になったのかな?」


 ジュストと御者を見たが、二人とも目をそらす。


「それなんだが、オットーには逃げられた。どうやら前から逃げ出す気で用意していたらしい。商会としては、強盗と横領で首にしたことを関係先に連絡した。お尋ね者になるだろう」

「ふーん。偽名とかで、簡単に商人に復活すんじゃないの?」

「商人同士のつながりは、意外と広くて深い。もぐりの商人にはなれるが、もう陽のあたる場所には出てこれないだろう。ただなぁ、あいつは執念深い。陰湿だ。エルクを逆恨みするかもしれん。気をつけた方がいい」

「うん、わかった。ご忠告、感謝します」

「それでだ。私は六日以内にはフラゼッタ王国に向けて出発する。マイヤたちも一緒だ。どうだろう、一緒に来ないか? エルクとの縁は繋いでおきたくてね」

「ありがとう。でもしばらくはベルグンに滞在しようと思ってるんだ。フラゼッタ王国に行ったときは、商会を訪ねますよ」

「うーん、そうか、残念だ。必ず来てくれよ」


 そう再会を約束して、ジュスト商会を辞する。

 門まで、御者が送ってくれた。


「で?」

「はい、お手間を取らせたのに、逃げられてしまいすみませんでした」

「いえいえ、気にしていませんよ。……餌が大きいほど、大きな魚が釣れる。そんな言い方なかったでしたっけ?」

「フフフ。良い言い方ですね、気に入りました。いつか釣れた魚のお話が出来るといいのですが。では、ここで」

「はい、またねー」


 ヘリたちの姿が見えないので、そのまま商会を出て、冒険者ギルドに向かった。

 マイヤたちとまた旅をするのは魅力的だが、魔王国から来る人と待ち合わせがあるし、いつかまたと期待しておこう。後で出発の日程を知らせてもらえるようにしておくかな。


 ギルドの入り口を入ると、カウンターにはかなりの行列ができていた。

 並んでいる冒険者は、みんな羊皮紙を手にしている。掲示板に張り出されていたものだろうね。並んでいる人間の数倍の人が、食堂に続くところに集まり話し込んでいる。

 依頼の受付を待っている、パーティーメンバーかな。武装もさまざまだね。槍と剣が多いかな。長い杖は魔術師か。あの大斧、僕とどっちが重いかな? 振れるの?


 冒険者の多くが、入り口に立っている僕を一瞥してくる。値踏みして木証を確認したのだろう、直ぐに視線をそらす。

 並んでもいいが、時間がかかりそうだな。人が減るまで待とうかな。

 時間つぶしに、昨日見なかった掲示板に歩いていく。

 階級ごとに分けられた掲示板には、依頼を書いた羊皮紙が並んで、板で押さえてある。受けたい依頼を取って、受付に持っていくんだったね。

 金証から木証までの板と、別板がいくつかある。

 木証はこっちね。どれどれ。掃除? 荷物の運搬? ペット探しに薬草の採集ねぇ。魔物関係はないんだね。報酬は銅貨数枚。こりゃあ効率悪いなぁ。


 金証から鉄証までは討伐、魔物の部位採集、護衛など様々で、それなりの報酬。昨日の説明では、自分の階級に合わないものは受けられないんだったなぁ。

 高階級パーティーであれば、自身が低階級でも参加できるが、その場合はギルドの別審査があるって言ってた。低階級を犠牲にすることのないようにだそうだ。ほとんどの冒険者が、同じ階級でパーティーを組んでいるらしい。

 その横の掲示板はパーティーの募集欄だ。「魔術師、探してます」とか「治癒魔法を使える方優遇」「急募、荷物運び。槍士が守ります」とかの募集が出ている。


 もう一つ、常時募集している買い取りの掲示板がある。取得物を受付に出せばよく、依頼を受ける手続きは不要なんだね。

 受け付ける魔物と魔石がリストになっている。

 灰色狼も載っていた。

 魔石、毛皮、肉、骨、内蔵、牙、爪、耳、尻尾のほぼ全身が買い取ってもらえるんだね。討伐部位が認められれば、討伐報酬もでる。狼は大銀貨数枚が相場か。


 ……よかった、あれで結構いい金額になりそうだね。あっ!しまった、忘れてた。


 昨日、イェルドに渡したのはボスを入れて二十九頭分。ゴドが解体してくれた毛皮を渡してない。魔石はジュストに売ったから無いが、買い取ってもらわないと。


 魔王国から何人来てくれるかわからないが、人が増えればそれだけ人件費がかかる。

 給与だけではなく、生活に関する費用を全部みなくてはならないだろう。

 魔王国の財政、現状どうなっているかわからない。魔王エルク分の予算は無いのだ。

 宝物庫にはなるべく手を付けたくない。そもそも金貨や宝石類はすぐには買い取ってもらえなさそうだし。

 僕が稼いで、全ての費用を捻出しなくちゃいけないよね。


 ……冒険者で、なんとか稼げるだろうか。

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