旅芸人たち
日が昇る前に目を覚ました。小声の会話や物音がしている。
眠りにつく前に思い巡らせた、あの出会い。彼らとの出会い。これから上手くやっていけるよう、強く願う。
馬車や人影が見えるようになってきたので起き出し、寝床を片付けて小川まで顔を洗いにいった。
朝まずめ。この言葉だけでソワソワするね。
まだ日が出ていないこの時間が、釣りで一番好きだった。川面から目が離せない。
釣り道具、錬成魔法で作ろうかな。釣り竿は竹? あるかな? 釣り糸は馬の尻尾を撚り合わせてだね。
釣り針は作れそうだけど、問題はリールか。ボールベアリングの技術はどの程度だろう? ダ・ヴィンチか産業革命を待たないと難しい? 馬車の車軸を確認しよっと。グリースと機械油、道は遠い?
探知魔法には危険そうなものの反応はない。小川にはかなりの数、魚がいるけどね。一晩中発動させていたが、何事もなかった。遠くまで探知したみたが、昨日の灰色狼たちのような群れもいない。
日が昇ると、肉の入った粥と平たく焼いたパンをマイヤが用意してくれた。パンケーキと言っていいだろう。ハーブがきいていて美味しい。このパンケーキを余分に受け取って昼食は歩きながらか、小休止の時に食べるそうだ。
出発前のキジ撃ちに行く。そうそう、これには注意が必要だ。ここら辺りでと決められていて、穴も掘れる様にしてくれている。
……でも、折った枝が挿してある他人のお土産には、気をつけなければならないんだよ。
野営地の片付けが済むと出発。馬車の脇を早足で歩く。
昨日少しジュストの馬車に乗せてもらったが、街道はデコボコでかなり乗り心地が悪い。何度か舌を噛みそうになった。歩くほうが楽だね。
ヘリは歩いていなかったが、子どもに馬車はキツイんじゃないだろうか。小休止の度に馬車に乗っている者は体を伸ばしている。
その日も野営をした。ジャンも歩いていたので、新しく狼肉は提供しなかった。
次の日の昼過ぎに、麦畑らしきものが続いた先にある村に近づいていった。
低い盛り土に木で作られた格子の柵が回され、木造の見張り塔が、一基建ててある。
門には同じ格子の扉が付いていて、今は開かれ、門番であろう二人の男が槍を持って立っている。焦げ茶色のマントを着ているが、防具をつけているようには見えなかった。
「やっぱり魔物がいるからかな。柵と物見、門衛。知っている村とはだいぶ違うなぁ」
ジュストの乗った馬車を先頭に、一言二言門番と言葉を話して入っていった。
村の中央は広場で、真ん中に焚き火台があった。四台の馬車はその焚き火台を囲むように止められた。
村の家は木製の小屋が数十ある。
ジュストとゴドが急ぎ足で大きめの小屋に向かって行く。二台目の馬車に乗っている小柄で頭ばかり大きな男が後に続いた。
ゴドの仲間と村を見回っている途中で、僕はジュストに呼ばれた。
呼ばれた小屋の中に入ると、木のテーブルを挟んでシワ深い中年の男とジュストが座っていた。ジュストの横に大頭の小柄な男が座り、ゴドはその後ろに立っていた。
僕が入ると中年の男が胡乱な目を向けてきた。なんとなくだが、こちらにいい感情を持っていないのがわかる。
「エルク、こちらは村長だ。灰色狼の群れの話をしたが、真剣に受け取ってくれん。村人と近隣に用心してもらう必要があるのにだ」
「ジュストさん、真剣にと言われても。狼の一匹や二匹、森から出てくるのはいつものこと。三十の群れだなんて、聞いたことがないと言っただろうが」
「ああ、信じないなら証拠を見せてやろう。エルク、すまんが、灰色狼の群れを出して、村長にみせてくれないか?」
……そういうことね。事情はわかったけど、ちょっと問題だな。
「ジュストさん、出すのはいいけど、この小屋は狭すぎるよ。出したら溢れるだろうね」
「そうだな、ここは狭いな。村長、大きな納屋は空いてるか? 広場で出してもいいが、大騒ぎになるぞ」
「……収穫前だから納屋は空いている。だが、大げさすぎるのではないか?」
「いや、大げさなんかじゃないんだ。納屋に行こう」
ジュストの指示で、小屋を出て村長を先頭に納屋に歩いていった。
納屋につくと、僕は、村長を見つめながら、灰色狼の群れを出した。
「ぐわっ! 何だこの数!」
村長は目を剥いた。そりゃそうだよね。
「驚くのは早いぞ、村長。群れのボスがまだだ。エルク」
「はい」
そう返事をしてボスの巨体を群れの前に出した。
ボスの死骸を見た村長はガタガタと震えだし、あわてて納屋から飛びだした。
「すまんな、エルク。もうしまってくれ」
そう言うジュストの横で、大頭の男が目を見開いて、僕のパックを見つめている。
狼をパックに入れて振り返ると、パックから目を離せないでいる男を、ジュストとゴドが無表情に見ていた。
「エルク、手間をかけさせた。さあ、野営の準備だ」
そう言って男とゴドを連れてジュストが出ていった。
……ふーん、なんかあるんだろうな。あの男はあんまりいい感じがしないな。
そう思いながら納屋からでる。
その頭が大きい小柄な男がオットーという名前であることは、ゴドの仲間が教えてくれた。
ジュスト商会の人間だが、ジュストがいない時には、ゴドたちを雇うことはないそうだ。どうもジュストが目を離さないようにしている感じがする。
村長の小屋に、村に残っている村人たちが集められた。しばらくして全員が足早に村を出ていった。
「ありゃ、畑に出ている連中に、狼のことを知らせに行ったんだろうな。今夜はマイヤさんの踊りはなしかなぁ」
「ああ、かもしれん。まあ、この先の村に期待しようぜ」
御者たちのそんな会話を聞きながら、マイヤの馬車に行くと、三人の老婆と話していた。
……え?
よく見ると老婆ではなく中年の女性たち。白髪が多い髪と渋面で、老婆と見間違えたようだ。
ここまで集落はなかったから村としては東の端、魔物も出るのだから苦労が絶えないのだろう。みんな暗い表情。
ヘリが馬車の側面に張り出した木の板に、雑貨を並べている。目が合ったので軽く手をふると、ヘリもためらいがちに振り返してくれた。
「本当よ、大きな狼が三十。うんと大きなボスも。ジュストさんが村長に話しているけど、みんなに注意するように言って」
「……三十も」
「……ばあちゃんから聞いたことがある。ばあちゃんのばあちゃんが言ってたって……。魔王が来ると魔物が暴れる……。ま、魔王が来るんじゃないんだろうね!」
「……どうしよう、うちのひと兵隊に取られたら……」
マイヤが狼の件を伝えてくれたようだね。
魔王が来ると魔物が暴れるって? 気になる。
僕が来たからあの灰色狼たちが出たのか? いや群れを作ってたってことは、こっちに出現する前からか? 体の実験も影響しているのか?
ヘリがニコニコしながら話に交じる。
「だいじょうぶ。エルクがいるもの。灰色狼も一人でやっつけたし。エルクはきっと勇者よ」
「勇者!」
みんなが僕を見る。
「あんた、勇者なのかい?」
魔王です。ではなくて、どうしてそうなるのかな、ヘリちゃん?
「いいえ、僕は勇者じゃないですよ。ただの子どもです」
「ただの子どもは狼をみんなやっつけたりできないけどね。この子はエルク。勇者かどうかは知らないけど、大した魔術師だよ」
マイヤの言葉を聞いて、おばさんたちが詰め寄ってくる。
「勇者ならすぐ魔王をやっつけとくれ!」
「そうだよ、うちの人が取られる前に、お願いだよ!」
「ごめんなさい。僕は勇者ではありません。皆さんのご希望には……」
「そんなこと言わずに、頼むよ、このとおり」
拝まれても、魔王です。
ヘリはそんな様子を、目をキラキラさせてみている。
「ゴ、ゴドのところにいかないといけないので失礼します」
苦しい言い訳で脱出する。
村に急ぎ足の人々が入ってきて広場に集まった。まだ、日は高いが村長からの連絡を受けたのだろう。あちこちで数人固まってヒソヒソ話をしている。
しばらくして、村長が出てきた。村長の隣にジュストとゴドが立った。
「みんな、街道を東に二日のところで、ジュストさんの隊商が灰色狼の群れに襲われた。幸い群れはゴドたちが倒してくれたが、狼三十の群れだった」
村人がザワザワと騒ぎ出したが、村長は更に続けた。
「他にもいるかもしれん。隣村には、知らせに行ってもらっているが、明日からは畑には必ず何人かで集まって行くように。それと森にはしばらくいくな。湿地の家にも知らせに行ってもらう」
「村長、三十だなんてそんな数の群れなんか聞いたことがない。信じられん。森に行くなとは困る」
そうだ、そうだと村人から声が上がった。
するとゴドが一歩前に出て言った。
「みんな。俺のことを知ってる者もいるな。銀証冒険者パーティー『嵐の岩戸』リーダー、ゴドだ。三十の群れは俺が見た。それも普通より体のでかい奴らだった。この群れは倒したが、他にもいるかもしれん」
「俺はゴドを知ってる。うそをつくような男じゃない。おまえが言うことなら俺は信じる。畑に出る時は槍を持ってくぞ! 湿地に行くのもひとりで行くなよ!」
ゴドを見知っている者もいて、おかげで村人は信じてくれたようだ。何人かが慌てて村を出ていった。
広場での夕食時、ジュストとマイヤ、オッシが話し込んでいた。
「……いいだろう、必要かもしれん」
ジュストの言葉の後、マイヤの一家は馬車に入っていく。
オッシたちは明るい衣装に着替えて出てきた。黒いマントをまといフードを深くかぶってうつむいているのはマイヤだろう。
その手には身の丈を超える槍を持っている。
焚き火の横に来ると、胸に吊るした太鼓で、トピが単調な拍子を取りだした。左手だけの拍子に右手の細い打棒の鋭い音が加わり、複雑なリズムに変わってゆく。
演奏するトピを遠巻きにして、厳しい顔をした村人たちが集まりだした。
ヘリのタンバリンが加わり、リズムがさらに複雑になった。オッシのギターが物悲しい音を響かせる。
ゆっくりと顔を上げたマイヤが、美しい声だが、低く歌いだす。
闇が迫る
だけど、夜は明ける
闇がおまえを覆う
だけど、夜は明ける
闇がみんなを押しつぶす
だけど、夜は明ける
マイヤはくるくると回り始め、マントが傘のように広がる。
首の留め金を外しマントを飛ばすと、下から体をピッタリと包む、黒い革鎧姿があらわれた。
槍をまわし、突き、はらい、飛び上がり、勇壮なマイヤが、闇を追い払う。
闇が迫る
だけど、夜は明ける
闇がおまえを覆う
だけど、夜は明ける
闇がみんなを押しつぶす
だけど、夜は明ける
オッシ、トピ、ヘリ、マイヤの歌声が響く。いつのまにか村人も隊商の者たちも歌いだし、手拍子を取っていた。
ドドンッという太鼓の音とともに曲が終わり、マイヤが槍を突き出してピタリと止まる。
大きな拍手とともにマイヤが一礼すると、オッシが軽快な曲を弾き、トピの太鼓が小気味良いリズムを刻む。
クルクルとマイヤとヘリが踊り、オッシが豊かな声で歌いだす。
それから何曲か歌い踊り、日が沈むころまで続いた。
村人たちの表情が和らいだようだ。村人に話しかけられるトピが、オッシと一緒にニコニコしている。
仏頂面でにらむだけじゃなくて、そんな表情もできるんじゃん。
夕陽の中で赤毛のマイヤは輝き、美しかった。
上気した頬で眼を煌めかせるヘリも、素晴らしく可愛らしかった。
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