追想 魔王国の民
目が覚めると、まだ日が昇る前で暗い。
一晩中有効にしていた探知魔法はなんの反応も示さなかった。わたしとガランで、昨日あれほど大騒ぎしたから、この辺りにいた生き物は逃げ出したのかもしれない。
起き出して、顔を洗って朝食にする。昨夜の鳥スープを温め、パン粥を作る。
「鳥の旨味が出ておいしくできたけど、やっぱりここはラー油が欲しいな」
朝食の準備ができた頃には空が白んできた。
さて食べようとした時に、ガランともう二頭の竜が飛んでくるのを探知魔法が捕捉した。探知範囲を一キロほどにしていたのでもう頭の上だ。
見上げるとガランを先頭にその後ろに二頭が並んだ三角形の編隊飛行で、ゆっくりと旋回しながら降りてくる。竜たちの頭には、合わせて三人の人影が見える。鞍のようなもので騎乗しているみたいだ。
ガラン以外の二頭は羽が二枚。全身が濃い茶色で、ガランより二回りほど小さい。
大きく手を振って駆け出した。
うん、十歳の子どもならば、知ってる竜が飛んでくるのが見えたら、笑顔で手を振って走り回るよ。
今後情報収集をするなら子どもらしく振る舞えた方が良さそうなので、練習しておくことにしよう。
この世界の言葉には「わたし」と「僕」のように、複数の一人称があるので使い分けてみよう。
「僕のような純真無垢な子どもの笑顔には、みんな警戒を緩めるよね。よね」
砂煙をたてないように気遣ってくれたのか、風を巻き起こさずにフワリと降りてきた。
「おはよう、ガラン!」
「おはようございます、エルク様」
竜たちは首を伸ばして乗っていた人を降ろした。三人とも厚手の黒いマントを、体に巻きつけるようにしている。
ガランを中心に居並ぶ竜、その前に三人が立つ。
一人は壮年に見える長身の男性。
黒い瞳、黒髪でこめかみに白いものがまじる。眉間に深いシワ、額には二本短い角がある。蒼白で端正な顔が冷たく感じられる。
もう一人の男性も長身で、先の男性より肩幅が狭い。
灰色の長い髪を襟足ぐらいで縛り、髪色と同じ灰色の眼。年齢の見当はつかない。無表情でこちらを見ている。
耳の上部が尖っている。
……エルフ?
最後の女性も同じ様に耳が尖っている。
十七、八歳に見えるが、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。黒髪を、茶革でまとめている。長身、色白、灰色の眼。少し厚めの赤い唇。すごく美しい。
三人は、こちらをちらりと見た後、穴だらけや溶けた岩、焼けた地面、ガランと戦ってできた大きな溝、竜の形が残る岩山などを見渡して目を見開いている。
みんな帯剣して、エルフらしきふたりは、弓を背負っている。
「わぁー、魔族ってもっとこう、筋骨隆々として威圧感があるって思ってたけど。綺麗な姿なんだねェー」
角のある男性が目を泳がせる。
「あ、エルフかな! 耳が尖っていて、ほんとに優雅で美しい! エルフも魔族なんだ! あっ、いきなりごめんなさい。ご挨拶しなくてはね!」
僕は右手を胸に当て、左手を低く横に出し、にっこり微笑んで軽く会釈をした。
「皆さん、初めまして。僕はエルクです。魔王ルキフェ様より魔王を受け継ぎました。以後、よろしくお見知り置きください。皆さんのお名前を教えて下さいませんか?」
角の男性が軽く会釈をした。
「クラレンスと申します」
「ブリアレンと申します」
「……アザレア……です」
エルフらしき男性がブリアレン、僕を真っすぐ見つめてくる。最後の女性がアザレア。彼女は僕を睨んでいる。
ガランが二頭の竜を紹介した。
「エルク様、こちらの者は連絡役としてお役立てください。右がスラン、左がホーロラです」
二頭の竜は臣下の礼を取り、声を揃える。
「魔王エルク様、よろしくお願い申し上げます」
竜たちの丁寧な言葉を聞いて、アザレアの眉が、ピクリと動いたね。
「はい、よろしくね。では皆さんこちらに。座ってお話しましょう。どうぞ」
テントの前に案内する。十人は座れる凝った装飾のテーブルと四脚の椅子を取り出して、三人が僕と対面するように椅子を並べた。僕の席は、朝日が登る方向を背にしている。
「どうぞ、座ってください」
僕と向かい合うようにクラレンスが座り、その横にブリアレン、アザレアが座った。三人の後ろに、ガランたち三頭の竜がスフィンクス座りをする。
みんな、僕を不信の目で見ている。テーブルセットを取り出した時に、クラレンスが微かにうなずいた。ブリアレンは目を細めテーブルと僕を交互に見た。
アザレアの睨みつける視線はきつくなった。
……緊張するね。とにかくニコニコ笑って、警戒心を緩めてもらわないとね。子どもがなれなれしく話すと
「じゃ、さっそく。いきなり子どもが魔王を受け継ぎました、と言っても良くわからないよねー? ガランは僕の魔力が見えるけど、みんなには見える?」
三人は顔を見合わせていた。ブリアレン、アザレアは首を横に振り、クラレンスが代表して答える。
「我々には、ガラン殿の様に魔力を見る能力はありません」
「そう。やっぱり別なものを考えておいて正解だね。魔王城の宝物庫ってさ、中の物は、魔王以外に取り出すことができないんだよね? クラレンス、そう?」
「……ええ。入れることは誰にでもできますが、取り出せるのは魔王様だけです」
「では、ガランに命じて、みんなに入れておいてもらった物を出そうかな。えーと、昨日入れられたのは……三つ、ですね」
僕はちょっと宙を見て、ガランに会ってから今朝までに入れられたものを検索した。みんなは「三つ」と言ったことに驚いたようだ。
「数がわかるのですか?」
「うん、わかるよ、ブリアレン。ルキフェから、宝物庫は自由にしていいと言われてるんだ。で、何が入っているかわからないと不便でしょ?」
「宝物庫に収められている物の記録はないですが」
「ああ、クラレンス、そうみたいだねぇ。とっても古くからあるんだってね。で、僕が下調べして物品一覧作ったからね。何がどれだけ入っているかわかるんだ。そうそう、誰が入れたのかもわかるんだよ。まずは、これかな」
僕の話を聞いて、アザレアが少し顔を赤らめた。うん、君が、何入れたのか知ってるよ。
最初は、刃が折れている抜身の剣。
「はあ、綺麗な剣ですね。柄と鍔の装飾と宝石、刃に施された紋様も素晴らしい。折れてしまっているのが残念。ん? 折れたにしては断面がキレイすぎる? クラレンスのだね。どうぞ確認して」
クラレンスが手を伸ばしてテーブルの上に置いた剣を取り、じっと見つめた。
「……これは私の先祖が魔王様を守って勇者と戦った剣です。勇者に折られたと聞いています」
「誇りある剣、ですね」
「……」
クラレンスの表情は読めなかったが、じっと折れた剣を見つめている。
次に弓を取り出してテーブルに置いた。
「シンプルだけれど気品のある弓だねぇ。ハンドルにある蔦のような象嵌装飾が美しい。でも、よく使い込まれて力強い良い弓だね、ブリアレン」
ブリアレンは、僕を見てうなずく。
「ありがとうございます。これは私が若い頃に作り、ずっと狩りで使っている弓です」
「アーチェリーの経験はあるけど、これほど優美ではなかったなぁ」
「……あーちぇ……」
「あ、ごめん、別の世界の言葉で、弓を使った競技のことなんだ。ちょっとだけ僕もやったことがあるんだ。で、最後はっと……、これはっ!」
取り出そうとして手を止め、思わずって感じで、アザレアを見つめたよ。
アザレアはツッと目をそらし、ますます赤くなる。
「ふーむ。これはきっと俗人には理解できない、高尚で深い意味のあるもの、なんだろうねぇ」
と、取り出したのは皿に乗せられた、骨付きの鳥モモ肉らしきもの。まだ温かく芳ばしい香りがしていて、一口小さく噛みちぎられている。
「あはははっ!」
僕が笑い声を上げると、ブリアレンが皿を見て、アザレアにとがめるような視線を向ける。
「アザレア、これは」
僕は手を上げてブリアレンの言葉をさえぎった。
「クラレンスさんの剣。抜身ということは懐疑と敵意かなぁ。本当に大切なものは取り出せなくなっては困るし、新しい魔王が本物だったら、不敬になっても問題だしね。それなりの価値のあるものが必要。この話全部が嘘だったら、反抗も辞さない気持ちもはいってるのかな」
クラレンスを見つめて話す。
「ブリアレンさんの弓。取り出されたものが、自分の入れたものだと絶対確実にわかるように、という気持ちかな。魔王が本物でなくとも然程問題はない、とか?」
ブリアレンはそれなりに知略があるのだろうが、生真面目な性格なんだろうね。
「そしてアザレアさんの、お肉。ガランから子どもと聞いて、悪戯心を刺激されたのかな? 元々魔王の存在に思うところがあったのかも。ルキフェとは面識がないのかな」
僕が皿を持ち上げる。この匂いは香草かな? 食欲をそそる。どんな香草なんだろう? 後で貰えないかなぁ。
「僕がこの肉を見て、どうするのかにも興味が、ある? 笑い飛ばすのか。反対に、激怒したら、魔王とはその程度の者。自分たちに強い影響を与える魔王を計りたかったのでしょ。恥ずかしそうにしてみせたら、どう反応するのか、とかも?」
肉の香りを嗅いでにっこり笑い、アザレアの前に皿を押しやる。
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