エルクはゼロ歳児


 馬車で来た道を、歩いて引き返す。

 このあたりの建物は隣同士が隙間なく建っている。大きな商館が多いらしく、ジュスト商会と似た作りの建物が並んでいる。

 交差する道を何本か渡り、門の広場に出た。広場は四角い形で、ジュスト隊商は東に向いた門から入り、ジュスト商会は北に向かう通りにある。


 広場に多くの屋台が出ていた。近くの屋台では直火で焼いたソーセージを売っている。


「うん、いいねー。いい香り! これぞ旅の醍醐味、屋台の食べ歩き!」


 熱いソーセージを、手のひらくらいのパンケーキで挟んで売ってくれるようだ。

 ジュストが魔石を買取ってくれる時に、銀貨や銅貨も混ぜてくれていた。


 ……金貨でソーセージは、屋台の人が困るだろうしね。ありがたい心遣いだよ。


 冒険者ギルドの場所を聞くのに、ひとつ買おう。

 いくつか屋台があるけど、こういう時は、よくお客がいる所が良いよね。

 うん、元気でキレイなあのお姉さんの屋台、じゃなくて無愛想なおばさんの方。次々人が来て買っていくから、あっちが当たりかな?


「ひとつ、ください!」

「……ほい」

「ありがとう!」


 熱いソーセージにかぶりつくと、もっと熱い肉汁があふれて口を焼く。

 塩味が強めだが美味しい。肉汁の染みたパンケーキを一緒に食べると、熱さも塩味も和らぎ、とっても旨い。夢中で食べて、指についた脂も残さずなめる。

 おばさんがチラチラ僕を見てる。口の端が少し上に向いたね。


「とっても美味しかった!」

「……ふん」

「ねえ、冒険者ギルドってどこ?」

「……あそこさ。石造りの大きな建物。四枚扉のとこだ」

「ありがとう! また食べに来るねー!」


 広場の反対側にあると教えてくれる。

 無愛想だけど、当たりだ! おばさんに、にっこり笑って手をふる。



 冒険者ギルドは、馬車が出入りするのだろう大きな入り口と、開け放した四枚の扉がある三階建の建物だった。

 扉は広場からは三段の石段の上。広い入口ってことは、結構人の出入りがあるんだろうね。僕も石段を登って中に入った。

 扉の先は吹き抜けのホールになっていて、左に掲示板、右奥は食堂がある。中央の突き当りに高いカウンター。物の受け渡しをするような低いカウンターもある。その隣にはテーブルと椅子の組み合わせが、四つ並んでいる。

 食堂に人は多いが、ホールにはあまりいなかった。


 高いカウンターに、女性が一人で扉の方を向いて座っている。カウンター内の床が高くなっているのか、かなり高い位置に女性の顔がある。

 その女性の前に数人の列ができていたので、後ろに並んだ。


 次は僕の番というところで、一人の男が割り込んできた。


「どけ、小僧。なあ、このハイエナの依頼、俺たち『英雄の牙』が受けるぜ」


 ……お約束、ありがとう。やっていいよね?


「僕が、先に並んでいたんですけど」


 男は僕を見もせずに、受付の方を向いたまま。うす汚れた継ぎの多いマント姿の男。無精髭も汚らしい。


「だから、依頼達成は確実だからよ。なあ、今から俺と遊びに」

「ねえ、汚くて、臭くて、不潔なおじさん。僕の方が先だって言ってるでしょ? 耳が聴こえないのかな?」


 男はまた僕をチラッと見ると、いきなり裏拳で殴ってきた。少し頭を引いてかわす。


「これって、敵対行為だね。いきなり子どもに裏拳だもの。きれいなお姉さん、そうでしょ? 先に手を出したのはこのおじさんね」


 僕は前に立つ男の足を、右から左に蹴った。足をすくわれた男は大きな音を立てて、きれいに倒れる。

 マントを掴んで引きずり、横にどける。頭を打ったようで、白目を剥いて動かない。


「息はあるよ、きれいなお姉さん。で、僕の番だね」

「えっ? え、ええ。ボクは、どんな御用かしら?」

「冒険者の登録をしたいので、お願いします」

「新規の登録ですね、説明は必要ですか? 必要よね。絶対必要よ。ちょっと待ってね」


 そう言うと後ろを向いて、離れた席にいた男性職員を呼んで、受付を交代してもらう。カウンターの下に男が倒れているので、処理するように伝えている。


「こちらにどうぞ」


 女性に呼ばれ、テーブルに向かった。


「ここに座って、待っててね」


 倒れている男については何も言われなかった。

 ズリッ、ズリッという音がして、カウンターに目を向ける。片足ずつ足をつかまれたさっきの男が二人がかりで引きずられて、正面扉から外に放り出された。


 ……あれが、処理ねぇ。


「冒険者ギルドにようこそ。私はブリッタよ。ありがと、助かったわ。あのフーゴはいつもしつこいのよ。銅証だけど、腕も、評判も悪いの」


 放り出された男はフーゴというらしい。


「さて、まずはギルドの説明ね……」


 ブリッタの説明によるとギルドは各国にあって、一度どこかで冒険者登録をすれば、どこの国のギルドでも同じ待遇を受けられる。

 鉄証からは口座を作ってお金を預けられる。入金が反映されるには時間はかかるが、どこの国でも引き出せると説明してくれた。


「どこの支部でも? どこの国でも?」

「ええ、そうよ。結構便利なのよ」


 ……どんなシステム? 遠距離通信ができるってこと? 意外と技術が発達してるってことかな?


 冒険者には金証、銀証、銅証、鉄証の階級があるが、最初はそれ以下の木証の見習い階級。条件を満たせば階級を上げる試験が受けられる。戦闘力や技能、魔石をギルドに売ることで条件が満たされる。

 見習いと鉄証階級には、初心者講習会への参加が義務付けられている。

 見習いは、薬草の採取などで稼ぎながら、小さな魔物をねらう。群れからはぐれた角ネズミや四足コウモリなどだそうだ。

 無理しては命を落とすと注意もしてくれた。見習いはその支部だけの登録で、別の街に移れば、登録し直さないといけない。


 冒険者の一般人への暴力は、厳しい罰を与えられる。

 清掃や排泄物収集の奉仕活動から罰金、奴隷、死刑もある。その他のルールは掲示板横の鎖付図書を読んでおくこと。知らなかったは許されないことなどを説明してくれた。


「さっきのは?」

「大概は子どもへの教育ってごまかすわね。逆に一般人から暴力を振るわれたって訴えたら、笑いものよ」


 依頼書と買取の説明が終わると、質問がないか聞いてくれた。


「ギルド間の連絡ってどうやってするの? 階級証には情報が刻まれるの? 口座の出納や本人確認はどうするの?」

「あら、鉄証、銅証になるための試験について聞いてくる人が多いんだけど。連絡は魔法よ。古代の魔術師ギルドの発明で、世界にはいくつか魔法による連絡網があるの」


 ……古代の? 高次だろうか?


「大量の魔力が必要で、高額な費用を払える限られた組織にしか使えないの。鉄証以上はよその街で身分を証明するにも使える。本人の魔力情報を登録するから、それで本人だと確認できるの」

「身分の証明ね。偽名で登録できる? 別人として登録し直す、重複とかは出来る?」

「中には身元を隠したい人もいるから偽名でも出来るわね。でも、偽名でも魔力情報はひとつ。名前を変えることは出来ても、魔力情報は変えられない。犯罪の記録が魔力情報として登録されたらギルドで共有されて、手配中の犯罪者は登録できないわね」

「そうなんだ」


 ……魔力情報の登録か。魔王ってバレる恐れがある? 鉄証にならなければ大丈夫か? ここまで来て登録しないのも変か。悩ましい。


「見習いの木証は、魔力情報登録はできるけど口座は開けない。有効期限もあって見習いでいられるのは登録から一年間ね。鉄証になれないで一年過ぎたら、再登録で費用がかかるの。登録費用は四小銀貨です。それでは、登録しますか?」

「はい、お願いします」

「字はかける? この紙に書いてある項目をすべて埋めてね」


 ブリッタはにっこり笑うと、一枚の羊皮紙をこちらに押し出してきた。

 僕が書いている間に、厚みのある黒い板を持ってきた。

 記入した羊皮紙を見て、ブリッタが読み上げる。


「エルクくんね。え? 十歳? 小柄だけど、十四か十五くらいかと思った。子ども子どもしてないし。魔法、使える、か。なに魔法?」

「なに? なにってなに?」

「ほら、火魔法とか、水魔法とか」

「……あ、ああ。師匠からは、その魔法がなんて名前かは教えてもらってないよ。ただ魔力でああしろ、こうしろだけで……」

「そうなのね、うーん。あとで試験が必要かしらね。武器、使える、ね。はぁ。まあ読み書きはできるし、語彙もあるし、いいか。魔法の確認ね。魔力はみんなにあるけど、魔法として使える人は、ごく一部だけなのよ。これは確認しないとね」

「うーん、使えることがわかるだけでいいの?」

「ええ、ちょっとでも使えれば、練習で伸ばせるしね。使えない人はどうやっても使えないのよ」

「じゃ、これは?」


 僕は、右手の人差指に小さな火を灯した。


「あら、そう、使えるのね……って、ええっ! 今、今、詠唱しなかったよね! 無詠唱なんて、できる魔術師は博士級でもないと!」


 ……あっ! 「ゴニョゴニョ」を忘れてた。うーんと。


「声に出さずに、口の中で唱えるのが師匠の特技で。伝授してもらってます」


 ……かぁー、苦しい。


「……そうなの? 私も魔法は使えないけど、そんな技術があるのね」


 ブリッタが気を取り直すようにうなずきながら、何事か用紙に書いていった。


「では、これで冒険者登録の申込みは終了です。次は見習い証を作るわ。冒険者の登録費は木証を作る費用込で、四小銀貨よ」

「はい、ではこれを」


 革袋から小銀貨を四枚取り出して渡す。


「この魔道具で、名前、年齢、階級、魔力量、魔力色なんかを刻むの。ではここに手のひらを置いて。光ったら合図するから、登録する名前を言ってね」


 ……この魔道具で魔王ってバレないかな。探知魔法は切っとこう。


 黒い厚板の上に手のひらを置く。ブリッタが横の突起を押すと青い光が手を包み、ボウッと光の板が浮かんだ。ブリッタがうなずいたので名前をいう。


「エルク」


 すると、手から何かが吸い出される感じがして、板の光が増す。


 エルクが書いた羊皮紙とその板を見比べて、確認するブリッタが驚く。


「え、ゼ、ゼロ歳?」


 ……あ、はい。生まれてから十日です。


「……魔力が……ゼロ? ……魔力色……空欄って。ちょ、ちょっと待っててね……」


 ブリッタは羊皮紙と黒い厚板を持って、慌ててカウンター奥に入った。他の職員に見せて僕を指さして話し、奥の扉から出ていく。


 ごめんなさい。普通の人間じゃないんです。魔力と魔法は魔王譲り、体は生まれたて。

 あれ? 僕ってホムンクルスとかいうやつなのかな? ちっちゃくないし、フラスコにも入ってないけどね。

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