追想 行動のために
「さて、僕の望みは、世界を知り魔王国の役に立つことです。まず、魔王国内ではどんな風に皆が暮らしているのか。これはもっとお互いを知ってからでもよいでしょう。いちばん重要なのは情報です。魔王国には情報組織がありますか?」
クラレンスに問いかけた。
「……情報……組織ですか? 誰かが聞いてきたことや必要なことは、各部族の長が集まった時に伝え合います」
……組織的に、一元管理されてないのかな?
「勇者が生まれたという情報はありませんか?」
「……勇者が生まれたかどうかは……わかりません。魔王国に侵入された時に存在がわかることもあったようですが……魔王城に侵入されるまで、勇者のことは誰も気づきません……」
クラレンスが苦しそうに言った。
狂乱に巻き込まれていたからわかりません、なんだろうな。言い訳しないのはいいけど、問題だな。
「では、勇者がどうやってこちらの情報を得ているかも知らない、と?」
「……はい」
「魔王は魔王城で勇者に倒される……いつも必ず。それは魔王城が、魔王国が、魔王の死を教訓とはしていない。警備がまったくなく、無警戒でいるのか……。それとも……誰か……が?」
「ぐっ」
クラレンスが目を見開いた。それを見て、僕はニッコリ笑みを浮かべる。
「次はっと。狂乱は魔王国内だけなのか、魔王国から出掛けていた者も狂乱するのかわかっていますか?」
「魔族の商人で、国外にいたものは狂乱しなかったようです」
「お、それはいい情報ですね。国外に支部を置けば狂乱時も対応可能か。ふんふん。魔族の商人は、人間の国に行ってもすぐ殺されたり、差別されたりはしないのでしょうか?」
「見下されはしますが、角が目立たず人間と見分けがつかない者やエルフ族、ドワーフ族の者は殺されません」
ドワーフもいるのか。エール作ってるかな。
魔王国は敵視されてるんだろうけど、人の交流があるってことは、滅ぼそうとはしてないってことか? いや、ガランたち竜族もいるから、おいそれと殲滅戦はできないってとこか。
「では、情報組織を作りましょう。そうだなぁ、魔王国中央情報局、MCIA」
「……えむし……? 魔王国……中央情報局ですか……どのようなものでしょう?」
「国家情報長官の直属で、魔王に情報を提供する組織です。まあ、長の下に、情報を集める者、どの情報にどんな意味があるのか考える者、それをもとに行動を決める者、実際に行動を起こす者。そういうことができる能力の集まりというところかな」
「中央情報局……。具体的になにをすれば……」
「一度に全部を作ることはできませんから、まずは僕のそばで情報を集める人が欲しいですね」
クラレンスは能力があるなら、長官職?
ブリアレンとアザレアを見る。エルフが森の人なら、得意なことは、狩り?
「色々なところにこっそり侵入し、人に紛れ、話や書類から情報を得ること。場合によっては、うそをついて人をだます。後ろから忍び寄って、暗殺する」
アザレアが眉をひそめる。
「また、協力者を集めることも必要になるでしょう。僕が考えるこれらのことを学ぶ気持ちのある人。そんな人を選んで、僕につけてください」
いきなり組織を作るのは不可能だ。少しずつ人材を教育していこう。タイムリミットはあるが、急いては事を仕損じる、だね。
三人はうつむいて黙って考え込んだ。
「ガラン、ホーロラとスランは連絡役でしたね。どの様にするのですか?」
「どちらかが交代でエルク様に付き、魔王国と行き来します」
「うーん、ホーロラとスランは、他の人間から見えないよう、透明になったりできるの?」
「……隠蔽魔法で見えないようにはなりますが、ずっとかけておくことはできません。エルク様のお考えのように、一緒に行動することは難しいかと」
「だねぇ。必要な時に呼ぶから来てもらおうかな。ガランに呼びかけたときのような、遠い距離で話ができる方法はある?」
「念話でしょうか? 竜族は皆できますので、ホーロラやスランと話してみてください」
『ハーイ! ……ホーロラは右前足を挙げて。スランは翼を広げて。ぶつからないようにね』
『はい』
ホーロラは右前足を挙げ、スランはゆっくりと翼を広げた。
『ふたりともありがとう。もう下ろしていいよ。クラレンスさん、魔族は念話ができる?』
『できますが、竜族のように全員ができるわけではありません』
クラレンスは念話から切り替えて言った。
「ブリアレンとアザレアはできます。ただ、あまり遠くになると難しいですし、魔力を多く使うので、日に何度もは、できません。緊急のときだけ使います」
『そうなんだ、あまり使えないか。ブリアレンさん、できる距離はどのくらい?』
『一日歩く距離……くらいでしょうか』
『アザレアさんは、どのくらいの距離?』
『見えていれば届く……程度です』
『そうかぁ、アザレアさんが背負っていたのは弓ですか?』
『……はい』
「ほう、後で射るところを見せてもらえます?」
「……はい」
「今の念話でも、魔力はかなり使う?」
三人はうなずいた。
「伝言や手紙での連絡方法も考えないとね。そうか、盗まれたり、裏切られたりした時に内容が知られないように暗号も必要になるねぇ。なんか考えるかぁ」
暗号を専門に考える部署も人も育てないといけないが、後回しかな。
「ここでは時間をどうかぞえるの? 一分、一秒ってどのくらい? 一時間は? 一日は何時間? 月は? 一年って? 季節はある?」
誰も詳細を理解していないが、時間の概念や暦はあるそう。一年は三百六十日、ひと月は三十日、十二カ月で一年。四季があり、今は春の半ば。今日は、聖教会暦五五二五年五月十六日。
聖教会は宿敵だが、人間と商売をするので相手に合わせる必要があって、各国共通の暦を使用しているのだという。
「魔王国の識字率はどうなってます? みんな文字の読み書きはできるの?」
ブリアレンがクラレンスを見て答えてくれた。
「識字率とは初めて聞く言葉ですが、エルフは、子どもに読み書きと算術を村で教えます」
クラレンスがうなずいた。
「魔族も同じです」
「識字率って言葉は、読み書きできる人がどれくらいいるかって言葉だよ。魔王国は高そうだ。じゃあ、僕に連絡したい時は宝物庫に手紙を入れてください。僕からの連絡は当面ガランへの念話にします」
みんながクラレンスを見て、うなずき合う。
「この後、僕は世界を知るために旅をしようと思います。どこに行けばよいでしょう?」
僕の問に、クラレンスが答えた。
「魔王国は海と、南北に続く大裂け目で、ノルフェ王国と接しています。その南にフラゼッタ王国。大裂け目の東は無人の砂漠。その南は大森林。フラゼッタ王国の東、大森林との間にギリス王国があります。どの国も国境に砦があり、魔王国は警戒されています」
「ほう。後で概略図、おおよそでいいので、世界地図を宝物庫に入れてください」
「はい。そのフラゼッタ王国は、特に厳しく魔王国を警戒しています。海沿いのノルフェ王国ならば魔王国の商人も向かうので、入りやすいかと思います。エルク様は人間に見えますから、国境さえ超えれば旅をするのはそう難しくはないでしょう」
「では……ノルフェ王国を目指すことにしましょう。空を飛んでいけば、国境を超えるのは簡単でしょう」
「空を飛べるのですか!」
アザレアが驚いて声を上げた。キラキラした目で僕を見てくる。
「昨日、魔法で飛んでみました。飛べないの?」
「翼あるもの以外は飛べません。空を飛ぶ魔法があるなんて聞いたことがありません。風魔法でしょうか?」
「え? ガランたちも魔法で飛んでいるよね?」
ガランが瞬きして、頭を横に振った。
「我らは魔法で飛んでいません。幼竜の頃に練習し、飛べるようになるのです」
練習してか。種族的な魔法か? まず間違いなく魔法だろうが、魔法で飛んでる意識はないのだろう。話を聞いているアザレアの瞳が熱っぽくなった。飛ぶ魔法は憧れなのかな。
「僕だけ飛べるのかな。まあ魔法は、もっと学ばなくてはいけないね。では、次はノルフェ王国で連絡を取り合うことにしましょう」
アザレアは、話題が変わったことにがっかりしたかな。
「アザレアさん、弓を射てみてもらえますか?」
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