ベルグンの街
翌朝、村を出発する。
その後は、ベルグンの街まで村での野営が、三日続いた。
ベルグンの街に近づくにつれ街道には人や荷馬車が増え、村も大きくなっていく。ジュストはどの村でも、村長に狼の群れについて伝えていった。
明日にはベルグンの街につくという昼前に、空の馬を一頭つれた三騎の革鎧の男たちと出会った。
男たちと何事か話していたジュストは、ベルグンの商館に向かうよう指示を出すと、男たちと西に向かっていった。一足先にベルグンに行ったようだった。
ジュストを見送る僕たちに、オットーが横柄に宣言し、速度を上げさせた。
「先に行くことになったジュストから俺が、あとを任されたからな! おまえたち、手を抜いた仕事は許さんぞ!」
……そんなこと、一言もジュストは言ってなかったよね。あんた、任されてないよね?
最後の野営は雰囲気が悪かった。
野営の準備にオットーがあれこれと細かく注文をつけて、みんなの機嫌を損ねていたが、本人は知らん顔だ。
時折、オットーがこちらを値踏みするように嫌な目つきでチラチラ見てくる。最初の村からずっとだ。
……ふーん。あの目つき。前世の時に憶えがあるね。嫌々参加させられた競合が出席するプレゼン。仕切り屋? 勘違した人? 目先の利益しか見えない盗人?
トピの肩に親しげに手をやり、こちらのことを尋ねているのも何度か見た。トピは迷惑そうな顔をしていたが。
人に会う事が増えたせいか、その人がこちらに向ける感情がうっすらとわかるようになってきた。害意か、敵意か、善意か、程度だけど。
トピも相変わらずこちらをにらむ。だが害意はなく敵意だけだった。ヘリと仲良くするのが気に入らないのかもしれない。兄としての矜持かな。
トピは野営中、寝るまでの空いた時間、ゴドたちに剣の訓練を受けていた。
鞘を付けたままで打ち合う。
……へぇー。トピの剣、結構やれるみたいだね。すごく様になってる。
二夜目の野営時、見学していた僕は、ゴドから一緒にやらないかと誘いを受けた。
胴、腕、脛に革製の防具をつけるが、革の鞘に入ったままの剣は当たりどころが悪いと怪我をする。ゴドたちもトピも短めのブロードソードに円形の小盾を使っている。
剣術は習っていないので、剣の持ち方や構え方、足運びなど一から教えてもらえてラッキーだね。
「魔術師は、うしろから魔法を使う。パーティーなら守ってくれるが、詠唱中に攻撃を受けることもある。自分の身を守るために剣の使い方は覚えたほうがいい」
僕が剣は素人なのを知るとトピは鼻で笑い、勝ち誇ったような目をした。
「エルクは珍しい剣を使っているな。刺突がメインか。刃が付いてるが魔物を両断するのは難しいな。魔術師にはいいのかもしれんなぁ。剣だけで魔物を倒そうとすると、このくらいの重さや身幅があったほうがいい」
ゴドが自分のブロードソードを持たせてくれた。重量もあり、刃は鋭く切れ味が良さそうだ。十歳の子どもが扱える物じゃないから、軽く振り回さないよう注意しないと。変に見えるよね。
丸盾も借り、装備の方法を教えてもらう。
円盾と剣の基本を教わると、ゴドと組打ちをした。
左半身に構えるゴドに、踏み込んで突きを入れる。小盾で、払われた。
そのまま走り抜け、横から斬りつける。上から小盾で剣を押さえつけられ、足を掛けられる。なすすべなく地面に転がった。
立ち上がって向き直り、また突きかけようとするタイミングで、ゴドが剣先を斜めに動かす。つられて小盾で防ごうとして、腹に蹴りを喰らった。
……グゥッ! フェイントか! ゴドの戦い方は、エグい感じ!
小盾に剣を隠し、間合いを見せない。とってもおもしろい戦い方。
フェイント、、足払い、蹴り。小盾を捨てて拳。格闘も混ぜられ、何度も転がされてしまう。ガランのほうが素直だったくらいだ。
けど、集中すれば、ゴドの剣は避けることができる。僕には届かない。
……へへんっ、身体能力高んだよねー僕、動体視力もいいしね、と、
「すごいなエルク。最初は足が届いたが、短い間に修正してくるとはな」
「ふぅー。ありがと」
「剣は、どう攻撃しても、よけられるな。剣と盾の扱いは素人だが、攻撃をよける速さはいい。魔物の中には毒を持っているものも多いから、相手の攻撃を見極めて、避けるのも重要なんだ」
ゴドの言葉に、トピが苦い顔をしている。
最後の野営で、それまでは僕に近寄らなかったトピが、模擬戦を望んできた。ゴドを審判にならと受ける。
軽く黙礼し、構えた。トピが鋭い目でこちらをにらんできたが、段々と表情が変わっていく。
僕をにらんだ目が見開かれ、汗をかき出した。「わぁっー!」という大声とともに打ち込んできた。
トピの剣は速く鋭いが、単調な攻撃。大上段からの打ち込み一辺倒だった。
僕は打ちつけてくるトピの剣を、盾で払い、素早く動いてかわす。ことごとく受け止められ、かわされたトピは、顔を真っ赤にして、ムキになって攻撃してくる。
トピが打ち込んでくる剣の速度が落ちてきた。肩で息をしている。
正面から振り下ろしてくるのをいなされ、身体が伸び切ったトピに、僕が体当たりをした。トピは倒れ、荒い息をして立ち上がれないようだった。
「エルクの勝ちだな。トピ、いつものおまえらしくない試合だった。どうした?」
トピは荒い息をしてしゃがみこんだまま、答えなかった。
「トピ……もっと冷静に相手の出方を見ろ」
「ゴド! 遊んでないでちゃんと護衛をしろ。明日にはベルグンに着くからといってさぼるな! 料金分の仕事をしろ、まったく」
横からオットーが声をかけてきた。ゴドはオットーをにらんだが、口にしたのは事務的な言葉だった。
「……了解した」
ヘリは、最初の村での演奏と踊りを、翌朝に褒めると真っ赤になっていた。
それ以来、笑顔で元気に話しかけてくれる。歩いているときも家馬車の窓や戸から話しかけてくる。僕には話せないことが多かったので、もっぱら聞き役に回った。
オッシとマイヤは幼馴染で、昔はいくつもの家族が一緒に行商と興行の旅をしていた。
もともとは南方の遊牧民だったのが放浪に近い生活をするようになったらしい。
トピはとっても優しい兄で大好き。オッシの音楽が大好きで、マイヤの踊りも大好き。いつかマイヤのように踊れるようになりたいとのこと。
いろいろなことを話してくれる。
ふと僕を見つめ、思い詰めたような顔をした。
「あの時、安心したの。窓の横を飛んでいくエルクが、『助けるから大丈夫!』っていってくれて。みんなを助けたくれた。ありがとう、エルク」
「ああ、どういたしまして。助けられてよかったよ」
……あの時……声をかけたかなぁ。念話? 聞こえたの? 飛んでたっけ? 夢中だったからな。無意識には気をつけないとな。
「……あの時、トピったらね、剣を持って馬車から飛び出そうとして、オッシに怒鳴られ……」
ヘリは、それ以上念話と、飛んでいたことを話題にしなかった。
どうやら僕が自分のことを話したがらないのに気づいていて、自分のことや周りのことを話題にしてくれているようだ。聡い子だ。
翌日の昼前に、ベルグンの街が見えてきた。
土塁と丸太、厚板、石材、漆喰で作られた高い街壁。堀が巡らされ、門は跳ね橋になっている。大きな厚板の扉は開かれていた。
ゴドが横を歩きながらベルグンの街について教えてくれた。
「ここはベルグン伯爵領の領都だ。中央にベルグン伯爵の館がある。俺たちも、オッシたちもここをホームにしている。ノルフェ王国東部ではここより大きい街はない。もっと西の王都はここより大きいがな。それぞれのギルドも大きな支部を置いているし、商館も多い」
門は街に入る長い行列ができていた。
農作物を運ぶ者は、徒歩も荷馬車もあまり止められずに入れているようだ。領民なのだろう。領民以外の旅人、商人の馬車はそれぞれ列を作っている。隊商は行列の最後尾に並んだ。
ゴドが小声で言った。
「ジュストさんがいれば普通の手続きなんだが、オットーだと問題がある。くそ、やっぱり降りていったか。警備兵に鼻薬をきかせて、先に入れてもらおうってとこだろう。ジュストさんの評判が落ちるのをなんとも思ってない」
……ほぉ、ゴドは真面目だね。金で解決できればいいとか考えないんだね。僕とは違うんだ。金でなんとかなれば、それが正解。僕はそう思うんだけどねぇ。鼻薬、便利だよ。
警備兵が寄ってきて、僕らの隊商を先に通してくれた。順番を抜かされる他の商人たちは怒っていたが、警備兵には文句が言えないのか、こちらをにらみつけてくるだけだった。
街の門を抜けると広場になっている。
中央に拳に握られた剣の像があった。切先を天に向けて建てられている。像の周りはきれいに清掃され、花が飾られていた。
……あの剣、なんだろ? 神さま? 剣神を祀ってるとか?
広場の周りは、石の土台に木材と漆喰壁の家が多い。ほとんどが二階建てだ。壁には薄く色がついていて二階はきれいな街並みだが、一階は土で汚れている。
大通りは馬車が通りやすい石の舗装だが、脇道は土がむき出しで、ごみが目立つ通りもある。
門をくぐってから、いろんな匂いがきつくなった。料理の匂いに混じって、汗やぬれた毛皮の匂い、生ゴミや排泄物の匂いも交じる。
……この匂い、排泄物を窓から捨てるってやつ? いや、あの人、汲み取り人? あの荷馬車に集めてる? うん、糞便は道に落ちてないなぁ。
多くの人と荷馬車が行き交いにぎやかな街だ。
通りを歩く人々は、人間だけではなかった。猫や犬の耳、服の後ろから尻尾を出した人と行き交う。
「エルク、獣人を見るのは初めてか?」
僕がキョロキョロしているのを見て、横を歩くゴドが説明してくれた。
猫人。犬人。耳の先が尖った長身の人々はエルフ。小柄でふくよかな人々はドワーフ。
その人混みの中に、額から角が生えている親子を見つけた。
「ああ、あれは魔族だな。中には嫌う国もあるが、魔力が多い種族だからな、ベルグンでは重宝されている。住んでる人数は多くない。魔王がでた時は迫害を受けるから保護されることもある。ほかの国でもだな。だが魔王も長いこと現れてないしなぁ」
親子は、互いに声を掛け合い笑っている。
あの子も、笑顔はあんなふうに可愛らしかったのだろうか?
馬車は大きな通りを進み、馬車の絵に『ジュスト商会』と書かれた看板の家に入っていった。
奥行きが深く、片側に事務所、その後ろに倉庫が続いているようだ。最後のマイヤの馬車が入ったところで、ゴドが声をかけてきた。
「ジュストさんはいないようだか、エルクの仕事はここまでだろう。俺たちは後でギルドから金を受け取るが、エルクはジュストさんから直接もらうことになる。だが、オットーと金の話をするのは止めておけ。ジュストさんがいる時に訪ねたほうがいい」
事務所から出てきた若い男と話しているオットーを見て、さらに助言をくれる。
「あいつに捕まって邪魔をされる前に冒険者ギルドに行った方がいい。ギルドは門の広場に建ってる。人に聞けばすぐに教えてくれるだろう。忘れるな、ギルドで登録してから狼を売るんだぞ。……くくくっ、あいつらの驚く顔が見れなくて残念だ」
「ゴドさん、悪い顔してますよ」
「ギルドでは舐められるなよ。子どもだが、エルクは強い。なにかあったら、俺の名前を出せ、いいな。さあ、行け」
もう一度オットーを見ると、こちらを指差しながら、なにごとか相手に耳打ちしていた。
ゴドにうなずくと、ヘリとその横にいたトピに手を降り、急ぎ足で商館を出た。
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