追想 朝食ミーティング


「みんなは朝食は食べてきた? 僕はまだなんだ。鳥スープのパン粥、いっしょにどう? あっ、ごめん、ガランさんたちには足りないね。宝物庫にまだ肉が入ってるから、すぐ用意するね。塩味で焼いただけになるけど」

「エルク様、我らのことはお気遣いなく。この前、食事をしたばかりです。竜族は一度食事をすると数ヶ月は食べません」

「ふーん。ね、ね、竜族の食事って、何を食べるの?」

「山の魔物や動物です」

「へー。炎で炙って食べるの? 味付けは?」

「咬み裂いて、そのまま食べます」

「生食かぁ。でも数ヶ月に一度の食事って味気ないね。食べる楽しみを知らないのはもったいないから、なんとかならないかねぇ」


 手伝おうとしたアザレアに座っているように言うと、板に載せた鍋をテーブルに置いた。人数分の器を取り出して粥をよそい、水を入れた木のカップと共に配る。

 スプーンとフォークをテーブルナプキンの上に置いて共に添える。テーブルナプキンは浄化魔法を使った清潔な布切れだ。


「では、いただきまーす!」


 そう言った僕を、みんなは不思議そうにみる。まあ食事前後の挨拶は日本独自と言われてる習慣だし、海外では宗教がらみで不快を示す人もいるしね。こっちにもない習慣なのかな。

 三人は、食べだした僕と、自分の前にあるフォークを見比べている。


「どうしたの? 毒は入っていないよ。同じ鍋から僕も食べてるから大丈夫」

「いえ、これは食事をする時に使う道具でしょうか? 使ったことがないので」


 クラレンスがフォークを手に取った。


「フォーク、使ったことない? 熱いもの、このお肉なんかを食べる時に困らない? 宝物庫にはなかったけど作ってみたんだよね。ねえねえ、食事の時ってどんな道具で食べてるの? 手掴み?」

「スプーンは使いますが、こちらは使ったことがありません。肉などは手で食べます」

「手掴みかぁ。熱いものは食べないの? じゃあ、ものは試し。使ってみて。もっとパンも用意しようね」


 皿と固いパン、小ぶりのナイフを取り出して、みんなの前に置いた。


 ……ここからはビミョーな話だから、大人の口調に変えようか。


「さて、食べながら聞いてください。僕はルキフェから魔王を受け継ぎました。そのお話をしましょう」

 アザレア以外はこちらを見ている。


「これはあまり広めたくない話ですが、僕はこことは違う世界に生まれ、生涯を終えました」


 みんなは、キョトンとした顔をする。


「ええ、ここと違う世界、異世界から来たんです。その世界に魔王はいません。勇者もいません。竜も、角の生えた人や耳が尖った人もいません。魔力や魔法はありません。まったく別の文化、技術、文明が発達しています。そんな世界で死んだ僕は、魂として魔王ルキフェに出会いました」


 ルキフェとの邂逅をかいつまんで話した。

 三人と三頭に会うまでは、異世界からの転生者であることを話すべきか迷っていた。

 魔王エルクを信頼してもらうために、正直に教えることにした。自分が相手に信頼してもらうには、まず相手を信用し、隠し事なく正直であることが重要だから。


「ルキフェが一番に望んでいることは、魔王国の人々が幸せに暮らすこと。自分が禍の元となり、不幸を撒き散らしたことに苦悩していました」


 僕を真似て、フォークを使っていた三人の反応を見ていた。クラレンスは器に目を落としたまま、食べる手を止めている。


「魔王ルキフェの中に二人の魔王がいると考えてください。一人はとても理知的で慈愛の心を持った者。もう一人は狂乱し暴力的で残虐な者」


 ブリアレンとアザレアも食べるのを止めて、僕を見つめている。


「ルキフェは、魔王として魔王城に復活した瞬間に、狂乱状態となってしまう。そのまま周りを巻き込み、残虐に突撃することを求めました。そうなった魔王の中に、理知的なルキフェも同時に存在していた。何百回も、見ているしかなかった」

「……魔王様は、戦いを望んでいない、と言うことですか?」


 クラレンスが、きつく目を閉じて尋ねてきた。

 ブリアレンとアザレアを一瞥して、うなずいて答える。


「はい。今まで一度も望んだことはなかったそうです」

「そんな! あんなにも、あんなにも……みんな死んでしまったのに! 無駄だったと! すべて無意味だったと!」


 クラレンスが、僕に怒りの目を向けて叫ぶ。


「クラレンス。ルキフェの望みは、その答えを見つけることです。自分ひとりが消滅して不幸が起きないなら、彼は消滅することをためらわない。でも、もし別の魔王が生まれたら? 同じことが繰り返されないという確信が、持てなかったのです。そこで僕が頼まれました」


 ガランに視線を移して続ける。


「昨日、僕がここに現れたのは大きな賭だった。魔王としてこの世界に、魔王国の外に実際に現れてみないことには、狂乱するのか、しないのか、その答えが得られない。試してみるしかなかった」

「もし狂乱されていたら……」


 ガランの問いに、にっこりと答えた。


「狂乱したら、肉体が滅びる手立てを用意したけど、確実じゃなかった。勇者に滅ぼされることを期待することになったでしょう。でも、賭けには勝ちました」


 ……狂乱したら滅びるのは残ったけどね。この爆弾は解除しないと。


「あなたは、エルク様は、なぜルキフェ様の願いを聞き入れたのですか? 利があるように思えないのですが」

「利ですか? 僕は一度大人になり、無念に病死しています。人生をやり直せる絶好の機会と判断しました」


 僕は改めて皆を見渡し、立ち上がって頭を下げる。


「魔王が狂乱しないためにはどうしたらいいか。狂乱を止めれば、ルキフェの望みを叶えることができると思います。そのために皆さんに、ご協力をお願いいたします」

「エ、エルク様、頭をお上げください!」


 ガランが吠えた。


「もちろん、今すぐ僕に従え、言われた通りに協力しろ、とは言いません。お互いを知る時間が必要でしょう」


 頭を上げて腰を下ろした僕に、クラレンスが言った。


「……確かに、エルク様は魔王様の力をお持ちであることはわかりました。ここまでガラン殿が従うのもその証でしょう。……しかし、よく考える時間がいただければ幸いです」

「クラレンス!」


 ガランがまた吠えたが、手を上げて止めた。


「ガラン、いいんです。会ったばかりじゃ当然です」


 僕は食事を再開した。


「食事を済ませましょう。アザレアさん、味はどう? 塩味だけだからなぁ、野菜や胡椒なんかの香辛料があれば良かったんだけど」

「……美味しいです。こんなに骨から肉がスルリと外れて、鳥の味がこんなに出ているスープは初めてです」

「お愛想でもそう言ってもらえるとうれしいなぁ。魔法で圧力釜の再現は今後も研究しようっと。シチューやチャーシューもいいよね。皆さん普段はどんな物を食べてるの? さっき魔物を食べるって言ったっけ?」


 三人が顔を見合わせている間に、ガランが答えた。


「はい、魔物を食べます。家畜を食べると嫌な顔をされます。咬み裂くか丸呑み。人種が作るような料理は食べませんが、エルク様がお作りになったものなら食べてみたいです」

「魔物って食べられるの? いやそこじゃないな、やっぱり魔物っているのね」

「はい。私たち魔族はパンと、魔物や家畜の肉などです。野菜はあまり食べません」

「我らは野菜も木の実も食べます。肉は焼くか茹でるか」


 クラレンスに続いて、ブリアレンが答えた。


「……あの、クラレンスさんは魔族ですか?」

「はい。魔族です」

「で、ブリアレンさんも魔族ですか? 魔族とはどんな人々なのかを知らないのです」

「はい、魔族です。私とアザレアは、魔族ですがエルフ族とも呼ばれています」


 やっぱりエルフかぁ。


「……僕は、魔王国が何処にあるのかも、どんな人たちが住んでいて、どんな暮らしをしているのか、この世界のことを何も知りません。無知な者の言葉を聞いてもらえるとは思えません。この世界のことを知りたい……」


 三人の器が空になっていたので、お代わりを勧めてみたがもうよいようだった。取り出した鳥モモ肉は、アザレアがきれいに骨だけにしていた。


「食後の飲物を出したいですが、白湯かな。お茶を飲む習慣はある?」

「……あります。薬草湯をよく飲んでいます」

「その薬草って持っていないですか?」


 アザレアが腰のあたりから小さな革袋を取り出し、中に入っていた乾燥させた葉を数枚もらった。アザレアに教えられながら小ぶりの鍋で煮出して、皆に配った。


「うん、ほのかないい香りだね。ミントティに近い。爽やかな味だ」

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