謀略を開始
フラゼッタ王はその日の謁見中に心臓発作を起こした。
王太子である第一王子も、執務中に胸と背中の痛みを訴え、王宮治癒師が呼ばれた。
詳細は公表されなかったが、「王、病に倒れる」「王太子、胸の病」の噂が、王城の下働きたちが利用する商店、飲食店から王都に広まっていった。
次の日、第三貴妃の兄、エルフ族族長後継者が王城に到着した。
王は歓迎の式に出席したが、族長後継者の挨拶を受けている時に、胸を押さえて昏倒した。側近たちがあわてる中、出席していた貴族最上位、バランド公爵が事態を収拾する。
王を治療するよう指示を出すと、主賓である族長後継者に歓迎の挨拶をして、早々に式典を切り上げなければならぬ事に遺憾の意を表した。
族長後継者は理解を示して、迎賓の館に案内された。
僕は学院で、今日の講義を終えたレーデルと学生食堂でお茶を飲んでいた。
「今朝、母の一族が来たと離宮から使いが知らせてきたの。私の伯父にあたる族長後継者なのよ。よくわからないけど、歓迎行事でなにかあったようなのよね」
「へー、伯父さんが。歓迎行事で……ひょっとして、あまり歓迎されて……」
「そんな事ない。歓迎の夜会に出席するように言われてるもの。本当は出席したいようなものじゃないけど、伯父さんだし、王族の務めだしって諦めて……」
「……うちの下働きが街の噂を時々教えてくれるけど、王様と王子様が病だって噂になってるらしい。そのせいかな?」
「父上と兄上が……。何も聞かされていない」
「街の噂だからね。伯父さんが来たということは、それに合わせてレーデルは出発するのかな?」
「ええ、そのつもりでいる……今日から離宮に戻る……」
「そうか。これ、お守りに身に着けていてもらえると嬉しいな」
僕は、革張りの箱を取り出し、レーデルに向けて開いた。
「きれい……私に?」
箱には首飾りが入っていた。
金にも銀にも見える不思議な色の細い鎖。虹色の宝石に囲まれた薄紅色の宝石を中心に、小さな二対の翼が広げられている。
「……つけてくれる?」
僕は首飾りを取り出して、レーデルの後ろにいき、留め金を止めた。
「この翼が、レーデルに幸せを運んでくれますように……」
そうささやくと、正面に回りレーデルに微笑んだ。
「うん、やっぱりよく似合う。綺麗だ」
侍女を通して連絡を取り合うことを確認して、レーデルは離宮に戻っていった。
フラゼッタ王は、その後も何度も発作を起こした。体力を奪われ、寝室から出ることが出来なくなった。
政務を代行するはずの王太子は王と同じ発作に加えて、胃痛、腹痛がひどく、王太子宮にこもったままとなった。
フラゼッタ王国の政治は、バランド公爵が中心となる。
公爵に反対を唱える者たちは、急な病や怪我で政治から離れていった。
一時は急な病人の続出に「毒殺を狙った陰謀」がささやかれたが、病人たちの病状が同じものではなかったため、陰謀の話は消えていった。
一時、王たちの病が重いとの噂により王都には暗く不穏な空気が流れた。
しかし、税を減額すると公布したバランド公爵を歓迎し、王都に明るい気運が高まっていった。
「じいや」からの助言を受けた、ベランジェ公子の補佐が大きな効果をあげた。
王の病とバランド公爵が予算を削ったことで、フラゼッタ王国の軍備拡張計画は停止を余儀なくされた。
エルフ族長後継者が王都に来て七日後。学友たちに一時の別れを告げて、レーデルが辺境大森林へ出発した。
僕のところには、ベランジェが日参するようになっている。
「……エルク、どうしてもか?」
「うん。僕はフラゼッタ王国の民でも貴族でもないしね。お誘いは光栄だけど」
「ふぅ。一緒にやってくれると助かるんだが……」
「フラゼッタ王国には、もっといい人材がいると思うけどなぁ」
「エルクほど知識があって、行動力のある人材は見つからない……」
「うーん。人材は育てないと。でも直ぐには育たたないか。……ねえ、フラゼッタ王国の政治に関わるのは男性?」
「ああ、貴族家の当主がいろいろな役職に就くから、男だな」
「人材に関しては、案があるよ。女性」
「? 女性? だが、女性は、貴族の女性は、子を生んで家にいるものだ」
「ちょっと乱暴だけど……王国を家庭だと思ってみて。家のことを差配して運営しているのはだれ? もちろん貴族家では家令や侍女、家臣、使用人たちが実際の作業をしているけど、誰が指示を出しているの? 男性の当主がすべて指示をしている? バランド公爵家で、日々の事、屋敷が整っていない時に文句を言う人は? 来客に失礼がないか、神経を使っているのは?」
「当主や家令だが……小言をよく言うのは公妃や母たち……あれは指示か?」
「女性には男性以上に『運営』の力があるんだよ。家を守っているのは女性たち。その能力には、男なんか足元にも及ばないんだ。『家を守る』って、家に閉じ込もっていることではない。日々の切り盛り、茶会や夜会などの交流。女性の命令に従っていれば、ほとんどの事がうまくいく」
「……女性を使えってことか」
「いいや。使うんじゃないよ。頭を下げて、女性に協力をお願いするんだ。僕たち、男たちだけではうまくやれないから、助けてくださいってね」
「……」
「もし、女性を選択肢に加えれば人材の幅が広がる。試しに周りの女性たちに悩みを打ち明けてごらんよ。『どこに、どれだけお金を使えばうまくいくか、悩んでる』ってね」
「……やってみよう」
「試して失敗したら、別な方法を試せばいいよ。『こうでなくてはならぬ』なんてものは、そうはないんだ。美しさにもいろんな美しさがあるだろう? 試してだめならやりなおす。より美しいのはどれかってね」
「……エルク……やっぱり行政官になって、いずれは宰相を引き受けてくれないかな?」
ベランジェの要請を断った次の日。聖教会からの使いが来て、ボリバル司祭を訪ねた。
「エルクさん、聖ポルカセス国へ出発する日取りが決まりました。十日後にパルムを出立したいと考えています。いかがでしょう?」
「十日後ですか。十日後に出立するのは大丈夫なのですが……聖都まで二十日ぐらいの旅でしたね」
「私どもが同道いたしますので、馬車でおよそ三十日ぐらいでしょうか」
「三十日。……馬車ですか」
「ええ」
「わかりました。では、私の執事と秘書が、細かいお話を承りましょう」
「担当する助祭からご説明いたします」
夜間に王宮に侵入して王に発作を起こさせている時に、急報が入った。
『エルク様、ホーロラです。レーデル様が襲われました』
『! 無事か!』
『レーデル様はご無事です。お怪我もありません』
『他の者はどうか!』
『こちら側に負傷者はおりません。全員無事です。相手は負傷しました』
『よかった。取り押さえた?』
『はい。実行者と見張り、指示者と思われる者の三名を押さえました。エルク様がおっしゃった通り、レーデル様についてきた聖教会と王国軍の者です。夜が明けるのを待って、ひと目のない所で尋問いたします』
『わかった。第二波が来るかもしれない。用心してくれ』
『了解しました。さらに警戒を続けます』
もう少しパルムから離れてからかと思っていたけど、王都から二日で仕掛けてきたね。焦ったのかねー、ギジェルモ。
夜明けからしばらくして、続報がはいる。
『エルク様、ホーロラです。今お話して大丈夫でしょうか?』
『ホーロラ、ご苦労さま。大丈夫だよ』
『先ほど、拘束した者を尋問し、ギジェルモ司教の指示であることを確認しました』
『……そこまでたどれた? ……どうもなぁ、うかつすぎないか? 罠?』
『罠かどうかまでは、わかりません。ご指示通り、暗殺の阻止、拘束、尋問はレーデル様がいらっしゃるところで行いました』
『……レーデルの様子はどう?』
『落ちついたご様子です。ご自分から、ブーシェ男爵の名を騙って襲われた事件を質問されました。気丈な方です』
『……はぁ……で、そっちも彼らだったのか?』
『はい、聖教会の人間が白状しました。彼らの指示でした』
『……レーデルが手を出すかもしれない。出させないように』
『短剣を振り上げられましたが、お止めしました』
王太子宮の天井付近の暗がりで、僕は頭を抱えた。
『……止めてくれたか。ありがとう』
『これから全員を始末しますが……レーデル様にも?』
『いや……いや、遠ざけておいてくれ。始末したことは彼女に伝えていいが、手を下させないように』
『了解しました』
今朝の王太子は、胃が掴まれたように痛み、食事が一切取れなかった。
王と王太子に側近たちの急病は、魔王の呪い、魔王復活の兆しではないか。王宮や王太子宮、そして王都パルム中でささやかれ出している。
そう、病気の原因は魔王。厶ハッー! 私は帰ってきた! 魔王の力を見よ! ……はぁ、むなしい。
『エルク様。始末を終えて、レーデル様をお乗せして里に向かっています』
『了解した。竜の姿になった時に、レーデルは怯えなかった?』
『はい。驚かれましたが、エルフと侍女たちが怯えていないのを見て、落ち着かれました』
『動揺が重なると体調を崩すこともある。気をつけてやってくれ。それと身体を冷やさないように』
『はい。魔力で包んでおります。怖がっておいでかと思ったのですが……もっと速くとか、右にいけ、左にいけと……笑い声を上げて、大層お喜びのご様子です……』
『……レーデルのこと、頼んだよ』
『はい、お任せください。レーデル様は魔王エルク様の思い人。我らの女王になられるお方。身命を賭してお守りいたします』
『えっ? ……ええっー!』
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