宿探し
僕は、イェルドから預り証を受け取り、ブリッタと一緒に受付カウンターまで戻ってきた。カウンターの周りはざわついていて、みんなが僕を見ている。
ブリッタはカウンターの向こうに座ると、大きくため息をついた。
「……それでエルクくん、連絡先はどこ?」
「ああ、この街での宿を決めてないんだ。どこかお薦めの宿を紹介してもらえない?」
「ギルドに登録している宿なら紹介できるわ。木証なら雑魚寝の安宿を薦めるんだけど……。他は食事付きだけど、それなりの値段がするわよ」
「安宿かぁ。雑魚寝はイヤだし、匂いもきつそうだね。僕の条件は、値段は高くても清潔な一人部屋。食事が美味しいと嬉しいかな」
「安宿がイヤなら、鉄証男性向け『英雄たちの集い』なんだけど。料理は、量だけは多くて人気。清潔は難ありかなぁ。女性にはお薦めできないし」
ブリッタは僕の顔を見つめて、軽く首をふる。
「エルクくん、キレイだから危ないかも。でも値段が手頃で、人気ではあるのよねぇ」
「それって」
危ないって、どゆ意味?
「じゃなければ、銅証以上向けの『宵の窓辺』。ちょっと値は張るけど、貴族家で働いたことのある人が支配人で、他より清潔で上品。料理は評判ね」
「じゃあ『宵の窓辺』がいいかなぁ。二軒は離れてるの?」
「ここからなら『宵の窓辺』が近くて、その先を少し行ったところに『英雄たちの集い』があるの」
「どっちも行ってみるよ。決まったら、またくるね」
ブリッタに場所を教えてもらい、礼を言ってギルドを出た。
「英雄たちの集い」は危ないって、娼館もやってるってことかな。いや、待て、待て。冒険者の宿、男向け、娼館。僕は、どっちからも狙われるってこと? うー、ジュストかゴドに教えてもらうのもいいかな。
「宵の窓辺」はギルドを出て左に見える大きな通りを行き、数本交差する通りを過ぎたところにあった。
通りに面した二階建てで、建物の下をくぐる門に、ベッドをかたどった看板と宿の名がでている。のぞいてみると馬屋に続く中庭が奥まで続いていて、右手の扉が開け放してある。
あそこが宿の入口だろうな。どこもよく手入れされている感じだ。
そこからさらに歩いたところに「英雄たちの集い」がある。
こちらは門がなく、通りから三段の石段を登ったところに開け放たれた扉があり、建物の横に、奥に続くのであろう路地がある。看板は文字無しでベッドの上に交差した剣。
石段を登って入っていくと食堂になっていて、数人の男たちが昼間から酒を飲んでいた。給仕する色っぽい女性が、男たちの冗談に嬌声をあげている。
床には汚いわらがまかれ、おこぼれを狙う犬がウロウロしている。酒か食べ物か、すえた匂い、汗の匂い、獣の匂いが混じり合い、ムッとする臭気がくる。
いやぁー、ここは無理だなぁ。
「おい、小僧、なんか用か? 飯か?」
奥のバーカウンターから、髭面で体格のいい男が声をかけてきた。変なものを踏まないように注意して、カウンターまでいって答える。
「泊まりの料金を聞きたくて。一泊いくら?」
「……木証の見習いか。相部屋、食事付きで四小銀貨だ」
「おやじ、見習いには高いだろ。小僧、早く稼げるようになりな。そうすりゃ、このねーちゃん付きで泊まれるぞ。おおそうだ、なんならオレの部屋に来るか? ヒヒヒ」
下卑た笑いをあげる男たちから給仕のおねーさんが離れて、僕に近寄ってくる。
「きれいな顔、食べちゃいたい。どお? ここに泊まるお金持ってるなら、上でおねーさんがいいこと教えてあげるから」
「おいおい、そんなガキ相手にするなら、俺にいいこと教えてくれよ。俺もいいこと教えるからさあ」
僕はカウンターの男に向き合った。
「僕には高すぎるようだね。また今度にするよ」
「ああ、この通りの奥に安い宿があるから、そっちにしときな」
……おやじさんは、意外と親切なのかな。
「あら、あたしをおいてっちゃうの。食べちゃいたいのに。また来るのよ」
「おい、そんなガキじゃなくて、お前は俺の相手をしろ」
そういった男は、扉に向かって歩きだす僕の前に、足を投げ出して先をふさぐ。
……はいはい。ありがとうございます。
「銅証の俺様が、見習いに先輩のきょーいくってやつをしてやるよ」
「よしなさいよ、そんなだから、嫌われるのよ」
「なにぃー!」
おねーさんが火に油を注いでくれた。
僕は天井を見上げ、わざとらしくため息をつく。
シミだらけの、汚い天井だねー。
「おじさん、子どもに優しくしないと女の人に好かれないよ。もう手遅れっぽいけど」
「なんだと、誰がおじさんだ! このガキィ!」
そういうとテーブルに立て掛けてあった剣を、僕の顔めがけて横なぎに振るってきた。鞘に入ったままだが、当たれば怪我をする勢い。
スッと腰をかがめてかわし、一歩踏み込み、空いた顎先を蹴り上げる。男は椅子ごと後ろに倒れ、両腕を広げたまま静かになった。
「やれやれ、昼間からお酒飲んで、もうお休みかな。お酒、弱いんだね」
一緒にいた男たちと後ろのおやじ、おねーさんを見て、誰も動かないのを確認する。肩をすくめて、手をふって宿をでた。
「宵の窓辺」の門をくぐり、扉から中に入る。
正面にふくよかな女性がいる低めのカウンターがあり、左手が階段と食堂になっている。食堂では、数組の客が昼食をとっているようだ。こちらは先ほどとは違い、わらがしかれておらず、屋内は食べ物の良い香りがする。掃除も行き届いているね。
僕は女性の前にいき、声をかけようとして動きを止めて、女性を見つめてしまった。
「あら、いらっしゃい、ボク一人かしら?」
「……あ、はい。一人ですが、泊まれますか?」
髪型かと思ったら、猫耳?
猫耳女性は、僕の木証に気づいたらしく、優しく言ってくれた。
「うちは、雑魚寝の相部屋はないのよ。一人部屋なら朝夕二食付いて大銀貨一枚。それで良ければ泊まれるわ」
「はい。では四泊でお願いします」
にっこり笑って、革袋から大銀貨を取り出して払った。
「今、お部屋は掃除中だから、まだ入れないのよ。夕方には入れるから。荷物があればあずかるわよ」
「荷物はないです。あの、そこの食堂で今から食事ができますか?」
「あら、困ったわ。今日の昼食は売り切れてしまったの。朝食と夕食は、お泊りの方の分は用意するので、売り切れってことはないのだけれど。ごめんなさいね。そうそう、私は女将のリリーよ」
「エルクです」
「宵の窓辺」を出て屋台のもので昼食にした。またあのおばさんのソーセージ。今度はグルグル丸まってるやつも食べる。つけてくれる辛子がツーンと効いて、ほんと美味しい。時間作って調味料の調査しないとね。
ギルドにもどり、ブリッタに「宵の窓辺」に宿を取ったことを告げて、ジュストの商館にいく。
ジュストはまだ戻っていなかった。ゴドは仕事が終わって引き上げたらしい。
ヘリたちの馬車の前で、トピが太い棒で素振りをしていた。夢中になっていたので声はかけなかった。
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