お騒がせします
時間がかかるだろうから、冒険者ギルドのルールでも勉強しよう。
掲示板の横に行って、鎖付図書を読み始めた。そうそう、注意しないと。本を読み始めると、周りが見えなくなるから。
子どもの頃、何人かで友達の家に遊びに行ったときだ。そこで本を読み始めると、いつの間にか誰もいなくなっていたことが、何度もある。
肩を叩かれ本から目を離すと、横に女性が立っていた。
……ああ、探知魔法を切ったままだった。
「え? だれ? なに? ……ああ、ブリッタさん。……ごめん、本を読み出すと周りが見えなくなっちゃうんだ」
「エルクくん、何度も呼んだのよ。はあ、さっきのテーブルに戻ってくれる?」
「はい」
慌てて立ち上がり、本を丁寧にしまうと同じ席に戻る。そこにはブリッタより年上の女性が、羊皮紙と黒い厚板を持って立っていた。
「エルクね。座って。もう一度手を置いてくれる?」
自己紹介をしなかったが、ブリッタの上司なのだろうな。手のひらを置くと光の板が中に浮かび、名をいう。
「ふう。さっき確認したから魔道具は壊れてない。……しかたない。手動で情報を入れて。魔法は使えるのよね?」
指示を出されているブリッタがこちらを見たので、ちょっと小声でゴニョゴニョして指先に火を灯す。
「いいわ。十歳ね。魔力十、魔力色、赤で作って」
板の横を操作して、指示通りに情報を入れたらしく、硬そうな小さな木板を横から挿入して見習いの木鉦を作ってくれた。
上司がうなずいて、ギルト長と魔術師ギルドに報告しておくと言って、カウンターの奥に戻っていった。
「ごめんね、エルクくん。どうも魔道具の調子が悪いみたいなの」
……すみません、すみません。僕のせいです。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「では、これが木鉦です。彫られている内容を確認して、首にかけといてね」
受け取った木鉦を、通してある革ひもで首に下げ、ブリッタに確認する。
「これでもう僕は冒険者ですよね?」
「ええ、そうよ。うれしい?」
「はい、うれしいです。あの、これで冒険者向け価格で、討伐した魔物を買いとってもらえるんですよね?」
「ええ。何か今まで狩ったものがあるのね? ちょっと待ってね」
ブリッタは笑いながら僕のパックを見て、カウンターから四角くて浅い盆を持ってきた。
「ここに出してくれれば買取に回すわ」
「あ、ああ、いえ、あの、この盆では小さすぎます。灰色狼なんです。討伐部位を切り取ったんじゃなくて、そのまま、なんです」
「そのまま? 切り取ったんじゃなくて? まるまる一頭?」
「はい。どこも切り取ってない姿です」
「……では、こちらに」
ブリッタが案内してくれたのは、低いカウンターだった。
「ここに」
「ここに? うーん、ここじゃ一頭しかのらないね」
「え? 一頭?」
「じゃ、出しまーす」
パックから一番小さい灰色狼を、カウンターの上にだす。
「なんだ、あれ!」
「でかい!」
「はぁ? 灰色狼?」
「いま、どっからだした?」
周りの職員や男たちから声が上がる。ブリッタは目を見開いて、口を開けたまま固まった。
「ブリッタさん? ブリッタさーん?」
「……ああ、エルクくん……マジックパック?」
「ええそうです」
「……大きい。これエルクくんが?」
「はい、僕が倒しました。あのー、ブリッタさん、あと二十八頭あるんですが、ここではのせきれませんよ?」
「に、にじゅ、二十八? ええっ! エルクくん、いったい、何頭倒したの?」
「ボスを入れて三十かな」
「こ、これ一回しまって!」
「あ、はい」
カウンター上の灰色狼をパックにしまう。また、あちらこちらから声が上がった。
「マジックパックか!」
「あんなにでかい灰色狼!」
「見たことねーぞ!」
「いや、それよりマジックパックだ! あんな子どもが!」
ちょっと騒がしくなったのに気がついたブリッタが、僕を引っ張ってカウンターの中に入り、扉から奥に連れて行く。
扉がいくつかある廊下を進み左側の大きな扉を開け、表通りの馬車の入口に続く、外の通路にでる。
更に奥に進むと、屋根のかかった荷降ろし場と作業場がある大きな倉庫まで連れてこられた。
ブリッタが倉庫の開かれた扉から中に入り、大声をだす。
「イェルド! イェルド!」
「……なんだ! ちょっと待て、今行く」
太くて低い男の大声が答える。
仕切りの向こうから、お約束の、頭を剃った巨漢が現れる。
と、思ったんだけど。
布で手を拭きながら出てきたのは、小柄で上品な白髪のおじさん。いや、おじいさん? 今の声、とんでもない大声で若々しかったんだけど。
総髪にした白髪、きれいに髭の剃られた顔。小柄だけど、スッと背筋が伸びている。ゆったりとした袖なしシャツからでている、みっちりと筋肉の付いた腕。革のエプロン、革の手袋、革のブーツ。服の汚れは血かな。
「なんだ、ブリッタ? そこまで慌てるとは珍しいな」
「それどころじゃないの! この子が灰色狼を持ち込んだんだけど、大きいのよ! 受付カウンターからはみ出るくらい! 数もあるって!」
「まあまあ、落ち着け。手ぶらのようだが、マジックパックか?」
僕はうなずくと、パックから先ほどの灰色狼を取り出した。
「ふむ、こりゃ大きいな!」
イェルドと呼ばれた男が狼にかがみ込み、毛皮をなでた。
「上等だ。毛皮に傷はないし、死んだばかりのように温かい。こいつがいくつあるって?」
「全部で二十九頭。こいつは一番小さいやつで、もっと大きいのがある」
「……二十九? これで小さい……どれもまるまる一頭分がか?」
答える僕をギロリとにらみ、ブリッタに言った。
「この小僧は、木証だな。見習いがなんでその数の灰色狼を持ってる? 倒したパーティーの他のやつはどこだ? 荷馬車はどこに止めてる。三台か?」
「エルク一人よ」
「一人? 馬鹿いえ。いくらマジックパックでも、そこまで入らん」
「入ってるよ、これに」
僕はバックを振って見せる。
「入るのか? 倒した連中はどこだ?」
「僕一人で倒したんだ。他には誰もいないよ」
「小僧、ウソつきはろくな目に合わんぞ」
にらむイェルドに、僕は頭をふり、狼を指さして答えた。
「その狼の頭の後ろを見て。小さな焼けた傷があるでしょ?」
「ああ」
「覚えておいてね。他のも出すから」
最初の狼に並べて、全部の灰色狼を出した。ボスはちょっと離れたところに。
「!」
「ね、入ってたでしょ? 全部同じところに傷があるから見てよ。同じように魔法で倒したんだ」
固まったイェルドが復活し、狼たちの頭を確認していった。
「確かにどれも同じ傷だ、他に傷がない。魔法なら可能なのか? ぼうず、ほんとにお前一人でか?」
……おお、「小僧」が「ぼうず」になったね。
ブリッタは口を手で抑え、固まったままだ。
「ええ、そうです」
「むぐぐ。ハァーンス! ハァーンス! ちょっとこーいっ!」
突然の大音量に僕とブリッタは耳を抑える。
倉庫の奥から、大声の返事が響いてきた。
「はぁーい! いま、いきまーす!」
イェルドと同じような格好をした、長身で痩せた若い男が走ってきた。
「ハンス、呼ばれたらすぐ来い! この灰色狼を見ろ! 特別庫を開けろ。あそこじゃないと収まらん。まだ温かいから、保存も慎重にしなきゃならん!」
一面の灰色狼をみて、ハンスも口を開けて固まる。なんか、すみません。
「ブリッタ、こいつは……ブリッタ、聞いてるのか、ブリッタ!」
耳を抑えて目を見開いているブリッタが、再始動する。
「……これ……これ……」
そう言うといきなり走り出し、ギルドの建物に戻っていった。
イェルドは頭を振ってそれを見送り、僕に聞いてくる。
「これは、まるまるギルドに売るのか? それとも解体して部分ごとに売るのか?」
「解体してもらって、部分ごとに売れって言われてるよ」
「ん? パーティーの誰かから聞いたのか?」
「ううん、僕はどこのパーティーにも入ってない。ここまで一緒に来た『嵐の岩戸』のゴドが教えてくれたんだ」
「ゴドからか。……あいつ……わざとやったな……あのクソ野郎が。解体費用がかかるが、こっちで解体するんだな?」
「うん、お願い」
「こいつぁ、いいぜ。こんな上物の、まだ温かいやつを……? こいつら、どこで倒したんだ?」
「んーと。東に六日くらいのとこかな」
「……六日? 一度にか?」
「うん。ひとつの群れだったよ」
「この数の、群れ? で、この大きさ。おかしい」
「そうなの?」
「一番小さいやつでも、見たこともない大きさだ。群れの数は、普通十頭でも多い。それがこの数だとしたら……。ギルド長が慌ててたのはこれか? 魔王?」
そこに、ブリッタが先ほどの女性を伴って戻ってきた。
「……なにこれ! こんな! 灰色狼がいっぱい! おっきいしー!」
お姉さん、できる上司って感じが、崩れてない?
「イェルド! どうしたのこれ!」
「俺じゃねえ。そこの、ぼうずだ。一人で倒して、一人で持ち込んだ」
「また、あなたなの? ひとりで倒したなんて、ウソつきはろくな目に……」
納得してもらうのに時間がかかりそうだと思ったイェルドが、パックに戻して倉庫に運ぶよう頼んできた。
特別庫は、魔石を使って鮮度を保てる倉庫で、灰色狼はなんとか全部入った。
「これだけの解体には時間がかかる。三日、いや四日、もっとかかるかもしれん。終わったら連絡する。預り証を出しておくから、ブリッタに連絡先を教えておけよ」
「私も連絡するから! こんなの見習いのレベルじゃないわ! 銀証でも一人じゃ無理よ! ああ、もう! こんなときに限って留守にするんだから、あのギルド長は!」
プリプリ怒っている上司さんは、ギルド内に駆け込んでいった。
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