追想 痛いのは無理


 アザレアが立ち上がり、マントを脱いで弓を手にする。

 マントの下はキルティングの上下にモカシンの靴、すべて自然な生成り色。非常に女性的な体を美しく見せていた。

 装飾のない弓に弦を張ると聞いてきた。


「……ここには的となるものがありませんが、遠くに射るだけでよいですか?」

「そうだね、まず最大でどこまでいくか射てみて」


 矢をつがえ引き絞ると空に向けて射た。矢は放物線を描いて飛んで草原に刺さった。


「うん、よく飛ぶねぇ。じゃちょっと待ってて、的を作ってくるから。木の板とかでいいかな」


 そう言うと、僕は駆け出した。

 アザレアから五十歩、百歩、最初の矢との中間地点、最初の矢が刺さっているところにと、僕の肩幅ぐらいの板を四枚。射手から見て重ならないように、土魔法で支えの小山を作り、立て掛けて戻ってきた。高さは人間の大人ほどだ。


「これでどう?」

「……」


 アザレアは腰につけた矢筒から素早く取り出した矢をつがえて、連射した。

 四つの的とも三本ずつ胸のあたりに矢がきれいに集まった。心臓を狙った感じだ。僕は盛大に拍手する。


「すごい、すごい。上手いんだねー。……矢取りしなくてもまだ矢はあるよね。次は僕を的にしてくれない? 物理防御魔法を試したいんだ」

「え? それは危険です」

「僕なら大丈夫。ガランの攻撃も防げるから。お願い、防御の練習は一人じゃ出来ないから」


 全員に注目され、ガランは困った顔をして言った。


「はい、エルク様に、私の攻撃はどれも通じませんでした」

「ね。ちょっと行ってくるから、お願いね」


 そう言うとふたたび駆けて行き、七十歩ぐらいのところで止まって振り返った。


『合図したらまず一射だけ。その後はまた合図します』


 全員に向けて念話で話すと、ガラスのように透明な防壁を、体の前面に出す。強度は矢が刺さらずに、弾かれるようにイメージしてみる。


『いいよー』


 羽のペンダントを外して手をふる。ためらったようで、ちょっと時間がかかった後でアザレアが矢を射た。かなりの速さで飛んできたが目で追える。キンと金属音がして矢がはじかれた。


『はいはい、いい感じで防御できました。次はわざと腕で受けて、治癒魔法を試すから驚かないでね。いいよー』


 今度はさっきより矢を射るまで時間がかかった。


 ……ごめんね、ストレスかけちゃったかな。


 心臓のあたりめがけて飛んでくる矢を、目で追って左の前腕で受ける。動体視力が良すぎて、矢尻が肉に入るのまで見えてしまった。


 ……痛ったぁー。矢尻が突き抜けて、腕が胸に縫い留められてんですけど! 心臓までいってるかも!


『エルク様!』


 みんなの念話が届く。


『大丈夫だよー、すっごく痛いけど生きてまーす』


 矢軸を掴むとゆっくり抜いた。矢軸を折ってはアザレアに悪いな。しかし、これは痛い!

 矢尻の返しに肉がついてくる。元の状態に戻るよう治癒魔法をかける。見る見るうちに傷口が塞がっていく。

 痛みの感覚を、どの程度感じるかは検討しないと。無痛はまずいけど、いちいち激痛では困るよ。


『次の防御を試すので、ブリアレンさんも一緒に射てもらえますか? 準備が出来たら合図してください』

『了解しました』


 ブリアレンが準備する間に、次の防御を準備する。

 防御しながら、射手に心理的ダメージが与えられないかなあ。全弾空中で受け止めて両腕を上げるとバラバラと落ちるやつ。あれ再現できないかな。空気と重力で受け止めるのはどうだろう?


『準備ができました』


 弓に弦を張り終えたブリアレンから念話が届く。


『じゃあ、残りの矢を全部連射してください。体に届かないように防御しますので、思いっきり連射してください。はい、いいですよー』


 アザレアとブリアレンが連射してきた。


 うまく体の十センチほど手前で矢が空中に浮いたまま、止まる。

 ブリアレンの連射は早い。アザレアは胸に向けた数本で矢が尽きた。ブリアレンの矢は、胸だけではなく手や足の先、関節にと、身体中の急所を満遍なく狙ってくる。いやらしいほど冷静な攻撃だ。


 ブリアレンの矢も尽きたので、二人に向かって歩いていく。はたから見れば、何十本も矢が刺さったままで近づいてくるように見えるだろう。

 二人の目の前で立ち止まった。怯んだ様子の二人を見てゆっくりと両腕を上げる。バラバラと空中にあった矢が落ちる。全員が大きく目を見開いた。


「ごめんなさい、これはやりすぎだったね。でも防御について、良い実験ができました。ありがとうございます」


 そう二人に会釈した。

 悪戯心が湧いてしまった。アザレアと目を合わせたまま、ゆっくりと浮き上がる。


「アザレアさんの矢、回収してきますね」


 そう言って空中でくるりと回転し、同じ高度で飛び、的を取りに行った。ちらりと後ろを振り返ってみるとアザレアがこちらを注視していた。蛇行したり速度を上げたりするのはこらえよう。


 軽い小説定番の魔道具、アイテムパックがこの世界には存在する。容量は無制限ではない。入っても、たぶん小さなトラック一台分ぐらいらしい。

 宝物庫に入れられていた物を取り出して、デイパック型なので背負ってみた。

 的の板を矢ごと入れる。板に触れずに思っただけでも収納できた。四つの的と防御で弾いた矢も回収した。

 宝物庫のカモフラージュにちょうどいい。出し入れするふりが必要かな。


 みんなの前に戻り、的の板と矢を出す。パックの中で選別して板と矢を別々に出せた。


「うーん、アザレアさんの最初のは、矢尻が歪んでいるかなぁ。はじいた時に金属音したものね。ちょっと待ってね」


 歪んだ矢尻を魔法で作り直した。


「素人が作り直した矢尻だから、バランスが狂っているかもしれません。うまく直せてないかも。ごめんなさい」


 そう言って矢をアザレアに差し出した。

 受け取った矢を見つめていたアザレアはおもむろに板に向かい、矢を突き刺した。別の矢を取り出し、同じ様に突き刺した。抜いた矢同士を打ち合わせたり、突き立て合ったりしていた。


「……色も重さも変わっていますが、直していただいた方が固く鋭くなっています」


 そう言われて二つの矢尻を比べてみると、僕が直したほうが滑らかで青光していて、高密度のように見える。鑑定してみると同じ鉄だが鋳鉄を、鋳鋼並の硬度にしてしまったようだ。

 歪まないように固くと思ったのが影響したかな。


「ごめんね。密度と組成を変えちゃったみたい。反射すると狩りの時に使いづらいかな。錬成魔法はもっと練習しないとね」

「れ、錬成魔法? ……直していただいてありがとうございます」


 アザレアは礼を言って矢尻を見つめる。


「そうそう、別れる前に確認したいことがあったんだ。子どもが武装しているのはおかしい?」

「いえ。エルフも魔族も、身を守るために子どもの頃から武装します」


 ブリアレンが言った。


「じゃあ、僕の格好がおかしくないか見ていてね」


 シースナイフは右腰に、バックソードは左腰に帯剣した。アイテムパックを背負い、上からウールのマントを身につける。


「どう?」


 みんなは異口同音に、ごく普通だろうといってくれた。

 アザレアが剣を見つめていたので、見たいのかと抜いて構えてみる。


「変わった剣ですね。あまり見たことがありません」


 クラレンスが剣を見て言った。


「突き攻撃をメインにしようと作ったものです。剣術は竹刀……木刀で少しやっただけなので、どこかで教えを請わなくてはだめかな」

「ご自分でお作りに。装飾はありせんが、なんというか、優雅な形ですね」

「僕の世界で、貴族の決闘用の剣がこんな形でした」

「エルク様の世界では、そのような剣を佩かれるのですね。でも、戦場向きではなさそうです」


 ブリアレンが興味深そうに見た。


「僕の世界では剣や弓、槍を戦争に使わなくなりました。今ではこれは儀礼用ですかね。戦争ではもっと物騒な武器を使います。僕の国では、武装すること自体が、許されてなかったけどね」

「平和な国なのですね」


 アザレアが剣を見つめて呟いた。


「平和か……僕の国では、最後に戦争してから七十年以上たっています。世界中を巻き込んだその戦争は六年間続き、死者は僕の国だけで三百万人以上。全世界では八千万人以上が死んだとも言われています」


 全員がいぶかった。青い顔をしてアザレアが言った。


「……三百……万……? 数がおかしくありませんか?」

「いいえ、三人、三十人、三百人、三千人、三万人、三十万人、三百万人。その三百万人です。そして、八千万人」

「……私の村は、百人ぐらい。エルフ全体でも……そんな数にはなりません」


 クラレンスは、呆然としていた。


「信じられない。魔王国全体でもそんな数にはならない。それが皆死ぬなどと」


 クラレンスが頭を振って言った。


「信じられないでしょう? でも事実です。その内、戦った兵士は三割。残りは全て普通に暮らしている……農民や商人、子どもたちでした」

「……そんな数の人が、六年間で……世界は……滅んだのでは……」


 アザレアの問に、僕は首を振って答えた。


「いいえ、いいえ。滅びていません。それ以上に人は増え、なんの反省もせず、戦争は、戦いはなくなりません。今、この瞬間にも殺し合っているでしょう。武装していない僕の国でも、人を傷つけ、殺す人は絶えません。我が子でさえ殺す親も。泣き声がうるさい、いうことを聞かないという理由だけで」

「なんという……」

「はい、そんな世界から来たのですよ。……傍観者でした。なんの行動もしませんでした。でも、ルキフェに機会をもらいました。ここでは何かできるのではないか、誰かの幸せに役立つ人間になれるのでは、と」


 全員がこちらを見つめたままでいる。僕は手を打ち合わせて言った。


「さあさあ、行動しましょう。みんなの幸せのためにね。では、皆さん、次はノルフェ王国から連絡を取り合うこととしましょう」


 みんな表情には出さなかったけど、複雑な感情を抱えさせてしまったかね。


 遠くなる竜を見送り、会談の後片付けをした。

 さあて、ノルフェ王国。どんなことが待ち受けているんだろう?

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